ウェンディ物語 4


シャドー・作
笛地静恵・訳


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 朝が来ました。 ウェンディは高揚した気分でした。


 今日、自分が何をなすべきなのか。 すべてを確信していたからです。

 学校の制服の白いブラウスとチェックのスカートに着替えていました。
ビヴァリーとジュディに会うために、サンダルを履くのももどかしく、自宅を飛び出していました。 

 校舎の正面玄関の、階段の前に座り込んでいました。
昨日までは、大柄な不良少女たちに独占されていた場所でした。
自分たちが求める効果を、より強烈に演出する方法について、最後の打ち合せをしていたのでした。

 三人で真剣に議論していました。
求めているのは、女神達への全校生徒からの恐怖と尊敬の念でした。

 つまり、囚われの身となった観客の存在であったのです。

 体育館は、最良の選択でした。

 しかし、どのようにして、みんなをそこに集めて、そして、閉じこめれば良いのでしょうか?
次のようなポスターを、掲示板に張り出していました。 


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『史上最大のビッグ・ショー

全校生徒のみなさんへ。 

場所 : 体育館

時間 : 本日午後0時

内容 : 全校が、蜂の巣を突いたような大騒ぎになることでしょう。 

     史上最大のビッグ・ショーを、あなたの目で目撃してください。 

     先生方の参加も、歓迎しております。 

景品付き : ソーダと、新品のカセットかCDを一枚、全参加者に無料で配布します。』


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 正午には、ほとんど全生徒が、体育館に集合していました。
広大な室内の四方の隅まで、満員になっていました。

 ビヴァリーは、高まる期待に笑みを零していました。
一方の部屋の端には、ジュディの姿が小さく見えていました。

 ウェンディが、ようやく会場に入って来ました。 満足気に頷いていました。
あらかじめ縮小しておいた自動車を、何台も体育館の扉の外側に、ばらまいて置いて来たのです。

 すべての出入り口に、そうしたのでした。
それから、もう一度、もとの大きさに戻したのでした。
何台もの自動車の積み上がった、巨大なバリケードになっているはずでした。

 ウェンディのうなずきは、もう誰も外には出られないことを、無言で二人に示したのでした。
最大の効果を発揮するための、舞台装置の準備が整ったのでした。 

 ウェンディはクリスタルの光で、二人の友人を最初に照らしだしたのでした。
それで、彼女たちの両足が、体育館の前後にある出入り口を、
さらに内側から塞ぐための障害物になってくれるはずでした。


 この学校の制服を着た二人の少女が巨人に変身していく光景は、パニックを引き起こしていました。

 ウェンディは、自分の方に突進してくる群衆の渦中に、巻き込まれていました。
あやうくクリスタルを落としてしまうところでした。

 押されたり突き飛ばされたりしたのでした。 しかし、かろうじて踏み止まっていました。
自分自身に、クリスタルの光を照射したのでした。 


 今では三人の巨大少女が、体育館の何もなかった場所にそびえ立っていました。

 十メートル近い身長があるでしょう。



 その笑い声は、群衆の立てる騒音を圧して、広大な室内に轟き渡ったのでした。
一番長身のビヴァリーは、天井に頭が届きそうになっていました。

 群衆は我先に逃げだしました。

 しかし、すべての出入り口が、巨大ですが、かわいらしくもあるビヴァリーとジュディの四本の脚
によって、塞がれていたのでした。

 すぐに彼らの視線は、体育館の中央に聳え立つ美少女に集中していました。
茶色の髪に碧い眼の巨人が、この騒動の中心人物であることに、間違いはなさそうでした。

 彼女は、おもむろに口を開いたのでした。 

こんにちは小人さんたち。
あなたたちの新しいご主人さまたちを、紹介したいと思います。
まず、わたしの左手がジュディです。 右手がビヴァリー。 わたしはウェンディです。
これからは、すべてを、わたしの命じるままにするのです。
そうすれば生き延びることができるかもしれません。
もし、逆らうものがいたら、その運命は死です」



 ウェンディは、群衆を見下ろしていました。
畏怖しているようには見えました。 しかし、その小さな瞳には、まだ反抗的な色が燃えていました。

 不服従の罪とは何かを、目に見える形で、明確に示してやるべきでしょう。
足元の一人の男子生徒を無作為に選びました。

 サンダルの爪先の足の指を、もそもそと動かしてやりました。
それだけで、彼は驚いて飛び退いていました。

 彼は彼女が自分を見下ろしていることに気が付いたのです。
その場所から逃げようとしました。
しかし、満員の体育館の内部で、そんなに遠くまで行けるはずもなかったのです。

 ウェンディの巨大なサンダルの足が、彼の上にずしんと、踏み下ろされていたからです。
断末魔の悲鳴は、部屋中に響いていました。
簡単に、背骨までも切り裂かれていました。 


 ウェンディは、群衆の反応の方をじっと見つめていました。
自分の足が、彼を押し潰し、それに食い込み、真っ二つにするまでの間、ずっとです。

 群衆の表情の変化は、『史上最大のビッグ・ショー』の名前に恥じない見物でした。
一人の男子を踏み潰すのに、蝿一匹を叩き潰すほどの、努力をする必要もなかったのです。

 そのことにウェンディ自身は、まだ気が付いてもいませんでした。 満足してはいませんでした。
今までに自分の身長に満足していたことは、生まれてから一度もありません。

 今の状態でも同じことでした。 もし警官隊がバリケードを破って、
体育館の内部に踏み込んで来たとします。 銃撃されたとしらどうでしょうか。
 銃弾の痛みを、直接に身体に感じてしまうのではないでしょうか。
そんなのは、イヤでした。


 自分をもっと大きくする必要がありました。


 その時、体育館の外にいた何人かの学生たちは、天井が外側に向かって、
爆発したように弾け飛ぶ光景を、目撃したのでした。

 巨大な制服の少女たちの身体が、それを突き破って姿を現していました。
木と鉄の残骸の下からは、人間のうめき声が聞こえていました。

 十代の巨人少女たちの、さらなる巨大化によって、
体育館の建物は、さらにずたずたに破壊されていきました。

 ウェンディとビヴァリーは、お互いの目を見交わして微笑していました。
今のところは、クリスタルの人間を巨大化する能力に、何の限界も見いだせなかったからです。

 一度ぐらい実験したかったのですが、場所がありませんでした。
そのことに、二人して同時に気が付いたのでした。


 この町にとって、今日は本当に、たいへんな一日になることでしょう。
ウェンディは、クリスタルがどこまでできるのかを、しっかりと見定めるつもりでした。

 自分が、無敵の大きさになったと感じたところで、一度、巨大化を止めました。


 周囲のミニチュアの町の風景を見下ろしていました。

 駐車場には、色とりどりのミニチュア・カーが、たくさん止まっていました。
足元では、体育館が廃墟になっていました。

 小人たちの数人が、巨大化の引き起こした惨劇の渦中で生き残っていました。
ちっぽけな悲鳴が耳に聞こえて来ました。

 小さな黒い影がちらちらと動いています。
サンダルの爪先で、見付けるたびに踏み潰して行きました。 

「さてと、わたしたちの新しいペットたちを、見物に行きましょうよ!」

 ウェンディは体育館の建物の外側に、一歩を踏み出していました。
彼女のサンダルの足は、駐車場の上を、巨大な円弧を描きながら壮大に移動して行きました。

 その高さは、駐車場から見上げていた人間の目には、あまりにも高かったのです。
頭上を通過しているというよりは、大空の上を飛んでいる物のようでした。 


                 ******


 ジョン・ハンソン先生も、それを目撃した一人でした。 ウェンディたちの物理の教師でした。

 少女たちの凄まじいサイズに、圧倒されていました。
人間が巨大化するなど、物理学的にも、まったくありえない事態でした。

 この騒動の張本人が、ウェンディであることにも、いち早く気が付いていました。
面倒に巻き込まれていることが、わかっていました。

 危険を察知して、学校から逃げようとしていたのです。
自動車のドアの鍵穴に、キーを差し込もうとしていました。 

 ちょうどその時です。 ウェンディの片足が、大地に降ろされたのです。
瞬間、巨大な衝撃波が、駐車場内を走り抜けました。

 至近距離で、高性能の爆弾が爆発したようでした。
何台もの自動車が、空中に吹き飛ばされていました。

 アスファルトの地面に、無数の深い亀裂が発生していました。
ウェンディは、もう片足の方も、持ち上げようとしていました。

 それにともなって、途方も無い全体重のかなりの部分が、軸となる足の方にかけられたのでした。
巨大な重量が、駐車場に引き起こす被害は、さらに拡がっていきました。 


 ジョンの手も、その衝撃によって、痺れたようになっていました。
キーをドアの下に落としてしまいました。
すぐに手を延ばして、取り上げていました。

 背筋をのばして身を起こした時に、頭上から暗い影が落ちて来たことに気が付きました。
女子生徒のサンダルの影でした。 靴の底を見上げながら、凍り付いたようになっていました。

 彼の車の方を目掛けて、靴底が下降して来るのです。
サンダルは、彼の新品のセダンの、前のバンパーから後のバンパーまでを、
すっぽりと覆い隠してしまうほどのサイズがありました。

 巨大なアルミニウム缶の粉砕機のようでした。
彼の愛車は、一瞬にして金属の板一枚になるまで、圧縮されていたのです。

 足と自動車の激突のショックで、跳ねとばされていました。 尻餅をついていました。
窓硝子の粉砕される音と、金属が軋んであげる悲鳴のような音が、彼の胃の腑を直撃していました。

 自分の愛車が、十六歳の生意気で馬鹿な少女の足の下で、
スクラップに変貌するのを、見せ付けられたのです。 


「そこにいるのは、ハンソン先生ではありませんこと?
まあ、ごめんなさいね。 それは先生のお車だったんですか?」

 ウェンディが、からかうような口調で、そう言いました。
先生は、いつもの実験用の白衣を着ているので、ひどく目立っていました。 

「自分の足の置場には、教室の中でと同じように、注意していないと駄目ですね。
先生に、いつも言われている通りですわ。
まあ、でも、どのみち先生には、もうすぐ不必要になるものだったでしょうけど」

 ウェンディは、先生の顔をじっと見下ろしてやっていました。
この嫌な先生への仕返しには、何が一番良い方法なのだろうかと、思案していたのです。
ゆっくりと時間をかけていたぶってやるつもりでした。

 ハンソン先生が、ちょこちょこと逃げ出していました。

 なんと無駄なことをするのでしょうか。
逃げられると思っているのでしょうか。

 手を延ばしました。 手のひらの壁で進路をさえぎってやりました。

 ジュディとビヴァリーも、ウェンディがちっぽけなハンソン先生を、
手のひらに掬い上げるのを見つめていました。

 どうするつもりなのでしょうか。 待ちきれない気分でした。
女子生徒は、みんな彼が大嫌いだったのです。

 物理の不得手な生徒に、及第点を付けるからと条件を出して、胸やお尻に触ってくるのです。
特に彼女たちのような、小柄で抵抗できない生徒を選んで、いたずらをして楽しむような先生でした。
彼が仕返しをされているのを眺めるのは、他の誰にもまして痛快な見世物でした。

 ハンソン先生は、ウェンディの手のひらの真ん中で丸くなっていました。
情けない格好でした。 白い理科の実験着の彼は、ピルの錠剤のように見えました。

 このまま飲み込んでやろうかと思いました。
彼女の胃の中で消化してやるのです。 さぞかし苦しいことでしょう。

 しかし、それでは自分の目で楽しむことができません。

 さっきまでは、両手を彼女の方に突き出して恫喝していました。
それに効果がないと分かると、今度は跪いて命乞いをはじめたのです。

 三人は、その急変に笑っていました。 先生の独演会のようでした。


 ウェンディは、彼の白い背中をつんつんと、人差し指の先端で、つついてやっていました。

「どうしたんですか? わたしのおもちゃになってください。 チビのダンゴ虫さん」

 先生の小さな身体を、手のひらの上で何度も、くるくると転がしてやっていました。

「わたし、先生に、小さな女の子をいじめて楽しむ悪い癖を、
あらためた方がいいんじゃないかと、忠告したかったんですよ。
なぜって、小さな女の子も、いつかは大きく成長するんですもの」

「先生をどうするつもりなの?」
 ジュディが尋ねて来ました。

「わたし、先生にはレポートを提出することになっているのよ。
落第点を取ってしまったから」 と ウェンディ。

「そうよねえ……。 このままでは先生に合格点をもらうのは、無理ですよねえ。
今までのお礼を、まとめてするつもりなんですけどねえ」
 彼を指先で手のひらに、まるでピンで止めるかのように押さえつけていました。

「君は、もう少し真剣に努力しなければなりませんよ。
そうでないと、及第点を差し上げることができませんよ……」
 ウェンディは、ジョン・ハンソン先生の口真似をしていました。 

「……そうだわ、やっとわかりました。
先生に合格点を与えて頂くためには、わたしは、
もう少し「印象的」なことをして差し上げる必要が、あったんですね……。
わたしの胸に、触らせてあげます」

 ウェンディは、白い制服のブラウスの膨らみかけた胸元に、手を持っていきました。

 乳房の上に、ちっぽけな男を押し当てるようにしていました。

 いきなり手を襟元から中に入れていました。
ブラジャーに包まれた滑らかな素肌の上に、乗せるようにしていました。

 ブラジャーの中に滑り落ちていきました。
乳首が彼の両脚で、狂ったように蹴飛ばされていました。


 疼くような快感がありました。


 ブラウスとブラジャーの上から、彼の身体をもう少しだけ強く、乳頭に押しつけるようにしました。
片手を当てがっていました。 敏感な部分で、ぷちんと何かが壊れたような感触がありました。

 彼を取り出してみました。 しげしげと観察してみました。
少しは壊れたようでしたが、それほどひどい状態ではなさそうでした。

 右の手のひらの上に平らに寝かせました。 左手の親指を乗せていきました。 


 ジョンは、すっかり打ちのめされていました。 どこかの骨が折れているようでした。
巨大な親指が襲来してくるのを、ただ見つめていることしかできませんでした。
身体が動きませんでした。

 ウェンディが、手のひらのベッドを折り曲げていました。
彼の上半身が起きるようなかっこうになりました。

 同時に親指が、彼の胸部に伸し掛かってきました。

 親指だけでも、彼と同じぐらいの大きさがあるのです。
肉と骨の怪物でした。 激痛がありました。

 さっきの乳首の暴行で、肋骨が折れていたようです。 必死に格闘をしていきました。
しかし、親指の先が、ゆっくりと彼の腹部に食い込んでくるのでした。

 薄目を開けていました。 視界はぼんやりとしていましたが、少女の巨大な顔に浮かんだ微笑は、
はっきりと見て取ることができました。 ウェンディは、拷問を楽しんでいるのでした。

 多幸症(ユーフォリア)のようでした。 精神の異常を示していました。
もはや、この巨人には、理性的などんな言葉も通用しないでしょう。

 狂った少女の指の下で殺されるとは、なんと悲惨な最期なのでしょうか。
彼は屈辱のあまり泣いていました。 

「あなたは、わたしの世界に生きているかぎり、
二度とこの親指の下から逃げ出すことはできないのよ。
わかったかしら、虫ケラさん?」

 答えを待つための、一瞬の間がありました。 わずかに圧力が和らいだのです。
しかし、苦痛と圧迫のせいで、彼は言葉を発することもできなくなっていました。 

「わかったのかしら?」

 ジョン・ハンソンは、頷こうと努力していました。 しかし、首も動かなくなっていました。 

「返事は、はっきりとしなさい!」
 それもハンソンの口癖でした。

「は……は……はい」
 彼は辛うじて答えていました。

 しかし、遅すぎたのです。 親指に、さらに強大な力がこめられていました。 

 彼の肉体に親指の爪が、食い込んでいきました。
先生は、ゆっくりと切断されていきました。

 それにつれて、ウェンディの笑みも、満面に広がっていきました。
胸の皮膚を切り裂いた爪が、背骨を折る感触をはっきりと覚えていました。

 親指の先端が、手のひらに触れたのを感じていました。
さらに強く肉の中に押し込むようにしたのでした。 疑いもなく彼は死んでいました。

 彼の最期としては、最高のそれでしょう。
ウェンディは苦痛を長引かせないために、一気に手を下したのです。

 彼に示した、唯一の慈悲心でした。

 自分の優しさに心の底から満足していました。





 強いということは、なんて素晴らしいことなのでしょうか。 最高の気分でした。 





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ウェンディ物語4 了


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