随所に残酷で暴力的な絵画的描写や、性的な表現があります。そういう作品が嫌いな方は、読まないでください。 戦争ごっこ ヘディン・著 笛地静恵・訳 ---------------------------------- 1・サバイバル・ゲーム 子供の小さな手で、背中を「どん!」と突き飛ばされたような感触だった。それにしては、高すぎる位置であったけれども。髪に濡れたような感じがあった。 ペイント弾だった。指先で触れて確認していた。青いペンキか。 やられた……! まあ、それでも、打たれたのは背後からだった。即死にはカウントされない。彼らは、自分たちだけの特別なルールで「サバイバル・ゲーム」をプレイしていた。誰かを背後から打つことは、正面からよりも、遥かに容易だという判断があった。
グレッグは、背後を振り向いていた。ジョーイが、嬉しそうな表情で手を振っていた。まあ、いいさ。グレッグは、フェア・プレイを旨としていた。笑みを返していた。リラックスして、草叢の端まで歩いていった。端に腰を下ろしていた。ジョーイは、素早く草の密林に身を隠していた。 グレッグは、草の葉の鋭い先端の間に見えている、青い空の風景を楽しんでいた。下界のここでは、草叢の脇だということもあって、気温は快適だった。草の遥か上の空間では、気温は華氏で九十八度に達していた。石の表面は、もっと熱くなっていることだろう。 普通は「サバイバル・ゲーム」を、こんな暑い日にする物好きな奴はいないだろう。なにせ格好と言えば、スキューバ・ダイヴィング用のガラスの眼鏡。背嚢。軍隊の制服。スカーフ。手袋。こんな重装備を、酷暑の夏に身につけたいという者がいるだろうか?そう、彼らぐらいだろう。 それというのも下界では、華氏50度以上にまで気温が上昇するということは、ほとんどなかったからだ。快適だった。 それは簡単な方法だった。ハーヴェイのアドヴェンチャー・ジープに乗ったままで、スイッチを押す。そして……。 すべては、着実に計画されていた。彼らは「サバイバル・ゲーム」のために、完全に未知の領域を求めていた。いつも異なる場所を選択していた。つまり、必要なことは、適当な裏庭を持った、一軒家やマンションを捜し出すことだけだった。長期の休暇の滞在のために、家族が個人で所有しているような別荘が最適だった。 ゲームの後は、そこで週末の時間を過ごす習慣だった。罪の意識を覚えることはなかった。結局のところ、誰にも気が付かれない。何らかの損害を与えるようなまねは、何もしなかった。何も盗まなかった。庭に生えているチェリー一個、ストロベリー一個、取らなかった。 しかし、あの醜い青や赤や黄色の「サバイバル・ゲーム」に不可避の、ペイントの着弾についてはどうなのか?あるいは、敷地の植物のすべてが、アーミー・ブーツの下に、踏み躙られることになるのではないか? ナンセンスである。草の葉一本でさえ、根元を迂回していた。なぜなら、もちろん彼らは、千分の一という顕微鏡的なサイズにまで、身体を縮小してから「サバイバル・ゲーム」を始めるからである。 機械とスイッチは、ハーヴェイのジープについている。目的地である家の正面で、ジープとともに自分たちを縮小する。裏庭の芝生まで、天然のダート・コースを疾走する。今日もそうしてきた。そこには、ゲームのための自由な大地が、ほとんど無限に確保されていた。 千分の一の世界では、前庭のプール一個が大海に匹敵した。小さな裏庭でも、本当に迷子になった。しかし、準備は万端だった。だれもが、携帯無線機に、予備の電源までを持ち歩いていた。不測の事故によって生還できなかった者は、今までに誰もいなかった。 グレッグは、ラウンドの残りの時間を楽しんでいた。少なくとも、まだ4つのラウンドを、異なるチームで戦う計画だった。テントを設営していた。 2ラウンドの後。今度はチームを組まずに、単独で戦うことになった。ハーヴェイが、バーベキュー・パーティなどの夕食の準備などを整えるために、抜けたからだった。テントの中で作業をしていた。 最初の十分間は、いつもの通りに経過していった。何人かは隠れる方に回る。他の者は、足跡や他のヒントを発見して、探し出す方である。 ゲーム開始後、さらに五分間が経過した。 地震を感じた。 全員が、どこにいたにしろ、その場所に即座に立ち止まっていた。振動は、地震の自然なものではなかった。規則性があった。 すべてが、一瞬の内に生じた。 ずしん。 ずし〜ん。 足元から突き上げるような揺れは、早いリズムで何度も繰り返されていた。 それらが、人間の歩行によって発生するものであることに、グレッグは気が付いていた。 頭上の草の葉の、剣先のように鋭い影の、さらにその遥か高みの空を観察していた。決して起こってはいけない事態が生じたことを理解した。別荘の庭は週末にかけて、無人ではなかったのだ。 知識としては、自分たちがどれぐらいのサイズに縮小しているのかということは分かっていた。 しかし、千倍のサイズの相違は、あまりにも巨大に過ぎた。 芝生を横切ってくるのを眺めている存在が、ただの二人の美しい少女であることを理解することを、困難にしていた。十代の後半から、せいぜい二十代の始めというところだった。
彼女たちの、あまりにも途方もない巨大さに、衝撃を受けていた。 その場に立ち尽くしていた。ほんの短い時間のことだった。ビキニに包まれた二人の少女たちの肉体の壮大な美を観察するのに、十分な時間があった。一人は青。一人はレモン・イエローのスーパービキニだった。今いる場所に彼らを、なおさらに釘付けにするような効果を、もたらしてしまった。 一瞬の出来事だった。天国的に巨大な、彼女たちの乳房の、二度と忘れることができないようなサイズを、チェックすることができた。 男たちの視線は、迅速に動いた。美しく日焼けした両脚が合体する場所に、再び焦点を結んでいた。ビキニのボトムの生地が、内側に食い込んでいたからだ。二枚の柔らかな唇によって造成される、魅力的な谷間の形。それらが、明白に刻印されていた。 地面が、あまりにも激烈に震えた。 彼女たちが一歩ごとに、急速に接近してくる。振動は強大になっていった。手近にあるものを、捕まえる必要に迫られていた。同時に、危険の真っ只中にいることを、思い知らされていた。 チームの中には、特に少女の脚を観察することに魅了されるような、特殊なフェティシズムの男はいなかった。しかし、どちらにしても、大した問題ではなかった。全員が、彼女たちの両脚の動きを観察することに、是非とも注目せざるを得ない状況に、置かれていたからである。 最初に青いゴムのビーチ=サンダルが、芝生の作る世界の地平線の上に、右手から上昇してきた。彼らの目は、左手の方の空にも吸い寄せられていた。木製のハイヒールのミュールが、中天に登ってきたからである。三本の透明なプラスティックの紐で、素足が分厚い木製の靴底に、つなぎ止められていた。巨大な足指の爪が、銀色に光っているように見えた。 すべての事態が、どちらの足を見ているにしても、急激な速度で進行していった。次の衝撃は、どんな足であれ、どんな靴であれ、そんなこととは関係なく、男たちがしがみついて、信頼している物すべてから、両手を一気に引き剥がすに十分な強大な破壊力を秘めていた。 世界が爆発していた。 強大な力が、地面を大波のような振動になって、伝わっていった。制御不可能な力で跳ねとばし、地面を転がしたのだった。 耳を劈くような雷鳴が、周囲の空間を満たしていた。突然、巨大な木製の塔が、今の今まで、キャンプが存在していた場所に、存在していた。暗黒が、ほんの一瞬、全世界に覆い被さっていた。 一陣の突風が、吹き過ぎていった。トルネード(アメリカの主に中部を襲う竜巻を伴う台風)のように強力だった。草木を根こそぎにして、引き裂いていった。破壊するような力があった。 太陽が再び姿を現した。巨大な塔が消滅していた。 もう一個のトルネードが来襲していた。 振動の方は、弱まってはいなかった。彼女たちは、立ち止まっただけだった。ほんのちょっとの間だけ。 前の物よりも減衰していく余震が、何回も感じられた。 ついに世界は、それ以前の静寂を取り戻していた。 グレッグは立ち上がっていた。口の中の土を唾と一緒に、吐き出していた。あやうく転落するところだった。自分で想像していたように、地面の上に立っていたのではなかった。 一枚の草の葉の上に乗っているのだった。ちょっと下を見るだけでも、五メートルぐらいの高さがあった。注意深く草の端に捕まりながら、葉の先端にまで歩いていった。 地面の方を一瞥していた。草は、ゆっくりと上下に揺れていた。彼の体重のためではない。いつもの優しい風に、吹かれているせいだった。 グレッグは、自分がどこにいるのかを知りたかった。キャンプから、かなり遠くまで吹き飛ばされたのかもしれなかった。 安心のあまり、ため息を吐いていた。赤いサークルを地面に見付けた。眼下にあるのは、「サバイバル・ゲーム」のスタート地点を示すマークだった。つまり、彼は正しい位置にいるのだ。ただ、ほんの少しだけ、地面よりも高い場所にいるというだけのことだった。 ここからでは、キャンプの場所を見ることはできなかった。反対側の茎の方に移動していった。 そこにあった光景は、彼が予想していたものとは、かなり異なった様相を呈していた。その場所の全体が、かすかに角が丸みを帯びた長方形に、窪んでいたのだ。長方形の外側では、地面の色が変化していた。暗い茶褐色であったものが砂のような薄茶色になっていた。 全体に大きな罅割れが無数に走っていた。長方形の縁は、三メートル六十センチぐらいの高さの壁で、外界と遮断されていた。内側は、ダイアモンド型のパターンで覆い尽くされていた。最初は車の位置を確認しようとしていた。あそこには、命を救ってくれるサイズ・チェンジングのためのマシーンが搭載されているのだった。 その辺りは、今では光り輝くような状態になっていた。いくつかの緑の塗装の痕跡と、銀色の条痕が表面に残っていた。近くに、二つの染みがあった。ひとつは、ほとんど真っ黒。もう一個は、やや茶色がかっていた。油の滲んだような表面には、虹色の光が反射していた。 グレッグは、ついに真相に気が付いていた。 車は完全に平らに、プレス加工されてしまったのだった。 表面にダイアモンドのパターンを刻印された、何かアルミのフォイルのような薄い物体にまで、圧縮されてしまったのである。 グレッグは設営した三つのテントにいたっては、目視だけでは場所を確認することも、不可能になっていた。内部に保管されていた、様々なちっぽけな道具の痕跡にいたっては、何を言えばいいのだろうか。 そして、ハーヴェイは、あの中にいたのだった。彼は今では、かすかに赤みを帯びた黒い点でしかなかった。バーベキューの金属の道具は、輝きを帯びた茶色い点でしかなかった。それが彼の血によって、わずかに赤みを帯びているのだった。 数年前、ハーヴェイは、ある少女に対して、実にマッチョな立場からの、辛辣なコメントを、口にしたことがある。あの時は、彼が爪先を、ハイヒールで思い切り踏まれたことだけが、その答えの内容のすべてだった……。 そして、今、また同じことが繰り返されたのだ……。ただし、今度は、ハーヴェイが何か悪口を言った訳ではない……。そのことだけが、異なっていた。今では、どちらにしても、大した相違には思えなかったけれども……。 グレッグは、そんなことばかりを、ぼんやりする頭で、何度も何度も考えていた。 * 「全隊員に告げる。状況を報告せよ。こちらはトムだ!」 いきなり携帯無線が、耳障りな雑音とともに吠えた。 「僕が思うに、ジープに一刻も早く戻って、もとのサイズにまで巨大化するべきだろう。さもないと、大事故につながりかねない。どうぞ!」 グレッグは、ため息をついていた。まだトムは、「サバイバル・ゲーム」を続けるつもりなのかと思ったのだ。 別な報告が入っていた。 「こちらは、ハンクだ。ロジャーもいる。キャンプに戻る途中だ」 「アルだ。異常はないが、キャンプの正確な方向が、分からなくなっている」 「こちらはビル。どこかで無線機からの声がしている。しかし、機械が見つからないんだ。現在、捜索中!」 「ジェスだ。帰還中」 それから、沈黙の間があった。 ジョーイ、ジョージ、ウィンピー、デヴィッドはどうしたのか……?報告がなかった。もちろん、ハーヴェイもだ。グレッグは、もう一度、吐息をついていた。なんとか気力を取り戻そうとしていた。 「こちらは、グレッグだ。その大事故という奴は、どうやら、もう発生してしまっているようだぜ」 長い沈黙の間があった。 「トムからグレッグへ。君は、どこにいるんだ。救援が必要か?」 「いや、俺はキャンプにいる」 沈黙の間は、さっきよりもさらに長いものだった。 それから、震えるようなビルの声が続いた。 「あれは、ウィンピーだ!彼を見付けた!でも、胴体が、半分に、切断されている。俺は、草叢の中にいるようだ!」 グレッグは、自分の言葉をまとめるのに、ずいぶん長い時間を必要とした。 「グレッグだ。ビリー、急いでここに戻って来てくれ!ウィンピーは、そこに置いておくしかない。俺はキャンプの真上にいる。ハーヴェイは、死んだ。ジープがなくなった。何も、かもがだ!」 グレッグは、すでにトムが帰ってくる様子を視界に捕らえていた。彼は失神したデヴィッドを肩に担いでいた。トムが、あの足跡の刻印された場所の、縁に到達したところで、立ち止まった。気をつけながら、デヴィッドを地面に下ろした。 しゃがみこんで、巨大な穴の底を見つめていた。 「トム、俺はここだ。上にいる!」 トムは、ひどくゆっくりとグレッグを振り仰いだ。 「下りるのに、手助けが必要かい?」 「何かできることがあるか?俺は、ただ滑り下りようと思っているだけだ」 グレッグは草の葉の上を、端とは反対の茎の方角に向かって、注意深く歩いていった。傾斜が、歩くには急になっていった。座り込んでいた。お尻で滑り始めた。 強靭な草の幹が聳えていた。けして快適とは言えない速度でぶつかっていた。しかし、怪我はしなかった。別な葉の縁に足を掛けながら下っていった。時には、アーミー・ナイフで葉を切り裂いて道を作る必要があった。 グレッグは、地面に下り立った。デヴィッドは、幹の真下の位置に立っていた。気分が良さそうだったが、額には青痣が残っていた。何か言おうとした。ちょうどその時に、他のあらゆる騒音をかき消すような声が、あたりに轟き渡っていた。 「ああ〜あ!」 少女の声が、雷鳴のように轟いた。 「あなたが、叔父さんから別荘の鍵を借りていて良かったわ。裏庭の芝生は二階のベランダよりも、よっぽど涼しいもの!」 「そうよね」 もうひとつの声が、雷となって轟いていた。 「あとで前庭のプールで、泳ぎましょうよ!」 生まれて初めての体験であるかのように、男たちは、地平線をじっと見上げていた。彼女が片脚を曲げた。片方の膝小僧が、草の上に遥か高く持ち上げられていた。あの青いビーチ=サンダルを履いただけの素足を、膝の上に乗せて休息させていた。爪先から、青いサンダルが垂れ下っていた。 デヴィッドは恐怖のあまりに、歯をがちがちと鳴らしていた。激しく全身を震わせていた。彼は、地面に両膝をついて、しゃがみこんでいた。すべての仲間の視線が、彼に注がれていた。 「デヴィッド。デヴィッド。いったい、どうしたんだ?」 グレッグは、肩を揺さ振っていた。詰問していた。答えを得るまでに、長い時間を要した。 「あの青い奴の真下にいたんだ!」 何が起こったのか。ぼつぼつと語り始めた。 「あの時、俺は、隠れてジョージの動静を伺いながら、辺りの状況を調べていた。獲物を仕留めたら、どこかに潜んでいた他の誰かにやられるというのは、「サバイバル・ゲーム」では、良くあることだからな。 最初は、本当の地震かと思った。こんなに強く感じるのは、自分たちが、縮小されているからだと思った。何の注意も払っていなかった。ジョージにしても、同じことだったろう。それから、あまりにも振動が激しくなった。立っていることさえできなくなった。 次の瞬間には、空が暗い青に染まった。それから、真っ暗になった。轟音は凄まじいものだった。ほとんど耳が聞こえなくなっていた。俺の耳は、まだジンジンと鳴っている。しびれているんだ。 無線機で呼ばれている声で、目を覚ました。 それから、ずたずたに切り裂かれた、何十本もの大木のような草の幹の、すぐ脇に倒れていたことに気が付いた。それらが足の全重量を受けとめてくれたんだ。僕は、偶然、助かっただけだ。でも、ジョージは……。そこに残っていたのは、血塗れの肉の塊だけだった」 誰も、何も口にすることができなかった。気楽な戦争ゲームが、いきなり本当にサバイバルを賭けた、限界の状況に変化していることに気が付いたのだった。自分が、父親の車を盗んで発進させてしまったガキのように、頼りなく感じられていた……。
ビリーが、彼らの居る場所に辿り着いていた。はあはあ。喘ぎ声が草の幹の裏側から顔を出す前から聞こえていた。すべての目が彼の方を見た。ウィンピーに何が起こったのかを、知りたがっているのだった。ビリーは、みんなの顔を見回していた。沈黙していることは、許されない状況だった。 「ウィンピーと僕は、互いにびっくりしていた。あの地震の時、二人して後ろに駆け出していた。そして、ドンとぶつかったんだ。どっちも、辺りを見回していたのにね。ごっつんこ!さ。痛さに、その場所に座り込んでいた。大笑いしていた。 しかし、それも地面が波打つように、うねりだすまでの話だ。 辺りを見回していた。そして、見たんだ。彼女を。黄色いビキニだった。腰を抜かすというのは、きっと、ああいう体験を言うんだろう。見つめているだけだった。動けないんだ。座り込んだままで、凝視していた。あの木製のミュールが、上空いっぱいを覆い隠していた。 弾かれたように立ち上がっていた。逃げ出していた。しかし、僕達の足じゃ、彼女の足が地面に打ち下ろされる前に、十分な距離を走破するなんて、所詮は無理な話だった。 すべてが暗黒に閉ざされた。彼女の踵が、地面に激突する瞬間の、雷鳴のような爆発音を耳にした。空は、茶色い靴底で占領されていた。爪先までが、地面に衝突した。以前の何倍もの、落雷が破裂したようだった。まるで天が落ちてきたようだった。木製のミュールの厚底の爪先の部分が、哀れな身体の上に落下してきた。 でも、靴底の土踏まずの部分。壮大なへこみが、取り敢えずは命を救ってくれたことに気が付いた。しかし、それも次の一歩までの、わずかな時間だった。靴底が動けば磨り潰されるに間違いなかった。 次の瞬間には、地面に足を付いてさえいなかった。あの超強力な女どもの体重が大地を揺るがしていた。足の動きに気流が乱れていた。つまり、空中に吹き飛ばされていた。突風が、僕の命を救ってくれた。靴の下で圧迫された空気は、そこから逃げようとしていた。空気の塊が、トルネードになっていた。ぶつかってきた。そして、安全圏まで吹き飛ばしてくれたんだ。 ころころ。どうしようもなく地面を転がっていた。次の瞬間だった。靴底が、地面に衝突していた。タンクローリーが、全力で競争してくるような感じだった。 木製の靴の爪先が、上に湾曲しているのを見た。そいつが、打ち下ろされて来た。大地が引き裂かれていた。草木が薙ぎ倒された。切り裂かれていた。悲鳴のような音を聞いていた。轟音が、最後にクレッシェンドした。もう一回、ハリケーンの襲来があった。靴が、空に上昇していったんだ。もう一回、素足の踵が、ミュールに激突した。雷鳴が轟いた。 それから、すべてが終わった。 僕は、この騒動の間も、ウィンピーを助けるために、なんらかの努力をすべきだったかもしれない。 でも、服や肌を見てくれ。 ウィンピーを探し始めた。時間が必要だった。 彼には、悪運がつきまとっていた。本当だ。肥満が、命を奪ったんだ。あの靴の下から、吹き飛ばされるためには、少しばかり肉がつきすぎていたんだ。上半身だけを、足跡の縁で発見した。靴の、本当に端っこの部分が、彼を捕まえた。さもなければ、僕は何も発見できずに、終わっただろう……」 ビルとしても、言うべきことは何も残っていなかった。彼は辺りを見回した。そこで初めて、ジープがなくなっていることに、本当に気が付いたのだった。 グレッグは、つとめて現実的に、考えようとしていた。 「いいか、みんな。どうやら、俺達は、ひとつ大きな問題を抱え込んだようだ。巨大化して、元のサイズに戻る方法が、ないということだ。ジープは消失した。そして、みんなが知っているように、あの機械自体のバックアップは、準備して来ていない。だから、俺達にできることと言えば、ポータサイザー(携帯用サイズ変換機)のある場所に、一刻も早く辿り着くことだ。しかし、俺も徒歩で到達できる範囲内に、ポータサイザーがあるとは考えていない。そこで、できることと言えば何か?誰か人間にコンタクトすることだ。これ以外に方法はない。ここまでは、いいな?」 彼らは黙って頷いていた。 それが真実だった。 「そして、俺達は、以下の現実に直面しなければならない。午後も遅い時間になればなるほど、鳥どもの危険性が増大する。夜は、さらに多くの昆虫の活動を、促進するだろう。おそらく鼠どもも、動き始めるだろう。戸外で、たった一晩だけでも、今の俺達に生存が可能だとは、とても思えない。これらから導きだされる結論は、以下のようになる。俺達が、到達できる圏内にいる人間といえば、あの二人の女どもだけだ。そこで、以下の真実に直面する。俺達が生き延びるチャンスといえば、彼女たちしかないということだ。仲間の三名を、殺害したとしてもだ」 デヴィッドが、その場所に座り込んでいた。シャツで顔を隠して泣き始めた。彼は涙を見せまいと、懸命に努力していた。けれども、その背中の激しい震えが、仲間に、すべてを告げていた。 「長い道程になることだろう。警戒も必要だ。全員、殺虫剤の銃弾を装填してくれ。そして、以下のことを、真剣に考えておいてもらいたい。 あの女達は、たしかに残酷に俺達の友人たちを殺した。しかし、彼女たちの立場で考えてみれば、実は何もしていないのだということを。認識してもらいたい。ただ叔父の別荘の芝生を、横断しただけだ。だから、この問題で、彼女たちを糾弾することは、当面は、絶対に謹んでもらいたい。 彼女たちは、警察による捜査を心配するだろう。そして、俺達の存在を、この世から抹殺しようとするだろう。見てきたように、今の彼女たちには、それは実に簡単なことなのだ。そんなことを、絶対にさせてはならない!」 そう言いつつ、彼は手元の荷物を纏めていた。出発の準備を整えていた。最後に、ハーヴェイの墓穴となった、足跡の刻印された凹地を、じっと見つめていた。振り返ると、芝生の上に聳える青いビーチ=サンダルの方角に向かって、 歩き始めた。 彼らは、巨大な草の葉の下を一列になって歩き始めていた。時には、濃密なジャングルにも見える、苔の群生地を迂回しなければならなかった。各種の昆虫と遭遇した。 防備は準備万端に整えていた。 ペイント弾ではなくて、殺虫剤入りの新型の弾薬を、銃に装填してあった。縮小を伴う、「サバイバル・ゲーム」用に開発された特別製だった。十分な効力を発揮した。蟻どもを撃退していった。獰猛な蜂さえも交じっていた。 ゆっくりとではあったが、彼らは、目的地である天空の青いビーチ=サンダルに、着実に接近していた。 地平線には、四つの膝小僧が、茶色い三角形の山が四つ並んでいるようにして聳えていた。 戦争ごっこ 1・サバイバル・ゲーム 了