ウェンディ物語 5


シャドー・作
笛地静恵・訳


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 8



 ジャニスは、ワイングラスの底で目を覚ましました。



 寒さで目が覚めたのです。 全裸でした。
震えていました。 立ち上がっていました。

 その時、彼女の手が、ワイングラスの縁に届きそうなことに、気が付いたのでした。
わずかですが、背丈が大きくなっているのです。

 これは、どういうことなのでしょうか?
原因の詮索は、今はそれほど大事なことではありませんでした。

 重要なのは、ここから出られる可能性が出て来たということです。
その後で、答えを見付ければ良いことでした。

 何かの力が、狂気の事態の進行を食い止めようとして、働いているのは確かなことでした。

 やがて、グラスの縁を乗り越えていました。
娘のナイトスタンドの上に立っていました。

 彼女の体はさらに大きくなっているようでした。
座って待つことにしました。 


                 ******


 若い警察官が現場に到着した時には、すでに緊急配備の措置も、終っていました。
周辺地区の道路の封鎖が、すべて完了していました。

 何台ものパトカーがあちこちに駐車していました。
彼も自分のパトカーから下りていました。 立入禁止のロープを潜っていました。


 駐車場は、爆撃を受けた跡のように破壊されていました。
アスファルトが盛り上がっていました。 何台もの自動車が横転したり、炎上したりしていました。

 中には、銀色の金属の一枚の板となって、地面に張りついているものさえありました。

 襟足の毛が逆立っていました。
金属に刻印された、サンダル靴のメーカー名とサイズの数字を、読み取れたからです。


 巨大な人間の足で踏み潰されたのでした。


 危険地帯に入っていきました。
事件の舞台となったハイスクールの校庭は、異様に殺気立った雰囲気で張り詰めていました。

 体育館の残骸からは、いまなお濃厚な血臭が漂っていました。
その下で千人以上の生徒たちが、下敷きになっているのです。 

 彼は、気が付くと巨大な少女たちのサンダルの足元に、ほど近い場所に立っていました。

 足ひとつだけでも、トラックのように巨大でした。

 山のように巨大な女子学生の、制服のスカートから伸びた素足を見上げていました。

 スキー場の山の急斜面のような、スロープをなしていました。
これほどの騒動を起こした張本人としては、彼女たちはそれほどに凶悪な危険人物には
見えませんでした。

 肩を寄せ合うようにして、不安そうな面持ちで座っていました。
茶色の髪で青い瞳の少女は、天使のような美貌でした。

 あと数年で、たいへんな美人に成長することでしょう。
指で額にかかる髪を、神経質そうに、かきあげていました。

 若い警察官が無線で受けた情報では、突然に巨人に変身してしまったというのです。
原因は、いまなお不明でした。 名前も知っていました。

 美少女がウェンディで、金髪がビヴァリー。 一番小柄な少女がジュディでしょう。

 突然、校庭の隅に設置されたラウド・スピーカーから、大きな居丈高の命令口調の声が響き渡りました。

「今、いるところから、一歩でも動くんじゃない。 もし一歩でも動けば発砲する!」

 ジュディという少女が、可愛らしい顔を上げていました。
ものうげに片足のサンダルを持ち上げていました。 


「それって、こういうことですかあ?」

 装甲車の上に足を伸ばしました。

 その足と比べると、奇妙なほどに小さく見える隊員たちが、
中からわらわらと、虫のように飛び出して来ました。

 その瞬間。 耳障りな轟音がしました。
鋼鉄の要塞は、完全に破壊されていました。

 足のサンダルは、そのまま校庭の土に、ずぶずぶとめり込んでいきました。
装甲車は、その下になって跡形もなく消えうせていました。 


 ジュディは、くすくすと笑っていました。

 大人たちをだますのは、とても面白かったのです。
彼女たちは、遊びに十分な警官隊の人数が集合するまで、従順なふりをしていたのでした。

 ものが破裂するような、ぱんぱんという小さな音がしていました。
彼らが拳銃を発砲していたのです。 その音なのです。

 でも、明らかに少女たちの皮膚の方が厚すぎるのです。
彼女たちにとっては、銃弾といっても、砂粒よりも小さなサイズでした。

 この巨体を地球の重力に抗して活動させる細胞は、それ自体が特別製でした。
当たっていることすら、感じられませんでした。

 ウェンディは、正しかったのです。 

 彼女たち三人は、微笑しながら立ち上がっていました。
スカートのお尻についた土を払い落としていました。


 そのまま歩きだしました。


 一歩ごとにパトカーを、ただの鉄屑に変化させていきました。
青い制服を着た警察官たちは、新種の青い虫ケラのようでした。

 四方八方に散らばって逃げていました。
彼女たちは、蟻の兵隊さんと戦っている気分でした。

 すべてのパトカーを平べったいスクラップにしました。
それから、ゆっくりとその運転手たちの方に目を向けました。

 一人一人、全部の警察官を捕まえていきました。
全員が見つかるまで、校舎の屋上に置いたダンプカーに押し込んでいきました。

 3台の荷台がいっぱいになりました。 

 ジュディは、頑丈な煉瓦の校舎の屋根に座っていました。
自分の分のパトカーを膝の上に乗せていました。

 逆さまに引っ繰り返したのでした。
チェックのスカートの上にばらまくようにしました。
スカートの生地で、包み込むようにしていました。

 警官を、一度に一人ずつ空中に放り投げては、口の中にぱくりを受けとめて行きました。

 まず舌でさんざんに弄んでやります。

 それから、舌先で、奥歯の間に挟むように移動します。

 上下の歯を噛み合わせます。 ピーナッツのように潰れていく感触を、楽しんでいました。
かすかな塩味がしました。 けっこういける味でした。 いつもお腹をすかしていたのです。


 ビヴァリーは、地面に大きなあぐらをかいて座っていました。
下着がのぞくはしたない格好でしたが、気にもしていませんでした。

 ちっぽけな警官たちで満員のダンプカーを、両脚の間に入れていました。
一度に一人ずつを、手のひらの上に乗せていました。

 五本の指の下に五人をピン止め状態にしてから、一度に押し潰していました。
人間が葡萄の粒のように、ぐちゃりと潰れる微妙な感触を、敏感な指先で楽しんでいました。 


 ウェンディは、もっと直接的でした。 ダンプカーの荷台の上に足を乗せていました。
サンダルを脱いで素足になっていました。

 その感触を味わってみたかったのです。
隊員輸送用の車で、荷台の周囲に鉄の枠が組んでありました。

 上は開いていました。
ちっぽけな囚人たちの悲鳴が聞こえていました。

 足の指の間から、ちっぽけな手が振り上げられているのが、何本も見えていました。
ひらひらと動いていました。 


 あの若い警察官も、このダンプの荷台にいました。
巨大な十代の少女の顔を、足の間から見上げることが出来ていました。

 彼女は素足の下で、ダンプを圧迫するようにしていたのです。

 鉄枠が軋んで悲鳴を上げていました。

 しかし、あれほどに可愛い顔をした少女が、これほどの残虐な行為をするとは、
今でも信じられなかったのです。

 荷台の鉄枠が凄まじい圧力に折れ曲がっていました。
彼は頭を下げていました。 すぐ頭上に少女の足の裏の土踏まずの白い皮膚がありました。

 さらに圧迫が強まっていました。
ダンプカーが、一枚の金属の板に変化するまで、もうそんなに時間は残っていないことでしょう。

 サーディンのオイル漬けの缶詰の中にいるように窮屈でした。

 少女の足が地面に付くまでに、自分は死んでいることでしょう。

 誰かが悲鳴を上げていました。 自分でした。 


 ウェンディは、ゆっくりと片足を下ろしていきました。
ちっぽけなダンプカーは、空き缶のように簡単に潰れてしまいました。

 あまりにも簡単であっけなかったのです。
次を試してみたくて、仕方がありませんでした。

 楽しかったのです。 やめられそうにありませんでした。

 彼女には、この快楽を一番に味わう権利があるのです。



 結局のところ、このクリスタルはウェンディの物なのですから……。


                 ******


 ジャニスは、今は普通のサイズに戻っていました。

 スポーティなシャツとスラックスという軽装に着替えていました。
これからのことを考えて、動きやすい服装にしたのでした。

 スタイルの良い体型を、くっきりと見せていました。
こどもを一人産んだとは思えない、若々しいものでした。

 少し疲れてはいましたが、元気でした。
美少女ウェンディの母親ですから、とびきりの美人でもありました。

 車の方に、長い脚を大股に開いて、すたすたと歩いていきました。
全速力で走りだしていました。 惨劇の起こっている地区の、遥か外周で車を止めました。

 道路の破壊ここまでも拡がっていました。

 何が何でも、この事態を終らせる必要がありました。



 その機会を、虎視眈眈と狙っていました。 


                 ******


 ウェンディは、ビヴァリーとジュディが、自分の割り当てのおもちゃとの遊びを
おわらせるまでは、ともかく辛抱強くまっていました。

 それから、彼女たちにクリスタルの光を照射しました。
現在の二分の一のサイズになるまで縮小していました。

 これでようやく満足していました。

 ウェンディだけが、世界人類の頂点に君臨する、女神でなくてはならないのです。

 ビヴァリーとジュディも、友人を恐怖の表情で見上げていました。
ウェンディは彼女たちも支配するように、心を決めてしまったのでしょうか?

 ビヴァリーは、縮小ゲームをしたいとウェンディが言っていたのを、思い出していました。

「いいこと。 これが新しいゲームのルールよ。 わたしが魔界の女王様。
そして、あなたたちは、わたしに仕える使い魔なの。
わたしの命令の下で、人間どもを支配するのよ。
もし、わたしを怒らせるような真似をしたら、罰を与えるから、そのつもりでいなさい。
でも、わたしを、すてきな気分にさせてくれたら、それなりの見返りはしてあげるわ。
いいわね?」

「い……いいわよ」

「いいわ」

 二人の少女は反射的に、二倍の大女となった友人に答えていました。

 しかし、情況がまだ良く飲み込めてはいなかったのです。
使い魔とは、いったい何をすれば良いのでしょうか?

「けっこう。 それじゃ、都市の中心部に行って、この町を支配するために、
女王の玉座を据える場所を、確保してきてちょうだい」


 ウェンディは、物事が正しい方向に向かって動いていることに、わくわくしていました。


 興奮していました。 


                 ******


 もうこの頃にはジャニスは、ハイスクールの制服姿の巨大な少女たちが、
空に聳えている場所に、ほど近い地点にまで、到達していました。

 アスファルトにひびの入った道路の脇に、駐車していたのです。
ビルの窓硝子も粉々に割れて、あたりに散乱していました。

 苦労して無人のビルの屋上に上っていました。

 ずしん、ずしん。 ビルが振動していました。

 ビヴァリーとジャニスという、ウェンディの親友の少女たちが歩いてくるのでした。
ウェンディ程ではありませんが、高い塔のような巨人となっていました。

 町の繁華街の方向に、移動していきました。
ウェンディの誕生パーティにも来ていた二人です。

 ジャニスは、車の中に戻りました。
クリスタルが、巨大化の魔法に力を使いだしたために、縮小魔法の力が減少していったのでしょうか。

 ジャニスは町の中心部とは反対の方向に、車を走らせて行きました。
たいへんな大仕事になりそうでした。 


                 ******


 ウェンディは、ダウンタウンの公園の入り口にある、ショッピングエリアの建物を跨いで、
仁王立ちになっていました。 スカートの腰のくびれに、両手を拳骨にして当てていました。

 小人たちが、ビヴァリーとジュディに、追い立てられていました。
彼女の方向に逃げ惑って来るのを、悠然と見下ろしていました。

 巨人の少女たちは足をうまく使っていました。
魚の群れを流れに逆らって、追い立てているようでした。

 大群衆を町の中央部にある公園まで、追い込むことに成功していたのでした。
彼らは、そこに本当の大巨人である、ウェンディの姿を目にすることが出来ました。

 ウェンディには、使い魔の少女たちすら、小さな子供のようにしか見えませんでした。
自分で「宮殿」と名付けた、聖なる区画である公園から出られる道を、すべて封鎖するように命じていました。


「聞きなさい。 虫ケラどもよ!」

 彼女は、阿鼻叫喚の大群衆のすべての耳にも聞こえるような大音声で、朗々と宣言していました。

「わたしは、ウェンディ。 おまえたちの女神となるものです。
これからは、わたしが、おまえたちのすべてを支配します。
踏み潰したいと思えば、そうするでしょう。
握り潰したいと思えば、そうするでしょう。
食いたいと思えば、そうするでしょう。
生かしておきたいと思えば、そうなるでしょう。
わたしが、そうしなさいと命じるままに生きるのです。
このことを心に留めておきなさい。
さあ、跪くのです。 わたしを崇めなさい!」

 大音声の命令には、女神の力と権威がこめられていました。
全群衆が一斉に跪いていました。 彼女の足元に。

 ウェンディは、微笑していました。

「ビヴァリー。 あなたは、そこにいる緑のシャツの男がわかるかしら?」

「はい」 と ビヴァリー。 

「彼は十分に深く、頭を下げていませんでした。 二つに引き裂いてやりなさい」

 ビヴァリーは、両手の中に小人を捕まえていました。
たぶん、使い魔というのも、結局のところ、それほど悪い役回りではないのかもしれません。

 胴体の中央部から、二つに折ってやりました。
そうしてから、引き裂いたのです。 

 巨人の少女たちは、それから長い間、さまざまなゲームに興じていました。
しかし、その間にも、都市の中から、人間の気配が消えていっていることに、気が付いていました。
女神の支配する都市から、脱出をはかる不敬な輩がいるのです。

 ウェンディには、このように明白な反抗的な態度は、とても許しておけないものでした。
「宮殿」である公園の中で、立ち上がりました。

 クリスタルのまばゆい光で、二人の友達を照らしだしました。
自分にとっても、巨人に見えるような大きさになるまで、巨大化していきました。

 それから、自分自身の身体を、もし望むならば、都市から数歩で出られるほどの
身長になるまで、巨大化していきました。

 この高度から見下ろす町並みは、高空写真のようにくっきりと見渡せました。

「この都市から出ている、すべての道路を踏み潰しなさい。
それで、ここから出ることは、人間どもには、ほとんど不可能になることでしょう」

 使い魔たちに命令していました。
ビヴァリーとジュディは、サンダルの足を上げて、都市の周辺の地面を踏み潰していきました。

 それによって引き起こされた地震によって、さらに多くのビルディングが、倒壊していきました。

 それぞれの足跡は、人間にとっては大峡谷のようなものでした。
大地に刻まれた溝でした。 あまりにも深かったのです。
越えていくことは不可能でした。

 同時に、この都市に侵入しようとする、軍隊の行進も阻止することができるわ。
ウェンディは、そう考えていました。 一石二鳥でした。 

 ブーン。 虫の羽音のような音がしました。
ウェンディは、小さな蚊のような飛行機が、彼女の肩のあたりを上昇していくことに、気が付いたのです。

 両手を合わせて、パチンと音を立てて叩きました。
小さな閃光と煙を残して、両手の間で跡形もなく消えていました。

五百人乗りのジャンボ・ジェット機でした。 


「空港に行って、そこが使えなくなるまで壊しちゃいなさい」

 二人の少女は、ほんの数歩で空港に到達していました。

 ジュディは、エアポートのビルディングを見下ろしていました。
サンダルで踏み潰していました。 足の下で爆発が起こっていました。

 まるで土と砂で作られた、砂の城のように脆かったのです。
ちっぽけな人間たちが、蜘蛛の子を散らすように、四方八方に逃げていました。

 それを、追い回すような無駄なことはしませんでした。

 彼らは砂の一粒よりも、なお小さかったからです。

 ビヴァリーは、バッタほどのサイズしかないジェット機を、一度に二、三機ずつ叩き潰していました。


 もし、もう少し大きくなれば、この町全体を、一足で踏み潰せることでしょう。


 その妄想は、ジュディを武者ぶるいさせていました。

 性的な興奮に駆り立てていました。 


 空港を完全に破壊した少女たちは、女王の下に戻りました。

 ウェンディは、彼女たちを再び縮小しました。
都市の周辺の人間どもを集めて来るように、命令しました。

 ちっぽけな人間どもは、彼女を喜ばせるために、それこそ、なんでもしてくれていました。
しかし、満足させるまでには、とてもいたりませんでした。

 ウェンディは、これからは使い魔に任せていた仕事を、すべて自分でしようと心に決めていました。

 使い魔が集めてきたすべての人間どもを、自分自身で踏み潰していきました。

 彼女の遊びには、限界がなさそうでした。 何時間も続いたのです。
人間たちには、この地獄には、終わりがないかのように思われてきていました。

 そのように考えている時に、女巨人がついに口を開いたのでした。 

「わたしは、これから、すこし、お昼寝をするわね。
おまえたち。 虫ケラたちとは、その後で、またあそぶことにしましょう」

 彼女は全身で、大きく背伸びをしていました。

 町の上に、そこに何があろうともまったく関知せずに、傍若無人に横たわっていきました。
いくつものビルディングを崩壊させていきました。


 轟々といういびきをかいて、すぐに眠りについていました。


                 ******


 ジャニスは、動く山のような巨人の娘が、町の上に寝そべっていく、
凄まじい光景を目撃していました。


 今こそが逆襲の時だと、決意していました。

 ジャニスには、他の人が知らないことを知っているのです。
娘のウェンディは、一度眠ってしまうと、二時間は何があろうとも目を覚まさないのです。

 その代わり、二時間後には、目覚まし時計のように正確に目を開くのでした。

 千載一遇の機会でした。 おそらく、二度目のチャンスが訪れて来ることはないでしょう。
ビヴァリーとジャニスは、郊外の方で人間を捕まえる遊びに夢中になっていました。 


 ジャニスは、ウェンディという名前のハイスクールの少女の、
肉の怪物の方角に車を走らせていました。

 巨大な山脈のような少女の肉体に、あえて接近しようとする車は、
さすがに一台もありませんでした。


 しかし、道路が大地震と大空襲の被害を一度に受けたように、破壊されていました。
あちこちで、ずたずたに寸断されていました。

 眠る美少女の身体に到着するまでに、小一時間が経過していました。
最後は、徒歩で瓦礫を乗り越えていくしか、方法がなかったのです。


 それは、まさに肉の山でした。


 チャックのスカートの襞が、山肌のように深い谷間を作っていました。

 日の光は遮られて、黒い影が落ちていました。
空気の温度さえ、体温の放射熱で上昇していました。

 少女の匂いがしていました。
人間の山を、一時間で登攀しなければならないのです。 

 クリスタルを使える力を、取り戻さなければならないのです。

 ウェンディの白いブラウスの袖口に、辿り着きました。

 右腕のルートをたどって、登山を開始していました。
ブラウスの生地の皺が、自然にアップダウンの激しい迷宮の登山路を形作っていたのです。

 ウェンディの腕の付け根に到着するまでに、三十分間が経過していました。
少女の汗の香が漂っていました。 

 しかし、ひとたび、ここまで辿り着いてしまえば、後は、通常の平坦な場所を、
歩いていくことができるはずでした。

 ところが、そうではありませんでした。
ウェンディの少女の小さな乳房でさえ、ジャニスには征服しなければならない、もうひとつの山でした。


 未知の処女峰は、青空に高く聳えていました。 

 山頂で、ウェンディの乳頭が、ブラウスとブラジャーの下に埋没していても、
なお明らかに固く勃起していることが、わかりました。


 少女は眠りながら、性的な興奮を感じているのでした。

 彼女の可愛い娘も、いつのまにか少女から一人前の大人の女に、成長しようとしていたのでした。
今回の事件は、少女が大人になるための、通過儀礼のようなものだったのかもしれません。 

 巨人の乳房の山頂に立って、ジャニスは、遥か眼下の谷間を、一望に見下ろすようにしていました。

 クリスタルは、ブラウスの襟元の胸の素肌に密着するようにして、憩っていました。

 彼女は、その深い谷間に下っていきました。
そろそろ、二時間が経過します。 急がなければならないことが、わかっていました。


 足の下で肉の山腹が鳴動していました。


 ブラウスの白い急斜面を、滑り落ちるようにして下って行きました。
クリスタルの真上に落下していました。 支配の呪文を唱えていました。

 これを見付けたウェンディが、かつてそうしたようにです。

 ジャニスが、掃除と部屋の片付けをきちんとして、
クリスタルを紛失していなければ、今回の大事件は起こらなかったのです。

 大地震が発生していました。 


 ウェンディが、目覚めようとしているのです。


 ジャニスは、呪文を必死に唱えていました。
クリスタルは、十代の少女のやわらかいバストの上で揺れ動いていました。

 弾き飛ばされないように、豪華客船の巨大な錨をぶら下げる鋼鉄のような金の鎖に、
しがみついていました。




 彼女はとうとう呪文を唱え終わりました……。




 何も起こりませんでした。 



「ヘイ! だれよ、そこにいるのは?」

 ウェンディはブラウスの中に指を入れて、クリスタルを弄り始めていました。 

「ああ、いけない!」

 巨大な指が接近して来ます。

 ジャニスは悲鳴を上げていました。


 呪文の効果がないのでしょうか? もう死ぬしかないのでしょうか?





 その時です、いきなりの変化でした。

 彼女は、巨人の肉体が急速に小さくなっていくのを、はっきりと感じていました。

 ウェンディの白いブラウスの生地が、ジャニスの身体の周囲で引き裂かれていました。

 ウェンディが、どんどん小さくなっていくのです。

 ジャニスは、クリスタルを握り締めて立ち上がっていました。

 彼女をあれほどに恐怖させた娘も、今ではウェンディが小さな頃に大好きだった、
あのバービー人形ほどの大きさしかありませんでした。 

 悪夢は、終わろうとしていました。
ウェンディを片手で掴んで、持ち上げました。

 ジャニスは、クリスタルの力を、自分自身に向かって使用していたのです。
本当は、ウェンディも大巨人のままだったのです。

 ジャニスが、それを上回る超巨人に変身しているのでした。

 この大きさになると、惑星地球の丸みを視野の果てに感じることさえ出来ました。
ちっぽけな町は、もうハンカチーフ一枚程の面積しかなくなっていました。


 彼女は、手のひらの上の上半身裸の娘を見つめていました。

 これでも、まだ町一個分を、その寝床に出来るような大巨人なのです。

 しかし、ジャニスのスラックスのポケットに、ちょうど納まるサイズでもありました。




 ジャニスは、ウェンディのチェックのスカートをまくり上げて、下着を下げていきました。


 剥出しのつるんとしたお尻を、指先で弾いて、お仕置きしていました。 


「あなたは、とても悪い子でした! この惑星の人間たちを傷つけたのです。
私の気持ちも傷つけたのですよ。 もう、この世界にはいられません」

 さらに何回か、ウェンディの小さくて可愛いお尻を爪先で、ぴんぴんと弾いてやりました。

「私にしたことを考えれば、あなたのことを踏み潰しても良い権利があると思います。
でも、私はおまえのことを愛しているのです。
今回のことは、すべてを許してあげることにしましょう」


 ジャニスは、町を見下ろしていました。

 ちっぽけな二人の巨大少女が、ウェンディの母親である彼女を見上げていました。

 パニックになって、うろうろと走り回っていました。
その足の下では、人間たちが蟻のように逃げ惑っていることでしょう。

 ビヴァリーとジュディは、一歩ごとにビルディングを破壊しているはずでした。

 動くだけで、大被害が発生しているのです。
しかし、それを注意して止めることが、人間の誰に出来るでしょうか?



 ジャニスは、片足を持ち上げました。

 それを、そっと町の上に下ろしました。

 ゆっくりとした動きでした。

 彼女のスニーカーの靴底は、やわかい大地に埋没していました。

 地球の地殻を踏み抜いていました。 マグマが滲み出て、赤い血のように流れていました。

 小さな都市など、どこにあったのかも、まったく分からなくなっていました。

「こんなことをして、とてもすまなかったと思っていますよ。
でも、これが最良の選択なのです。
クリスタルの力で、すべてを元の姿に戻せるとしても、
なぜ、こんなことが起こってしまったのか、すべてを説明しなければなりませんからね」


 ジャニスはウェンディを片手に乗せたままで、湾曲する地球の地平線に向かって歩いて生きました。


 一歩ごとに、その姿は小さく小さくなって、やがてまったく見えなくなっていました。 






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ウェンディ物語5 了



ウェンディ物語 完




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