ウェンディ物語 1
シャドー・作
笛地静恵・訳
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1
ウェンディは、とうとう十六歳になりました。
母が開いてくれたパーティは、すばらしいものでした。
友達全員が招待されていました。 ビヴァリーもジュディもいました。
人生で、もっとも忘れられない最高の一日になりました。 お祝いの言葉の後、
みんながひとつのテーブルに並んだ席では、王女さまになったような気分でした。
少なくとも、長い茶色の髪と大きな青い瞳の顔だけは、
今年のチアリーダーの代表に選ばれても当然なほどに、美しいものでした。
何よりも重要なことは、男の子と自由にデートしても良いという権利を、獲得したことでした。
母親が定めた家庭の規則でした。 信じられないないほどに、幸福な気分でした。
自分を待ち受けている男の子たちの顔を、順番で白昼夢のように思い浮べていました。
リストは、とても長いものでした。 しかし、結局は、ロバートを最初の一人と決めていたのです。
彼は美形でしたし、人気者でもありました。
ウェンディの母親は、ジャニスといいました。
だいぶ昔に理由があって離婚してから、独り身を続けていました。
娘が唯一の血のつながった家族でした。
娘の心に、どんな思いが渦巻いているのかを、はっきりと分かっているつもりでした。
デートに出たいという願望を、心配していました。
ウェンディはパーティの席でも、母親との間に緊張が高まっているのを感じていました。
この問題を話し合うには、適当な場所ではありませんでした。 明日にするべきでしょう。
でも、本当は議論の余地などないはずなのです。
取り決めをしたのは、彼女の方なのです。
嘘をつくことは悪いことです。
でも、もしも事態が不幸にも、自分の望んでいない方向に行きそうになるのならば、
ためらわずにあの「魔法のクリスタル」を使うことでしょう。
そして、すべてが決定的に変化してしまうことでしょう。
だからこそ、こんなに長いこと、この日が来るのを、じっと我慢して待ち焦がれていたのです。
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朝が来ました。 ウェンディは、パンケーキの焼ける匂いで目を覚ましました。
日曜日なのです。 この家では、日曜日の朝にはパンケーキを食べる習慣でした。
階段を下りていきました。 しなやかな両脚に寒気が走っていました。
Tシャツとパンティ一枚の他には、何も身につけていませんでした。
キッチンに向かいました。 素足で部屋に入っていきました。
バスローブ姿の母親が、朝食の用意をしているのを見つめていました。
朝の早い時間の母親は、とても若くてきれいに見えるわ。
ウェンディは、いつも母のようになりたいと思っていました。
スタイルの良い美人なのです。
こどもを一人産んだとは、とても思えないほどに若々しい身体でした。
「おはよう、ウェンディ」 と ジャニス。
「おはよう、マム」 と ウェンディ。
「よく眠れたかしら?」 ジャニスは、お皿をテーブルに並べていました。
「わたし、一晩中、ごろごろしていたわ」
「あら、どうして?」
「だって、だれを最初のデートの相手に選ぶか、悩んでいたんですもの」
「ああ……、そのことね。
思うんだけど、もうしばらくの間だけ、家に彼を呼んできてくれないかしら?
まだ、男の子と二人だけになるのは、あなたには少し早すぎると思うのよ」
ジャニスは、十代の少女の不機嫌な答えを予測して、身を固くしていました。
「うん、そうよね」 ウェンディは、できるかぎり陽気に答えました。
自分がどんなに落胆しているかを表情に出さないように、苦労していたのです。
「マムの言うことが、正しいのかもしれないわ」
「あらあら、今朝のあなたは、妙に素直じゃないかしら?」
「わたしのことは、やっぱりマムが、一番よくわかっていると思うもの」
ウェンディは、もう椅子から立ち上がりかけていました。
「ちょっと待っててね。 すぐにもどるから」
ウェンディは小走りに自分の部屋に戻りました。
クリスタルを取り上げたのでした。
外見は、金のネックレスの鎖の先に付いた、ごく普通の水晶の装身具でした。
本当は、彼女としてもこんなことはしたくなかったのです。
首筋に掛けました。 でも、今までの、あの長い辛抱と我慢の時間は、何だったのでしょうか。
怒りが、さらにさらに大きく大きくなって、盛り上がっていきました。
親の考え方は、娘の信頼を覆すものでした。
不信感が爆発していました。
「ママなんて、大っ嫌い!」
階段を踏みならしながら、下りて行きました。
今度は、彼女の方が新しい規則を作る番なのです。
まだTシャツとパンティだけのかっこうで、階下に向かっていたのです。
「ママには、わたしに命令する権利なんてないのよ。
約束したのは、彼女の方なんですもの!」
ジャニスも、娘の荒々しい足音を耳にしていました。
罪悪感を覚えていました。 前言を覆してしまったからです。
でも、ウェンディのように、まだ成長の途上にある小さな無垢な少女を、
みすみす狼の群れの中に送り出すことは、出来なかったのです。
彼女の一族の女性は、普通の人間と比較すると、みな晩熟の家系でした。
娘の膨らみきれない、小さな胸元を思い出していました。
ウェンディは、部屋に入っていきました。
怒りはピークに達していました。 クリスタルを握り締めていました。
昨日のパーティの席で、これを庭の草に中に見付けたのです。
母は落としたことにも、気が付いていないでしょう。 掃除が苦手なのです。
ジャニスも、娘が彼女の方にやってくるのが目に入りました。
頭に来ているのは明らかでした。 娘が、こうした精神状態にいる時には、
早く話し掛けて、気持ちを落ち着かせてやる必要があるのです。
まだしばらくは、母親の保護が必要であることを、理解してもらう必要がありました。
そのことだけを考えていました。
ですから、次に起こったことについては、なんの心の準備も出来ていませんでした。
ウェンディが、クリスタルを金の鎖ごと胸元から持ち上げていました。
母親の方に差し出すようにしたのでした。
クリスタルの力が、光の矢となってそこから迸っていました。
すぐ前にいた母親を、直撃したのでした。 効果は迅速でした。
ウェンディの目の前で縮小していったのです。
母親であったものは、今では虫けらのサイズのちっぽけな生き物に変化していました。
ちっぽけな女には、お仕置きをしてやる必要がありました。
母親を見下ろしてやりました。 まだとっても怒っていたのです。
今こそ、この家の中に、自分自身の規則を、打ち建てるべき時でした。
しかし、まず最初に母がいかに無力であり、だれがこの家の支配者なのかを、
思い知らせてやる必要がありました。
ジャニスは、巨人に変身した怒りに震える娘の姿を見上げていました。
どうすれば良いのでしょうか? 本当は、この場所から逃げ出すべきなのでしょう。
でも、恐怖のために、凍り付いたようになっていたのです。
巨人の少女が、さらに接近してきました。
一歩ごとに、床が地震のように振動していました。
勇気もついに屈伏していました。 逃げ出しました。
突然、目の前にピンクの壁が出現したのでした。
彼女は逃げ道を失い、あわてて立ち止まりました。
もっとしげしげと眺めてから、ようやくそれがウェンディが自分の進路に置いた、
片足であることを理解したのでした。
「さてと、お母さま。 今度は、あなたが勉強しなければならない時が来たわ。
もう、あなたは、わたしのボスじゃないのよ」
ウェンディは、テーブルの上から、一枚の紙を摘みあげました。
「もし、あなたがわたしの言葉に従わなければ、これが、あなたの運命になるのよ!」
片手の中に紙をくしゃくしゃにして、ゆっくりと握り締めていったのです。
紙の音は、ちっぽけな骨が手の中で砕けていくように、聞こえたのでした。
「ちっぽけな鼠さんのように、踏みつぶされるかもしれなくてよ。 わかったかしら?」
ジャニスは必死に頷くばかりでした。 恐怖のあまり、言葉も出なくなっていたのです。
「いいわ。 でも、まだお仕置きは必要よね」
ウェンディは手を伸ばすと、母親を床から掴みあげました。
ジャニスは、手が降りて来るのを眺めながら、その場所にしゃがみこんでいました。
手は荒々しく彼女をさらっていったのです。
空中に何マイルも、上昇していくような気分でした。
とうとう手の動きが止まりました。 指の檻が開いていったのです。
娘の満月のように巨大な顔が、視界のすべてを覆い隠して、広がっているのを目にしたのでした。
「ごめんなさい。 ウェンディ! もう二度と約束を破ったりはしないわ!
だから、下ろしてちょうだい!」
彼女は泣き叫んでいました。
「言ってることはわかったわ。 二度と、このわたしを、だまさないようにしなさい。
あなたには、娘の意見を尊重することを、学び必要があると思うわ。
わたしは、やると言ったらやるのよ!」 と ウェンディ。
「今度のことでは、あなた以上に、わたしの心が傷ついたのよ……。
たぶんね。 うふふふふ」 母親の口癖を真似していました。
ジャニスは悲鳴を上げていました。
娘の親指が、彼女を目掛けて急速に迫ってきました。
ウェンディの手のひらに、ちっぽけで非力のままで横たわっていました。
ウェンディの親指は、そこだけで彼女と同じぐらいの大きさがあったのです。
しかし、その強さは百倍もあったでしょう。
ウェンディは、満面に笑みを浮かべていました。
ジャニスの身体を、その下で押し倒すようにしたのです。
ジャニスは、信じられぬ思いで娘の顔を眺めていました。
くすくすと笑いながら、親指の力だけで自分を押し潰そうとしているのです。
まるで悪夢のようでした!
親指の下で圧迫されていくごとに、全身の骨が苦痛のあまり絶叫していました。
どうして、昨日まであんなに愛らしくてかわいらしかった娘が、今日はこんなに残酷で、
危険な存在になってしまったのでしょうか?
ウェンディは、親指を母親の上に乗せながら、ちっぽけな叫び声に思わず声をだして笑っていました。
必死の抵抗が、あまりにも可笑しかったからです。
「なんて面白いのかしら、 あなたは、そんなにも弱くて小さいのね!
小指だけでも、押し潰せそうなくらい!」
そう言いながら、もう少しだけ力を加えてやりました。
「これであなたも、自分の行為をじっくりと反省できたかしら?」
「わかったわ!」
ジャニスは、親指の下で窒息しそうになっていました。
「お願い、もうやめて!」
「わかった。 やめてあげる。
それじゃ、あなたがまず最初にするべきことを言うわ。 部屋をきれいに掃除すること。
それから、わたしが今から言うものを、すべて買ってきてちょうだい!」
ウェンディは母親を加えていた圧迫から、一瞬だけ解放してあげていました。
「さもないと……」
再び親指に力を入れて、苦痛の悲鳴を上げさせていたのです。
「わかったかしら?」
「わかったわ。 ああ、ウェンディ、お願い、もう止めて!」
ジャニスは、絶叫していました。
「たいへん結構。 それじゃ、わたしは今夜から、デートに出掛けることにするわね。
着るものと、それからお金がいるわ。 それじゃ、急いで掃除をしなさいね。
わたしをモールまで買物のドライブに連れていくのよ。 もう一時間半しかないわ」
ウェンディは、ジャニスを床の上に置きました。
「ああ、ところで、逃げようとしたり、助けを呼ぼうなんて真似は、しない方が身のためよ。
この魔法のクリスタルの力に対しては、あなたに隠れられる場所なんて、
どこにもないんですもの。 わたしには、あなたが助けを求めた人をだれであろうと、
殺す力があることを忘れないでちょうだい」
ジャニスは、娘がもう一度、自分の方に向けて、クリスタルを突き出すのを凝視していました。
今度は、母親を普通のサイズに戻してくれたのです。
すぐに家の掃除を始めていました。 長い一日になりそうでした。
******
週末の時間は、ジャニスにとっては、特にゆっくりと過ぎていきました。
ずっと、娘の奴隷にされていたのです。
夜には、ウェンディのドレッサーの上の、ワイングラスの中で全裸で眠っていました。
ウェンディが、男の子を次から次へと自分の部屋に呼ぶ光景を、
そこからただ黙って、見守っていることしかできませんでした。
まるで彼らが、店頭に並んだ小さな装身具のたぐいで、毎日のように取り替えているように見えました。
どれが本当に買うに値する品物であるのかを、比較して検討しているような様子でした。
しかし、二度に渡って訪れたのは、ただ一人だけでした。 ロバートでした。
ロバートは、とてもハンサムな少年でした。
けれども、ジャニスが心配していたようなタイプの男性でした。
「ウェンディ、どうかお願い。 わたしの言うことにも、耳を貸してちょうだい。
ロバートは、悪い選択よ。 彼はあなたの気持ちを、もてあそぼうとしているだけなのよ!」
しかし、それ以上のアドバイスをしようとすると、ウェンディにいきなり縮小されてしまったのです。
そして、足の下で踏み潰されそうになったり、手の中で握り潰されそうになったりしたのでした。
「おだまり!!このチビの虫けら!わたしの人生は、わたしが決めるわ。
そして、おまえは、わたしの奴隷でしかないのよ!
もし、それ以上、一言でも余計なことを口にしたら、
わたしはおまえを、本当の虫けらのように踏み潰してやるから!」
再び、ワイングラスの中に閉じこめたのでした。
ジャニスは、その夜は一晩中、泣き明かしていました。
娘は自分をその人生から、消し去ろうとしているのです。
大きな過ちを犯そうとしていました。
それなのに、自分にできることは何もないのでした。
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ウェンディ物語1 了