《 神仙奇談の書 海の怪異 》
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神仙奇談・・・それは「人の理解を超えた超自然の存在」を記した古典である。
本日はその中から一説を紹介したいと思う。
江戸時代、応永六年の七月ごろ丹後の国の海にて変事があった。
ここ数週間、海に魚が多く、いつも大漁で漁師たちは大喜びあった。
特に前年が飢饉でこの地方では米がとれず皆が苦しい思いをしていたので、その分を取り戻すかのように男達は競って漁に出た。
その日も漁師たちは数隻の小舟で漁に出たのだが、突然、空が曇り日が隠れ夜のように暗くなった。 漁師たちが怪しんでいると海の中から声がする。
「神社、行こうかー」
「奉納しようかー」
若い女の声だ。
何を言っているのか? ここは海の上だ。 神社などに行けるものではない。
よせばいいのに舟の上の若い漁師の一人が叫んだ。
「俺は漁師だ、今日もたくさんの魚を捕るんじゃ! 神社なんかに行ってる暇などあるかい!」
他の男達は若者の無謀な言葉に驚く。
何をいらぬ事を言うのだ。 いやな予感がする・・・。
案の定、海の中で何か大きなものが泳いでいる気配がする。
海の中のそれは半分が白く、そして残り半分が赤く見える。
それが起こす波のため舟が大きくゆれる。
バケモノか怪物でも出てくるのか。 男達は身構える。
すると、いきなり海の中から巨大巫女さんが現れた。
色が白と赤に見えたのは、彼女の着ている白小袖と緋袴だった。
男達もこれには驚いた。 巨大巫女さんはとても美人だったからだ。
しかし、美人と言ってもすごく大きい。 人の七〜八倍の大きさがある。
不思議なことに海の中から出てきたのに、巨大巫女さんの衣服は少しも濡れていなかった。 巨大巫女さんが凄まじい霊力を持っているのは間違いない。
巨大巫女さんが手にした箒で海をはらうと突風が吹き、大波がおこり海は荒れ、空から大きな石まで降ってくる。
巨大巫女さんの力は圧倒的だった。 人が勝てる相手ではない。 全ての舟が海の藻屑となり、そこにいる漁師たち全員の運命もこれまでかと思われた。
漁師たちは恐怖に怯えながら口々に叫んだ。
「神社にお参りします! 奉納もいたします! だから命だけはお助けを」
それを聞くと、巨大巫女さんはにっこりと笑い海の中に消えていった。
嵐はおさまっていた。 漁師たちは命からがら舟を漕ぎ岸辺へと辿り着いた。 そして巨大巫女さんに不遜な言葉を叫んだあの若い漁師を皆で袋叩きにして、ようやく落ち着いた。
海での変事を聞いた村人たちは皆でその地の神社に向かった。
神社は前年の飢饉のせいで、すっかり荒れ果てていた。 屋根には鳥が巣をつくり、美しかった庭も今では草がぼうぼう。 心ない村人が薪にして売るため持ち帰ったのだろうか床板まで引き剥がされている。 そして神主もこの地に愛想をつかし、いなくなっている有様だった。
飢饉があったとはいえ、あまりに荒れ果てた神社を見た村人は自分達の不信仰を恥じ、魚を売った金を集め、皆で神社を建て直した。 そして都に人をやり徳の高い神主と巫女をこの地にむかえ、手厚くもてなした。
噂を聞いた領主も神社での奉納相撲を許し、街道での行商の税を免除した。
やがて、この神社にお参りをすれば子宝を授かるという噂が広がり、大勢の参拝者がその地を訪れるようになり、その神社は大いに栄えたという。
その後、海に巨大巫女さんが現れることは二度となかった。
《 神仙奇談の書 海の怪異 巨大巫女の住む海 》 終わり
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