マチスンの主題による変奏曲第3番 後編
(十八センチメートルの頃に)


CLH 作
笛地静恵  訳






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 タイトスカートの左の脇のボタンを、音を立てて外していった。
スコットの視線を意識しているのか、脚をおおきく広げてくれていた。

 おそらくは深緑色だが、影の中では黒にしか見えないパンティを、覗くことが出来た。
十メートルの上空である。

 そのままの態勢で、スカートを脚の上から下まで、音を立てて滑らせていった。
足首のスカートから、両脚を外した。片脚ずつ、大きく、白い竜のように上に持ち上がっていった。
股間を、大股びらきにしていった。

 しかし、脚が、彼の頭の真上の位置に届くことがないように、細心の注意をしているのがわかった。
踏み潰されるようで、何よりも嫌がることを知悉していたのだ。

 スカートも、習慣できちんとたたんでいた。 セーターの上に、山になるように置いた。
この部屋の一角は、家具が威圧感を与えることがないように、ルイーズは、
極力ものをおかないようにしている。  そのために棚もなかった。

 壁に付いた人形の家の他には、スコットが置いたままにさせてある、ラップトップのコンピュータが
一台あるだけだった。 彼に書くことを教えてくれた、サーカスのある女性の記念なのだ。

 スコットは、今でも書けなくなると、それをじっと眺めていた。
その上に、赤いクリスマスのキャンドルが、暖かく燃えていた。


 スコットが、床上十八センチメートルの視点から、見上げる
ルイーズという存在は、
ほんとうに物凄い光景だった。

 彼は、首をいっぱいにそらしていたが、筋肉の痛みも、まったく気にならなかった。
凝ったレースをあしらった、ブラジャーとお揃いのパンティ。

 その全容が、明らかになっていた。陰毛が影になって、前に明らかに透けていた。
脚を大きく開いてくれているので、二つの尻の肉の谷間に、パンティが食い込んでいくところの、
暗い一筋の影さえ見ることが出来た。

 男は、なぜその裂け目に、
これほどに引き付けられるのだろうか。

 心理学者が言うように、そこが自分がこの世に誕生した場所だからなのか。
生理学者が言うように、種族保存のために自然が設けてくれている、
射精の快楽という副産物のためなのか。

 彼は、それらの部分が、いかに今でも彼の内部に、性的な興奮の火種を、掻き立てるのかと
いうことに、驚いていた。 もうとっくに遠い世界のものと、諦めていたものだ。

 ノーマルな男のものだと。 何しろその裂け目は、彼の身体の半分ほどの、大きさがあるのだ。
二人のサイズの相違にもかかわらず、欲望に変化はなかった。


 彼女は、スコットの熱い視線を意識して、ほほ笑みながら、ゆっくりとパンティを膝まで
滑らせていった。 彼は上を向いたままで、口をぽかんと大きく開けていた。

 それとは意識もせずに、次第に危険な場所にまで近付いてきていた。
今では彼女の、すぐ二、三〇センチの足元にいたのだ。
慎重な彼としては、珍しいことだった。

 半径一メートル以内の床の表面には、決して寄り付かなかった。
ルイーズは、パンティが自然に、足首にまで滑り落ちるのに任せていた。

 片脚ずつ引き抜いていった。
そのたびに、彼の頭上に、大きく脚を持ち上げて、股間を見せびらかしていた。

 明らかに彼女の方も、この
ショーを楽しむ気分になってきていた。
白い脚が、闇の中に、美しい弧を描いている。

 ルイーズは、パンティを足の指先で、彼の家の玄関まで滑らせると、その上に器用に掛けた。
下着の重量で、ポーチの全体がかすかに隠れた。

「ご主人さま。 次には。 どうすればよろしいでしょうか。
ジェニー(精霊)に三つ目の願い事を言ってください」

 彼女は、彼の周りに、両手と両足を付くようにしていた。
四本の足のある神殿のようだ。 笑顔で見下ろしていた。
アラビアン・ナイトの、
全裸の魔法の精霊に会ったアラジンの気分だった。

 ルイーズは、いつも明るく陽気だった。乗りやすい性格の女性だった。
それを自分の横暴な性格で、踏み躙ってきたのだ。
スコットの心に、痛いような反省があった。


「まず、
双子の懐かしい旧友に再会したいね」
 彼は人差し指で、大きく空中に丸い八の字を描いた。
彼女は、くすくす笑いながら、左脇を床に付けて横になった。

 しかし、彼とは反対の方向に顔を向けるので、背後にいる彼の位置には、
充分に注意を払っていた。

 尻の並びが丘に、スコットは徒歩で接近して行った。
その光景。 双子の古い友人は、息を飲ませるほどに美しかった。

 キャンドルの明かりが、月のような圧倒的なマッス(量感)を際立たせていた。
腰の笑窪にも、深い闇が溜まっていた。

 両手をその上に這わせた。
全身を二つの丘に押しつけるようにしていった。

 下側の半分にしか、背が届かないのが残念だった。
妻の腰は、最も高いところでは、
彼の背丈の二倍以上の標高があった。

 尻の割れ目に鼻を近付けていく。
かすかだが、ぷんと硫黄のような刺激臭がした。
 彼女には、感じられもしないだろう。 ルイーズは、清潔な女だった。
外出前に、シャワーも浴びていた。 子犬のような鼻が、敏感に過ぎるのである。

 サイズが違いすぎるのだ。
その臭気があったとしても、彼女の肌に全身を押しつけているという事実が、彼を駆り立てていた。

 かりに、半分しか触れられないとしても、性欲という
火の強さは同じだった。
彼女の臀部の半分でも、彼の何十人分の質量を持っていたとしても。

 彼は、口を大きく開いていた。
球面に沿って、キャンドルの光がきらめくような、唾の痕を付けていった。

 割れ目の中も舐めていった。 舌にぴりっとした味があった。
かなり強く舌を押しつけていたので、ルイーズにもそれが感じられるようだった。

 
尻の肉の動きから、それが分かった。
彼女の太股の上部が尻に付く付け根の線に沿って、舌による入念な愛撫を加えていった。

 右の尻の頬に黒子を見付けた。
直径は一センチぐらいに大きくなって見えたが、場所は以前と全く同じだった。

 彼女は、ここが弱かった。
手足が長い割に、
太股の肉付きが、むっちりとした女だった。

 つまり、尻も大きく安産型だった。
彼が奇病に取り憑かれなければ、子供もあと二人は、持てたかもしれない……。


「okay!次は洞窟探険だ」
 彼は、そう陽気に呼び掛けた。 小山のように大きな尻の肉を、平手で強く叩いた。

 突然、尻の両の半球が、彼に向かって重々しい回転を始めた。

 傾斜してくるので慌てて飛びのいた。 後に飛びすさるようにして、かろうじて難を逃れた。
それでも尻はスチーム・ローラーのように、ぐるりと回転しながら、伸し掛かろうとしていた。

 慌てたスコットは、カーペットの生地の隆起に足を取られて、転んでしまっていた。
皺に過ぎないのだろう。 逃げ場はなかった。

「やめてくれ!」
 彼はそう叫んでいた。必死だった。

「……スコット、私は、ちょっと、ふざけただけじゃないの。
どうして、あなたは、そんなに、真剣になっているのかしら?……」
 彼女は肩越しに振り返って、声を出して笑っていた。


 彼は、背中の広い壁の向こうの、
満月のような笑顔を、しばし茫然と見上げていた。
こっちは、殺されかかったんだ。 冗談じゃない。 そう絶叫したかった。

 ルイーズには、彼の転倒は見えなかったはずだ。
死ぬことはなかったかもしれないが、骨の何本かは、確実に折れていただろう。

 きつい言葉を言ってやろうと思ったが、その一歩手前で踏み止まった。
それから、自分がどんなに奇妙な情況にいたかに、気が付いた。
本当に、文字通り「女の尻にしかれる」世界で最初の男になるところだったのだ。


「なんてこった」
 彼も、明るい大声で笑った。

 それから、雄大な尻の頬を、出来るかぎりの力で、
ぴしゃりと叩いた。
掌に感じた衝撃で、自分が彼女を痛め付けようとしても、どんなに小さくなってしまっているのか
ということが、逆に分かった。 岩を殴ったような感触が、返ってきただけだった。

 しかし、お仕置きとしては、十分な効果を発揮した。 少なくとも、音は大きく出たからだ。

「やりすぎたのなら、ごめんなさい。気をつけますわ」
 そうルイーズが、謝ったのだ。


「悪い子だ。四つ目の願い事は、こうだ。 ぼくのジェニー(精霊)よ。
 オープン、セサミ!(開け、ごま!) 汝の洞窟の秘密を、わが前に現わせ」

「はい、私のご主人様」
 ルイーズは、その位置から、上半身を持ち上げていった。

 身体全体を起こしていった。重いものを引き摺るような、ズズズズという音がしていた。
ドール・ハウスの脇の壁に、寄り掛かるようにして、ずずんと座った。

 片肘をゆっくりとくつろいだ風に曲げて、家の屋根の上に置いている。
ブラジャーとパンティは、外して床に置いた。

 ブロンドの直毛が、顔から屋根の上にまで、金色の滝のように帳となって、掛かっていた。
自分の
妻の全裸の、ヌードの光景の壮大さに、驚嘆していた。


 
肌の、象牙のような肌理の細かさ。 両腕の、芸術品のような形。 曲線美。


 ヌードは、ある神秘な山腹の大理石に、一人の偉大な芸術家が、生涯を賭けて一心に鏨を
ふるい、たった今完成したばかりの、
巨大な女神の彫像のような新鮮さを保持していた。

 ルイーズは、彼が生活と仕事の場としてきた家よりも、遥かに巨大で美しかった。
キャンドルのほのかな光に照らされて、闇の中に、深い微妙な陰影を持って、重々しい量感を
保ちつつ、生きて呼吸していた。素肌から放射される体熱を感じていた。


 ドール・ハウスは、たしかに仕事をし、睡眠を取る大事な家である。 けれども……。
彼にとっては、ルイーズがいる場所こそ、いつでも真の「我が家」だったのではないだろうか。
それが実感として分かった。

 彼女は両膝を、徐々にカーペットの上で伸ばしている。
両足の裏を、カーペットに押し充てたままで、重々しく開いていった。

 そして、彼は彼女の二本の脚の作る谷間を、小走りに通り過ぎていった。
遠い昔に、ルイーズの誘いに乗って、シャワー室で両脚の間で、戯れたことがあるのを、
思い出していた。

 あの時は、この
肌色の壁である片脚と同じ大きさだったのだ。
それすら、信じられぬような気がする。

 待ち受ける場所に、さらに歩を進めていった。 まるで、そこが大きく開かれた暗黒の、
冒険者であるアラジンのための、真実の 「運命の門」であるかのようにだ。

 親しみ深いジャスミンの香を、肌から嗅ぐことが出来た。
やがて、静かに両手を、濃密でカールした陰毛の茂みに、忍び込ませていった。

 毛の一本一本は、細くふんわりしているので、それほど猛々しいという印象はない。
太股の付け根の、柔らかく匂い豊かに汗ばんだ肌は、キスしていくにつれて、紅潮していった。

 両膝をついて、その場にしゃがみこんだ。 ぷっしーを、両手で全力で、
マッサージしていった。

 指を上下させて、その部分に擦り付けていった。
ワインレッドの襞襞を、一枚ずつ愛撫している。

 両腕に力をこめて、大陰唇を押し開いていった。
肉の畝を押し開いて、内部を広くしていった。

 濡れた
粘膜の弾力が、心地よかった。
すでに内部には、たっぷりと溜まっていたのだろう。

 愛液が、溢れて豊かに滴った。 尻の割れ目の方にまで流れていく。
潤滑油を受けて、手が滑った。

 雫が肘まで伝わっていく。 襞の一枚に歯を立てた。
果汁を搾り取ろうとするように啜ってみた。
両手をぬるりと、ヴァギナの裂目に押し込んでいった。


「おお、スコット」
 ルイーズは、自分の指を使いたくなる衝動に、じっと耐えていた。
いくらもどかしくても、スコットに、すべてを任せていた。全神経を性器に集中していた。

 どんな小さな刺激も、見逃すまいとしていた。
それが快感を自分自身にも信じられぬ速さで、高めてくれていた。

 彼は自分の胸を、ヴァギナにぬらりと押し当てていった。
クリトリスは、両手で揉み解すようにしていた。 すでに
皮がつるりと剥けていた。

 ピンク色をした、プラムの実のようだった。 彼のためだけの、世界でたった一つの果実だった。

 乳首と違って、これなら彼の口でも、なんとか頬張ることが出来た。
窄めた口のなかに、頬張った。 ちゅっと音を立てて、キスをした。


 
舐め回し、啜り、舌で叩き、ざらざらとしたところで、強く力を入れた。 齧ってもみた。


 非力な彼は、これが自分に出来るもっとも効果的な愛戯であろうと、心得ていた。
舌で周囲に円を描きつつ、執拗に愛撫していった。

 最初は、一方の時計回りにだけ。 それから、逆回転。 
ルイーズは、これが好きだった。


「……スコット……、スコット……」
 堪らずに身を捩り、身動きするときに立てる音が、家のなかに、何百人もの人間がいるような、
幻想を抱かせた。 大騒ぎだった。 ルイーズ一人で、百人のパーティを演じていた。

 歓喜のあまり発する濃厚な体臭が、芳香となって漂っていた。
古代の媚薬のように
彼を駆り立てていった。

 情欲に燃えた、女の匂いは、男の野性を目覚めさせていた。

 自分の勃起したペニスを、割れ目に、出来るかぎり押し込んでいった。
より早く。 より創造的に。 クリトリスにも、精力を傾注していった。

 その下部をペニスで突いていった。 手も舌も止めなかった。

 
尻が揺れた。

 彼が乗った股間が、上方に、津波のように盛り上がった。
太股の筋肉が、鋼鉄に変化したようだった。 緊張しているのだ。

「ぷりーず。 すこっと。 ぷりーず」
 彼女は、叫んでいた。 何度も何度も、彼女の腰は内部の骨盤とともに、前方に突き出された。

 弾き飛ばされないように、陰毛の命綱を、左右の手首に幾重にも巻き付けていった。
大自然の造山運動の現場に、立ち合っているようだった。

 彼女は堪え切れずに、エクスタシーの咆哮をあげた。
この家で、かつてあげたことのないほどの声だった。
それは、彼の耳をしばらくの間、キーンとしびらせておくほどの大音量だった。

 全肉体が、地震のように鳴動した。
そして、彼もそれに合わせて、射精し、射精し、射精していった……。

 ……船が難破して遠泳の果てに、ようやく海岸に辿り着いたガリバーのように、
香り高い茂みに顔を押し当てて、ぐったりと長い間、横たわっていた。


 ルイーズの方は、雄大な呼吸のペースを、次第に取り戻しつつあった。
スコットの浅い眠りを妨げないように、静かにそのままの姿勢で見守ってくれていた。

 頭を上げると、
背中を指先で、下から上まで、やさしくなでさするようにしてくれていた。
陰阜の丘の下の、岩のような恥骨の固さまでを、彼は胸に抱き締めた。

「あなたも?」

「ああ、ぼくもだ」
 夫婦だけに通じる親密な会話だった。
スコットは、自分の気持ちを、出来るかぎり声にこめられるように、大声をさらに張り上げていた。

「サンキュー。 ……ぼくは、ものごとを、しっかりと……。 考えられないぐらいだよ」
 ただあのノートには、今夜のことは絶対に書かないぞと、心に決めていた。
あの欲求不満の女性編集者に、旨い餌を与えるような真似はしたくなかった。

 手首に食い込んだ恥毛を解いた。 赤い筋ができていた。
そして、恥丘の熱いふくらみから立ち上がった。 五つ目の願い事を、思い出した。

 
腹部を這い上った。

 広大な下腹部に、キスをしていった。 ワインと塩の味がした。
ルイーズは、いつのまにか、上半身をカーペットの床に滑らせて、半分寝そべるような格好に
なっていた。

 首から上だけが、壁を枕にしていた。彼は妻の臍よりも上の、胃の辺りに寝転がった。
乳房の山の麓だった。


 読者からの手紙で、ボードレールの『巨人女』の詩を知ってから、こうすることが夢だったのだ。
その最後の連は、確かこんな内容だった。


 
夏のある日、暑い日射しに疲れ果てて

 
野山に長々ときみが寝転ぶとき、愛してあげるのさ ぼくは

 
山の麓の平和な山里のように

 
巨大な女の乳房の影で、のんびりとまどろみながらね



 うろ覚えだが、大意に変化はないだろう。
息を吸い込んだり吐き出したりするたびに、胃が上昇したり、下降したりするのを全身で感じていた。

 大波に揺られる、小舟になったような気分だった。 胎内音は、海底のざわめきのようだった。

「メリー・クリスマス。ルイーズ」
 彼女は、燃える火のような匂いをさせていた。
ルイーズは、「こと」の後、しばらくは、この体臭を馥郁と漂わせるのだ。

 その神秘な空気を呼吸していた。



「神様が、私たちと、すべての人の上に、祝福を与えてくださいますように」



 彼女も、そう眠そうな声で、呟くように言った。
彼にも、それが六つ目の願い事であることに、異論があるはずはなかった。


 最後の七つ目の願い事は、お互いに心に秘めて、決して口に出すことはしなかったけれども……。




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マチスンの主題による変奏曲第3番(十八センチメートルの頃に)後編(了) 






                              
全編 完




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