完全なる人間 (第3章)
機械仕掛けの神・作
笛地静恵・訳
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男は、目を覚ました。
何かが、ひどくおかしかった。 その原因が何かに、男はすぐに気が付いた。
顔を下にして、宙吊りの態勢になっているのだ。 だから、妙に変な感じだったのだ。
織り上げられている太い糸の、一連の白い波の連なりを見下ろしていた。 シーツだった。
ジュリーが、寝ている内に、うつぶせになったのに違いなかった。 そう判断していた。
くらくらする頭で、昨夜の出来事を思い出していた。
自分は、本当に……?
いきなり、全世界が回転した。 突風を巻きおこしながら。
敷物の純白の世界が、しなり、それから伸びをしたように見えた。
ジュリーが起き上がって、ベッドから下りたのだった。 男は、恐慌を来たしていた。
彼女の下腹部の造る大地溝帯に、さらにきつく押し込まれていた。
恐れているのは、シャワーだった。
水に流されれば、永遠に一巻の終わりだと分かっていた。
ジュリーは、テリークロスのローブを身にまとうはずだ。 死刑執行の部屋に向かうだろう。
しかし、そうする代わりに、パンティーを履き始めた。
これには、まったく驚かされた。 事態を把握するまでに、数分間を要した。
シャワーに行くのではなかったのだ。
いや、なんと走り始めたのだった。
* * *
最初の一キロを走破する頃には、男はシャワーでさえ、
これと比較すれば天国のようなものだと思い始めていた。
全宇宙が、上を下への大騒ぎを、演じていた。
上へ。 下へ。
ジュリーは、もう家の周辺の、都市の数ブロック分を駆け抜けていたろう。
間もなくして、自分がこの数年間で初めて、アパートの外に出たのだという事実に、
ようやく気が付いていた。
ある種の感銘を覚えずにはいられなかった。
あまりにも、狼狽えていたために、この場所から脱出しようという努力さえ、何もしてはいなかった。
しかし、事態は、自然に進行していたのだ。 ジュリーは走っているうちに、汗を掻いていた。
最初は、わずかに。 そして、だんだん激しく。 もっと激しく。
少女の汗は、彼の身体の上を、滝のように流れ下っていった。
ゆっくりと、彼を彼女に接着していた戒めを、溶解していったのだった。
何の警告もなしに、彼女の素肌の上を滑っていた。
そして、パンティの上に落ちた。
彼女の性器を茫然と見上げていた。
巨大な太ももの皮膚の一部が、周囲の空間で躍動していた。
この情況で、何をすれば最善の選択なのか。 何の考えも、浮かんでいなかった。
彼にすれば、死ななかったというそれだけで、十分なのだった。
さらに数キロを走り抜けた。 ジュリーは、家に戻った。 玄関の階段を、早足に登って行く。
内部に入った。 バスルームに歩いていった。 着物を脱いだ。 シャワーの下に立った。
男にとっては、足の下の床が抜けたようなものだった。
彼女が足首まで、パンティを滑らせていったのである。
正気に戻るまで、数分間が必要だった。
汗にぐっしょりと濡れた下着から、よろよろと這い出していった。
かねて決めておいた、隠れ場所の一つに向かった。
ジュリーが、シャワーから出てきたときには、すでに隠れ場所に辿り着いていた。
こうして、生き残れたのは、途方も無い偶然の産物だということが、身に染みて分かっていた。
彼女は、自分の脱いだものをまとめて、部屋に戻っていった。
男は深いため息をついた。 衝動的に、壁を拳骨で殴り付けた。
それから、大声を上げて笑い出した。
九死に一生を得た男の、腹の底からの笑い声だった。
* * *
続く数週間というものは、特別に興奮するような出来事は何もなかった。
性器の冒険で、死の危険を犯した後では、再度挑戦することには、さすがに躊躇いがあった。
けれども、あれが至極面白かったことは、紛れもない事実である。
まったくなあ。 ある金曜日の午後、個室を掃除しながら考えていた。
あの縮小事故からこっち。 自分が体験したことのなかでも、あれが一番面白かった。
ゆっくりと、外にでる通路を下りていった。
以前のジュリーへの、熱に浮かされたような熱中は、峠を越えてしまったようだった。
結局、今日は週末だった。 彼女が帰宅したにしても、男を連れているに違いなかった。
別に、彼女に幻滅したというわけでもなかった。
いや、もともと二人の間には、別に何も起こりはしなかったのだが。
いってみれば、彼等は、ごく普通の肉体的な接触をしたのにすぎない。
混雑した群衆の中で、偶然に指と指が触れ合うよりも、もっとかすかなものだった。
彼はそう納得していた。 自分の考えに、自分でうなずきながら。
今度は、ケイトの生活を観察してみようかと考え始めていた。
これも、たぶん旨く行くことだろう。
四時半に、自分の隠れ家の出口に到達していた。
リヴィング・ルームは、無人だった。 まだ、しばらくの間はそうだろう。
横になって、外界の別荘から、リヴィング・ルームを眺めていた。
背後に何かの気配を感じた。 何か、大きなものがそこにいたような気がした。
まあ。 すべてのものが大きいのだ。 しかし、それはいつもよりも、より大きい存在だった。
振り向くと何もいなかったが。 精神が、疲れているようだった。
ドアーが開く音がするまで、二十分間というもの横になっていた。
だれが最初に帰宅したのかと、玄関の方を見た。 ケイトであればいいがと、考えていた。
しかし、案に相違して、それはジェインだった。
金曜日には、いつも早い時間に帰宅する。 珍しく、だれかと一緒だった。
相手は、若かった。 そのことは、はっきりと分かった。
おそらく十六歳から十八歳ぐらいの間だった。
肩の長さまでの黒髪に、比較的に小さなバストと、蜂のように細いウエストの持ち主だった。
彼女は振り向いた。 だれなのか分かった。
ジェインの妹だった。 ターニャといった。
姉に似た清潔な容貌の美人だった。
彼女の来訪について、少女たちが週のはじめに、おしゃべりをしているのを耳にしたことがある。
高校二年生だった。 放課後、学校から直接に、ここに回ると言っていたのではないか。
この情報を思い出す前に、ケイトが弾むような足取りで、部屋に入ってきた。
彼女も、友人を連れているようだった。
第二の新しい訪問者は、小柄だが、魅力的で豊満なバストの持ち主だった。
他の全体の体型は、自然でほっそりしたものだったけれども。
「ヘイ、ジャニー。 キャロライナから来てくれた、友達のリンゼイよ」
長身の赤毛の少女が、そう紹介していた。
顔を赤らめていた。 どうして、恥ずかしがっているのだろうか?
「お会いできて、うれしいわ」
ジェインが答えた。
「妹のターニャよ」
ちょうどその時、ジュリーが部屋に入って来た。
全員の自己紹介が、一巡した。 それに一つの声が重なった。
静かで小さかった。 (もし聞こえたとして。) こう言っていた。
もう一年以上、使われたことのない言葉だった。
「こんにちは」
そして、ちょっと躊躇ってから。
「ぼくはジェイクだ」
* * *
ジェイクも、これが馬鹿げた行動だとは承知していた。
しかし、誰にも注目されないような人生に、何の意味もないというのは、本当のことだった。
さらに言えば、自分がこれまで生きてきたような人生に、何の価値もないことは明白だった。
生存という目的に、命を掛けていた。
しかし、それは、良く言っても、虫ケラとしては、まあまあ成功した人生だと、評価できるだけだった。
しかし、彼は虫ケラではなかった。 人間だった。
人間には、さまざまな欲望があるものなのだ。 畜生め。
それで、カウチの布地に登攀していった。 速やかに二つのクッションの間に到達していた。
家具の造る裂け目の、一番深い谷間の場所だった。 再度、あれをやってみるつもりになっていた。
また挑戦だった。
この週末のような、多数の人間達の集まりには、長いこと立ち合ったこともなかった。
これからも、しばらくの間は、ありえないことだった。 ターニャが、最初の相手の予定だった。
なぜなら、彼女が、今夜はこのカウチで、眠ることになりそうだったから。
それについて、いろいろな可能性が考えられた。
「言うは易く、行なうは難し」だったが。
しかし、その気になれば、何であっても、出来ないことはなかった。
どうすれば良いのかが、前よりも分かって来てもいた。
明日は、リンゼイ山を征服するつもりだった。
というわけで、みんなが帰宅するのを、時計の文字盤とにらめっこしながら、待つことになった。
少女たちが、ゲスト達を、どこかのパーティに招待したのに違いないと、判断していた。
それへの参加も、彼には出来ないことだったけれども。
とうとう、ドアがばたんと派手な音を立てて、開かれた。
明らかに酔っ払った、平均身長六百メートルの五人の少女たちが、次々に入場してきた。
室内の空気に、アルコールのにおいが立ち篭めていった。
彼は、ターニャにねらいを定めていた。 彼女も、泥酔していたに違いない。
彼の左側のクッションに、全体重を遠慮なく、どすんと落として来た。
途方も無い体重に、全カウチが鳴動した。
彼女の、右のお尻の頬の、白いきめ細かい肌を、直接に目にすることが出来た。
はっきりと見えた。 黒いショートスカートの端から覗いていた。
まっすぐに伸ばされた、しなやかに長い素脚の肌につながっていた。
このような好機を、見逃すつもりはなかった。 クッションを登って行った。
頂上に到着すると、足早に歩いていった。
注意深く、彼女の太ももに沿って進んでいった。
これもまた、「言うは易く、行なうは難し」だった。
クッションが、彼女の方に大きく傾斜していたからだった。
身体の重みの下に、沈んでいた。 すぐにスカートの端に到達していた。
両脚を、やや大股開きにしたしどけない姿勢で、彼女が座ってくれていることに感謝した。
五人の少女たち全員が、一斉に立ち上がるのを目撃していた。
その位置で、静かにしていた。 ターニャが、ベッドに入る準備をするのを待ち兼ねていた。
彼女の膝の下側に、簡単に潜り込むことが出来た。
おもむろに、中央部分に侵攻を開始した。
彼女が両脚を組む前にその場所に、達することが出来たことを神に感謝した。
彼女が、それをするのと、彼がコットンのパンティの内部に潜り込むのと、ほとんど同時だったのだ。
この動きによって、内部によりスムーズに侵入することが出来た。
それでいて、進行を妨げられるようなこともなかった。
静かに、彼は内部にいた。
彼女の若さの醸し出す豊潤な体臭に、酔うような気分になっていた。
滑らかな皮膚に、優しく指で触れてみた。 脚がほどかれると、登頂を再開した。
経験によって、より賢明になってもいた。
ただ。 かすかに感じさせる程度の刺激に、止めることにしていた。
彼女自身の指によって、最後まで達しようとするような地点までは、
興奮を高めないようにするつもりだった。
彼は自力で、内部に入り込んでいった。
彼を興がらせたのは、彼女のクリトリスが、ジュリーのものとはまったく異なっているということだった。
ジェインは、どんな風なのかと興味と関心を高めていた。 それも、探険してやるつもりだった。
こすったり、撫でたりする数分間の行為の後で、自分が期待していた反応を喚起していた。
それは、さらに何分間か続いた。
ジュリーの火山の爆発のような激烈な振動と比較すれば、小さな地震のようなものに過ぎなかった。
しかし、体内の遥か下方から轟いて来る、液体を噴出する直前の物音はまったく同じだった。
彼は自分も達しながら、微笑していた。
いまだ「小さなアルバイト」ではあったが、女性達に対して、
自分がある種の効果を与える力を持っているのは、明白だったから。
洞窟から這い出ようとしているときに、いきなり、ターニャが立ち上がった。
この行動には、何の心の準備も出来ていなかった。
パンティの中に、なすすべもなく転落していった。
何とか、身体の平行を保とうとした。 しかし、彼女はすごい速さで移動していた。
すぐに、いくらかの光が差し込んで来た。
パンティを下ろしたのだった。 彼も一緒に下降させた。
しかし、その光も長いことは続かなかった。
彼女は使用済みの下着を丸めると、背負っていたプラスティックのリュックザックの中に、
放りこんだのだった。 ジェイクが、なんらかの対抗措置に出る前に、
スカートとブラとソックスが、彼の頭上から豪雨のように落下してきた。
ジッパーが閉じられた。
世界は、暴力的に揺さ振られていた。
彼女がリュックザックを持ち上げて、リヴィングルームに戻って行ったのだ。
彼女は、数分間で眠りに付いていた。
ジェイクは、なんとか上に出ようとして、苦闘していた。
今夜の内に、リュックザックから脱出できる見込みは、ほとんどなかった。
しかし、汚れた衣服の山の中に埋もれているのは、まっぴら御免だった。
二時間程で、プラスティックのバッグから、もう少しで抜け出せる衣類の山の頂上の高さにまで、到達していた。
それから、その場所に倒れこんだ。 疲れきって、消耗していた。
何か柔らかい物の上だった。 それが何か気にもしなかった。 ただ眠りたかった。
眠りの舟に揺られながら、今日一日のハードワークについて、思い返していた。
淑女たちと、ベッドを供にするのは、彼にとってはいつも重労働だったのだ。
しかし、まあ、その価値は十分にあった。
* * *
彼は、バッグの振動を感じてはいた。
しかし、シャワーの水音が止まるまでは、起きるつもりはまったくなかった。
大きく伸びをした。 ジッパーの隙間から、頭上に差し込んで来る薄暗い光を眺めていた。
ターニャの濡れた手が、バッグのジッパーを開き、彼の方に伸びて来た。
慥かに、ちょっとの間、金縛りにあったように、その場所に凍り付いていた。
しかし、彼女の手が、彼の方に伸ばされているのではなく、その上に乗っている物に対してなのだ、ということに気が付いた。
それが何なのかということに、気持ちを向けるゆとりが出てきた。
正体が判明するよりも前に、それごと空中に持ち上げられていた。
いきなり、彼女の剥出しの左の乳房を、目撃していた。
彼を目掛けて、急速に接近してくるのだった。
背後の布地が、きつく彼の背中に押しつけられていた。
同時に、彼女の柔らかい乳首の上に落ちた。
もう一枚の衣服が、ターニャのブラの上にかぶさる音を聞いていた。
内部に幽閉されたことは、間違いなかった。
世界は盛り上がり、下がっていった。
彼女が衣服を着ている間、また上がっていった。
歩き始めた時にも、彼は何の準備も出来ていなかった。
ゆっくりとした規則正しい振幅だった。
乳房の怪物的な巨大さからすれば、快適な動きだとさえ言えた。
しかし、彼はこう考えていた。
かすかに堅くなり始めた乳首に捕まりながら。
今日も長い一日になりそうだ、と。
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完全なる人間
第3章・完