ウェンディ物語 3
シャドー・作
笛地静恵・訳
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 6
 始業のベルが鳴りました。 彼女たちは、それぞれのクラスに散らばって行きました。
 この時間帯では、だれか二人が一緒に取っている授業は、何もなかったのです。
ウェンディは数学。 ジュディは物理。 ビヴァリーは政治経済でした。
 みんな、この学校を征服するのは、今日でも構わないと思っていました。
が、その前に家族に対して、なんとか仕返しをしてやりたいと考えたのでした。 
 読書好きのジュディは、その日の時間のほとんどを、クリスタルの縮小能力の秘密を探索する
ために、費やしていました。 でも、何も発見出来ませんでした。
 より専門的な蔵書を調査する以外に、方法はありませんでした。
大学の図書館に行ってみるつもりでいました。 下校の時間でした。
 それぞれの自宅で何をするつもりなのか、みんな何もわかっていなかったのです。 
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 ウェンディとビヴァリーも、いっしょにジュディの家に行きました。
 父親はリヴィング・ルームに座って、ビールを飲んでいました。
毎晩の習慣なのです。 壁がベッドの代役を勤めていました。
 吐くか泥酔するまでそうしているのです。
娘としらふで会話することもありませんでした。
 もしそうするときは、自分自身の妄想の世界で犯した破廉恥な罪を、一方的に詰るだけでした。
 幻覚の中のことですから、理由などいくらでも付けることができました。
そのたびに、娘の尻を叩いて折檻していたのです。
 ジュディは十五歳です。 お尻をぶたれるには、年齢が大きくなりすぎていました。
屈辱的な仕打ちに、長い間、耐えてこなければならなかったのです。 
 帰宅してすぐにジュディにも、彼が剣呑な雰囲気でいることがわかりました。
今夜は、すてきな晩にはなりそうにありまでした。
 母親は、コックとメイドの仕事をしています。 まだ、帰っていませんでした。
もしジュディの夕食の支度が遅くなれば、ひどく怒りだすことでしょう。
 心配でなりませんでした。 今夜は、娘に手を出すことはできないとわかっていてもです。
今度は、娘が親としての役割を果たすべき時でした。 
 彼がいつも座っている椅子から立ち上がろうとする前に、縮小が始まりました。
喚き散らし、恐がらせようと思った少女が、相対的には身長十五メートルの存在に
巨大化していることにも、気が付かなかったのです。
 たっぷりと一分間以上の間がありました。
そうと気が付いた後も、ただむっつりと黙り込んでいるだけでした。
 彼の脳は、アルコールの毒気のためにひどく濁っていました。
事実を正確に把握することさえ、困難になっていたのでした。 
 ジュディは父親を片手に持ち上げると、自分の椅子のところに歩いて行きました。
膝の上にうつぶせにして寝かせました。
 じたばたともがいて暴れていました。
左手を軽く背中に乗せてやりました。 それだけで、逃げることもできなくなっていました。
「今までは、あたしに、ずっと恥ずかしい思いを、させてくれたわよね。
今夜は、あたしがあなたをお仕置きしてあげる番よ!」 と ジュディ。 
「これからは、お酒を飲むたびに、こうしてぶたれることになるのよ」
「いやだ、いやだ、やめてくれ、おまえは、すぐに、自分の、部屋に、戻るんだ!」
 ちっぽけな酔っ払いが、そうどなっていました。 
「このチビの……」 ジュディも怒っていました。 
「まだわからないの? 今度はあたしの番なの!」
 右手を振り上げました。
自分が考えていたよりも、ずっと強い力で父親を平手で殴っていました。
 この強さでは、彼の臀部の筋肉がもたないでしょう。
ずたずたに裂けてしまうこともわかっていました。
 でも、怒りのあまり、どうしても手を止められなかったのです。
怒りの涙があとからあとからあふれて、ほほを伝って流れ落ちていました。
 父親に対して、今までの罰をまとめて与えてやっているのでした。 
 ばちん。
 びりっ。
 めきっ。
 ばきっ。
 ぐしゃっ。
 ぶちゃ。
 それでも、彼は最期に一回だけ、自分の娘の手が、背後から振り下ろされるのを
振り返って見たのでした。
 痛みの所為で、一瞬だけ頭がはっきりとしていたのです。
手の長さは、彼の身長と同じぐらい。 幅は三倍もありました。
 悲鳴を上げていました。 スローモーションの映画のようでした。
ゆっくりと。 ゆっくりと。 下降して来ました。 そして、すべてが終わったのでした。 
「このバカ!」 ジュディは泣いていました。
 膝の上で、もうどうにも壊れてしまった小さな男を、まだ叩くのを止めませんでした。
 彼の身体は、人間としての形さえ失っていました。
頭蓋骨も、ばらばらの小さなかけらになっていました。
 ジュディの父親は、神に与えられた寿命を越えて、きっと長く生きすぎてしまったのでしょう。
人間としての尊厳を越えて、破壊されてしまっていました。 
 ジュディは、膝の上の壊れたぬいぐるみのような物体を見下ろしていました。
もう泣いていませんでした。
 心の中に、一片の後悔の念も浮かんでこないことが、不思議でなりませんでした。
 実際の所、爽快な気分になっていました。
何かしら重いものから、自分が解放されたことがわかりました。
 自由というのは、もしかしたら、こういうことを言うのではないでしょうか。 
 今度は、ビヴァリーの家に行く順番でした。 
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 ジャニスは、がらんとした娘の部屋の中央に座っていました。
 すべての掃除が済んでいました。 夕食の準備も完全でした。 もう、調理を待つだけでした。
 娘の帰宅を、不安に打ち拉がれそうになりながら、待ち受けていました。 
新しく見いだされた自由の土地として、ウェンディは、いつも決められた時間に家に帰る習慣でした。
 しかし、今日に限って遅いのでした。
ジャニスは、この世界の普通の母親がそうするように、彼女の身の安全を心配していました。
 ここ二晩というもの、自分の牢獄になっているワイングラスを見つめました。
叩き壊してやりたい衝動に襲われていました。 しかし、とても出来ることではなかったのです。
 今は服従するふりをして、娘とともに遊んであげるべき時でした。
その内に、問題の解決法を見付けてやるつもりでした。 
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 ビヴァリーは、入り口のドアを開けて部屋に入って行きました。
全家族五名を縮小するのに、無駄な時間は使いませんでした。
 兄弟三人と両親二人を、両手で床から掬い上げました。
タッパーウエアのボウルの中に入れていました。 
「これからは、あなたたちはわたしのペットなのよ。
わたしは女神さまになったんですもの。
わたしの気分によって生きも死ぬもするのよ。
実際、もしもわたしのことを、怒らせるような真似をしたら……」
 彼女は、カウンターの別なボウルの中から、ピーナッツの殻を一つだけ摘み上げました。 
「こうなる運命なのよ」
 指先に力を入れていきました。 いきなり、ばきんという、ものすごい固い音がしました。
殻が二つに割れていました。 光り輝くクリスタルを、彼らの頭上に挿頭してやりました。
 全家族が、ボウルの底に跪いていました。 これで長年の問題が、一挙に解決したのです。 
「わたし、こいつらのこと、ようやく好きになれそうよ。 なんて、かわいらしいんでしょう!」
「さてと、それじゃこれで十分ね。 わたしも家に帰って、マムをワイングラスに入れることにするわ」
 ウェンディは、クリスタルの付いたネックレスを、元のように自分の首にかけていました。 
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 ジャニスは、リヴィング・ルームの椅子に座っていました。
 娘が無事に帰宅してくれるようにと祈っていました。
一分間が、一時間のように感じられていました。
不安と恐怖が、心の中に渦巻いていました。
 ウェンディが、今夜は何をするつもりなのか、考えていたのです。
玄関のドアのベルが鳴りました。 全身が恐怖のために、痙攣を起こしそうでした。 
「お母さん、そこにいるの? そうだと良いんだけど」
 ウェンディは、いきなりそう口を開きました。 
「いるわよ、ウェンディ。 わたしは、ここよ」
 声が震えていました。 
「さてと、それじゃ、もう夕食が出来ているということよね?」
 ジャニスは、準備は完全にしたのです。
でも、肝心の調理をしなければならないことをすっかり忘れていたのでした。
心配が、心を麻痺させていたのです。
「いえ……まだなのよ……ウェンディ」
 恐怖が増大していました。 危険な状況でした。
 ウェンディはテーブルの端を回ってきました。 彼女の眼を覗き込むようにしていました。
青い瞳が、異様に鋭い光を放っていました。
「まだって。 どういう意味なの?」
 怒っていました。
「わたしは、またお仕置きをしなくちゃならないみたいね? 小人さん?」
 ポケットからクリスタルを取り出しました。
その時に、自分でも思っていなかったような願い事をしたのでした。
 クリスタルを自分の方に向けました。
 巨大化するように望んだのでした。
 より高く。 より大きく。 急速に成長していきました。
 母親は、娘の身長が一メートル八十センチに、二メートルに、
二メートル二十センチに変化していくのを見上げていました。
 ちょうど三メートル六十センチになったところで、彼女は巨大化を停止させました。
 長身の母親でさえ、彼女の半分程度の大きさしかなかったのです。
リヴィング・ルームの天井に少女の茶色の髪が触れていました。
 ウェンディは、こどものようなサイズにしか見えない母親に、大きな手をのばしました。
 巨大な手で首を鷲掴みにしました。
ジャニスの首に、圧迫を加えて行きました。
 そこから逃れようと、必死に無駄な抵抗をしていました。
ウェンディは、あまりにも強すぎたのです。
 宙にぶらさげてやりました。
母親は両手でウェンディの太い手首を握り締めて、足をばたばたさせています。
 そのままでキッチンに運んでいきました。
猫の子を運ぶように、簡単なことであったのです。 
「チビの奥様。 あなたは、ご自分がなにをなすべきか、
しっかりと勉強する必要があるようでございますわね。
早く、食事の支度にとりかかりなさい。 急ぐのよ!」
 そのまま床に落としました。 ジャニスは、調理台に這うようにして移動していました。
首の苦痛は、あまりにも激越で、立つことさえできませんでした。
 半分、身体を引きずりながら、捕まり立ちをしていました。 啜り泣いていました。
こんな残酷な仕打ちに、自分が後どれぐらい耐えられるか、自信がありませんでした。
 もし解決策が見つからなければ、自分は遠からず、娘の元を去ることになるでしょう……。
あるいは、彼女を殺す方法を発見できなければ……。 
 ウェンディは普通のサイズに戻っていました。
リヴィング・ルームでくつろいでいました。 テレビを見て笑っていました。
 奴隷が一人いる生活というのも、悪くありませんでした。なかなかに快適なものでした。
 急にひらめいたアイデアがあります。
 もし、一人だけでこれだけ快適ならば、
人数が多くなれば、その快適さは、どんなに大きなものになるのでしょうか?
 クリスタルを握り締めていました。
 巨大化した時の、全身にみなぎる力を、思い出していました。
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 ウェンディは、夕食を食べ終わりました。
 明日は、長い一日になることでしょう。 母親を縮小すると、ワイングラスの牢屋にいれました。
 それから、明日の計画を、じっくりと考えていきました。 
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ウェンディ物語3 了