教 訓  
(第1章)


アストロゲイター・作
笛地静恵・訳


----------------------------------



 1・水槽


 ミロは、金魚鉢の水槽の底に座っていた。


 壁の厚いガラスの曲面を、ぼんやりと見つめていた。
外界の風景は、妙な風に歪んで拡大されていた。
ガラスの凹レンズの生み出す魚眼レンズの効果だった。

 円筒の中央に、一枚の皿が置かれていた。
その直径は、彼の身長と同じぐらいあった。
皿の中央部分には、朝食の残りが乗ったままだった。

 ミロは、溜息を付いた。
巨大な乾いたベーコンと目玉焼きの一部分。
じっと見つめていた。

 また壁面に視線を戻した。
自分の虚ろな表情が映っていた。

「くそったれめ! ここから出してくれよ!」

 立ち上がった。 水槽の中を、走り始めた。
三周した。 立ち止まると、上を見た。
壁の表面は、完全に滑らかに見えた。

 入り口までは、たっぷりと十五メートルの高さがあった。
ミロは、辺りを見回していた。 視線が皿の上で止まった。

 ミロは、皿に駆け寄った。 縁の下に、両手を差し入れてみた。
屈み込むと、ゆっくりと背骨を延ばしていった。
六〇センチは、皿を持ち上げることができた。

 ゆっくりと、さらに何度か、渾身の力を込めた後で、皿を壁面に立て掛けることができた。
しばらくの間、疲れ切ってそこで休んでいた。

 数分後、皿の寸法を、自分の目で計測してみた。

 もし、皿によじ登って、先端に立つことができれば、
あの頂上まで、1・8メートルは、近寄ることが出来る計算だった。
頭上にさらに、60センチ分は、両手を持ち上げることができるとして……。

 ミロは、皿からさらに数歩あとずさった。
距離をおいて、もう一度、全体の状況を反省してみた。

 気分が沈んでいた。
それでもまだ入り口から、十二、三メートルの距離があった。


 こんなものは、何の役にも立たなかった。

「シンディー!」

 彼は、絶叫していた。

「シンディー!!!!!!!!」

 ちょっとの間、耳を澄ましていた。

巨大少女の足音が聞こえてこないかと、期待したのである。

 しかし、何も聞こえはしなかった。もう一度叫んだ。

「シンディー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。
シンディー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 彼の声の周波数と金魚鉢の固有の振動数が、共鳴したのかもしれない。
鉢全体が、わあ〜んとうなりを上げているようだった。

 ミロは、両手の指を耳の穴に入れて蹲った。

 次の部屋から、(それは、数百メートルは彼方の距離にあったが)
シンディーの声が、雷鳴のように轟いて聞こえた。

「ミロ、あなたなの?」

 彼女の声がしたことに勇気を得ていた。
もう一度、ありったけの大音声を搾り出していた。

「シンディー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。
シンディー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。
来てくれ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 とうとう彼は、巨大な両足が床を踏みしめる轟音を耳にした。
床板が、いつものように振動していた。

 彼女の途方もない重量の下で悲鳴を上げているのだった。
それがはっきりと聞こえた。

 彼の身長で六十倍の百メートルに達する少女だった。
その体重は、身体の体積を考えると、60X60X60=216000。

 二十一万六千倍。

 ふくよかな少女の体重を、60キログラムと控えめに見積もっておこう。
それでも、12960000キログラム。 1万2969トン。

 そのシンディーが、こちらに向かって歩いて来るのだった。

 ミロは、反対側の壁の方に寄っていた。
彼女の頭部が、彼の牢獄の水槽の口にぬうっと現われるのを待っていた。

 シンディーは、水槽の傍らに来て立ち止まった。
金魚鉢全体が、巨大な足の生み出した振動に、まだびりびりと鳴動していた。

 足元には、黒いトングのサンダルを履いていた。
正面におおぶりの黒い水仙のような花が革で立体的にデザインされていた。

 存在感があった。

 彼には、そこだけで直径が三メートルぐらいはありそうに見えた。
足の爪に黒いペディキュアを塗っていた。

 室内での彼女は、いつも軽装だった。
上下のビキニしか身につけていなかった。
黒と白のマルチボーダーのシックな柄だった。

 上はタンキニだった。
肌色の少女らしい、むっちりとした肉付きの良い肩が顕わになっていた。

 白い紐が両肩から下がっていた。
サイドを紐で絞れるようになっていた。

 しかし、シンディーは身体を締め付けられる衣服が嫌いだった。 ゆったりと着ていた。
紐はヨットの帆を固定するロープ・ワイヤーのように、太ぶとと垂れ下がっていた。

 緑色に近いような青い瞳が、彼を見下ろしていた。
これがミロの六十倍の身体だった。


 身長百メートルに達する少女の、八十メートル以上という高度からの視点だった。


 反対にミロの視点は、床の上から数センチのものだった。

 金魚鉢は、シンディーの寝室の木の床に、直接に置かれていたのだった。
引き締まった若い乳房が、生地を高く持ち上げていた。

 乳首までが、のぞけるような気がした。真下から見上げている視点のせいだった。

「どうしたの。ミロ?」

 シンディーの深い呼吸に呼応して、タンキニの生地が緩やかに上下していた。

「僕は、ここから出たいんだ!」

 ミロは、叫んでいた。

「この金魚鉢の中に、一日中座っていると、頭がおかしくなるんだよ」

 シンディーは、微笑していた。 胸の真下で腕を組んでいた。

「もう少ししたら、プールに連れていってあげるわ。
水泳は大好きでしょ。 ミロ?」

 シンディーの庭には、縦二十五メートル。横十五メートルの水泳用のプールがあった。
立派なものだった。 ミロには、縦千五百メートル、横九百メートルの立派な池のようなものだった。

 彼女は水泳が趣味だった。
スタイルを保つ秘訣だといっていた。熱い午後には、いつも水に入っていた。

「そうとも、シンディー。 でも、それだけじゃ、ダメなんだよ」

 シンディーは、にっこりとしていた。
ミロの言葉を誤解したようだった。

「水泳の後は、とてもおいしい夕食を、ご馳走してあげるわ。
素敵な音楽も聴けるのよ」


 彼女は、続けた。

「もし、善い子にしていてくれたら。
後で、いつもの二人だけの秘密の花園に、ご招待してあげるから。
あそこを探検してもいいのよ」 

「何を、するんだって?」

 シンディーは、ウインクをした。

「わかるでしょ。 あなたが、とってもとっても大好きな洞窟探険よ」

 彼女の口元に、大きくて、秘密めいた笑みが浮かんでいた。
ビキニの股間の陰阜はもっこりと盛り上がって見えた。

 今日も、あそこに入っていくんだって?

 ミロは、身体の震えを止めることが出来なかった。

 あの肉の壁の圧迫感。 閉じこめられて、出られなくなったこともあった。
窒息しそうになった。 溺死しそうにもなった。 恐怖の体験があるのだった。

 冗談ではない! ミロは顔を左右に激しく振っていた。 

「今日は、そんなムードじゃないんだよ。 シンディー。 ともかく、今夜は、だめだ」

 まだ笑みを絶やす事なく、シンディーは両手をビキニのくびれた腰に当てていた。
胸を張っていた。 タンキニを押し上げる乳首までが見えた。

「それじゃあ、あなたも、そんなムードになっておいたほうが良いと思うわよ。
小人さん。 なぜなら、今日のシンディーは、そんなムードになっているんですもの。
あなたもシンディーを、ハッピーな気分にさせたいんでしょ?」


 彼女は、答を待っていた。

 それで、彼も大声で答えなければならなかった。

「そうだとも、シンディー。 もちろんだよ」

「私も、あなたには、ハッピーな気分でいてもらいたいのよ。
わかるでしょ。 ミロ?」

「そうとも、僕には、よく分かっているよ」

「あなたは、臆病なのよ。
いったん、はじまってしまえば、いつものように、十分に楽しんでくれると、信じてるわ」


 彼女は、上半身を屈めるようにしていた。
金魚鉢の中に、巨大な手がごうっと風を巻きおこしながら侵入してきた。

 ミロは背後の壁に、背中を押しつけられていた。

 皿を巨大な片手の指先に摘んでいた。 さっと取り出していた。
それは、人形用のおもちゃの皿にすぎなかったのだ。

 ミロは、内心で、呪いの言葉を吐いていた。

 どうして、シンディーとベッドをともにしたいと思うだろうか?

 どうして、この十八歳の育ちすぎの、少女の股間に這い込んで、
そして、あの恐怖の膣の洞窟の奥まで挿入されて。 それから、……?

 ミロは、また全身に悪寒が走るのを止められなかった。


 どうして、そんなことまでする必要があるんだ?


 自分自身の疑問に、無言で答えていた。


 相手が、巨大少女だったからだ。


 彼のサイズの六十倍の少女だからだ。


 彼女の慈悲に、すがらざるを得ない立場だったからだ。

 原理原則は、単純だった。

 弱き者は、嘘を付き、嘘を付き、嘘を付き通さなければ、ならないのだ。
嘘は、弱者が持つ唯一の武器だった。

 弱き者が生き残る唯一のチャンスは、強き者を喜ばすことだけあるのだった。

 かつてはミロも、自分が名誉も誇りも重んじる男であると信じていた。
しかし、縮小された後は、すべての人間としての尊厳を踏み躙られて暮らしていた。

 あの公園では野性の鼠のような生活を強いられていた。
いつも、飢えていた。 いつも、恐れ戦っていた。

 路上生活者の女巨人の手からこぼれ落ちた、わずかな食物の残りかすだけをあてにして、
命を繋がなければならなかったのだ。


 シンディーに捕まえられるまでは・・・。

 彼女が、飼育してくれるようになってからは、最初は自分の幸運が信じられないぐらいだった。

 暖かく、上等な食事で養われていた。 身の安全も保障されていた。

 最初の頃は、あらゆる場面で、自由を制限されることも、ほとんどなかったはずだ。


 しかし、月日が経つにつれて、
少女に完全で究極的な生殺与奪の権限を握られているということが、
どのような人生を意味するのかということが次第に彼にも理解されてきた。

 三十六歳の男が、自分の半分しか年齢のいかない、
ませた女子高生の大人のおもちゃにされる。

 その屈辱感に耐えて、生き長らえていかなければならないのだ。

 奴隷の境遇を意味していた。

 しかし、それ以上に最悪なのは退屈だった。


「シンディー!」

 彼は、泣き叫んでいた。

 彼女は、指先にママゴト用の皿を摘んだままで、立ち去ろうとしていた。

 金魚鉢のガラスを通して見る彼女の身体は、グロテスクに歪んでいた。
ビキニの臀部だけが異様にクローズアップされていた。

 女という生きものの戯画のようだった。

「僕は、ハッピーじゃない!」

 シンディーの臀部が、その場に凍り付いたような気がした。

 それから反転してきた。 膝を折り曲げていた。 ゆっくりと床にしゃがみこんでいた。


 ふたつの大皿のように巨大な青い瞳が、上空から彼を冷たく凝視していた。


 その底には、奇妙な輝きが沈んでいた。


 冷たくて、深くて。 アラスカ州の湖水のような色をしていた。




 巨大なシンディーは、水槽にさらに顔を近づけ、彼を覗き込んだ。









 ミロは、視界いっぱいに広がるシンディーの顔を見ながら、立ちすくんだ。

 ガラスの水槽のおかげで、今は彼女の息が彼にはとどかない。
本当に、彼女の鼻息だけで、小さなミロはよろめいてしまう時だってあるのだ。


 ミロはいつものように、自分のどうすることもできない無力さと矮小さを、感じていた。


「どうしてなの、 ミロ?」


 彼女の声には、いらだちの影も見えなかった。
それなのに、ミロの心の中では、警鐘が激しく打ち鳴らされていた。

 もわりと、少女の口の中の甘い匂いがした。
ミロの心臓も、激しく動悸していた。

 彼も、巨大少女たちが、単にその力を見せ付けるためだけに、
楽しみながら公園で捕獲した小人の男どもを拷問する機会を、何度も見てきたのだった。


 シンディーは十八歳の少女だった。
そうした経験が、何度もあるはずだった。

 最近の少女たちの間で流行の遊びだったのだ。
縮小された男たちは、危険な町の中では行き場がなくなる。

 生き残るために、食料のありそうな公園に集まってくるのだった。
小人にした男性を、そこに捨てていく女たちもいた。

 自然に大勢、住むようになっていた。
彼女たちは、その小人の男たちを捕まえて、自分の楽しみのために使うのだった。


 ゆっくりと、性的な虐待をしていたぶるのだ。

 信じられぬ程に残酷な方法で痛め付ける。


 少女の満たされない欲望の吐け口にされていた。
そして、最後には自分の犯した「人には言えないような破廉恥な行為の証拠」を始末する。

 つまり、なぶり殺しにされるのだった。 


「君を、愛しているよ。 シンディー」

 それは、ほとんど真実だった。 彼女こそが、彼の運命の女神だった。
選択の余地など全くないのだった。


「私もよ、ミロ」


 彼は、ほっとしていた。
危機を回避したことが分かった。

 自分が弱き者であることを、痛い程に認識させられていた。

 彼女が愛していてくれる限りは、安全なのだ。

 もし愛がなくなれば、公園の男達と同じ運命が彼を待ち受けているのだった。

「僕は、とても、幸運な男だよ」

 それはホンネだった。


 シンディーは、水槽の中に巨大な左手を伸ばして来た。

 彼を持ち上げようとしているのだった。
片方の掌を上にしていた。 平らになるようにして底にどしんと置いていた。

 ミロは、いつものように縦十二メートル、
横六メートルの、柔らかな肉蒲団の掌の上に登っていた。

 シンディーは、彼をその中央に座らせた態勢のままで、ゆっくりと持ち上げていった。
マルチボーダーのビキニの黒と白のラインの前を、何本も通過していった。

 美しい顔と同じ高さの上空にいた。

「どうして、あなたはハッピーじゃないの?
その理由を教えてくれないかしら。 ミロ?」


 気分が落ち着かなかった。ここで手のひらを傾けられただけで、
ミロの人生は終わりを迎えるのだ。 息の突風が、彼の頭髪を乱していた。

「僕は、……。 いや、何でもないよ。 君を困らせるつもりはなかったんだ。
どうか、僕の言ったことは忘れてくれ。 ……ただ退屈していただけなんだ」

 シンディーは巨大な頭部を、ゆっくりと上下に動かしていた。
金色の髪が靡いていた。 甘い薫りの風が起こっていた。

「わかったわ。
あなたが、ハッピーでないのは、つまり、あなたが退屈しているからなのね?
ほんとうのことを、話してちょうだい、ミロ。
ほんとうのことを話すのを、恐がる必要は何もないわ。
もしも、必要なものがあるのならば、言ってちょうだい。
なんとか手に入れて来てあげるから」



 シンディーの緑に近い青い瞳が、彼を凝視していた。
その視線の圧力に屈伏していた。

 勇気を振り絞っていた。 ミロは、口を開いていた。

「シンディー。 僕は、一日のほとんどの時間を、この窮屈な水槽の中で、
座って過ごすしかないんだ。 する事といっても、何もない。
ただ、君の学校からの帰宅を待つまでの間、時間を潰せるようなものが、何か欲しいだけなんだ」

 シンディーは、美しい眉間にかすかなしわをよせていた。
考え深そうな表情をしていた。

「そうね。私にもあなたが、言いたいことが分かる気がするわ。
私は、あなたのことを、少しほったらかしに、し過ぎているのね。
そうなんでしょ?」


 シンディーは、またしても勘違いをしているのではないか。 ミロは、そんな気がした。

 昼日中から、あの悪い遊びの相手をさせられたとしたら……。


 こっちの身体が持たない。


「い、いや。 違うんだ。 シンディー。
……学生の君には、やるべきことが、たくさんある。
勉強も。 友人達との付き合いもね。 それは、十分に承知しているつもりだよ。
ただ、この水槽の中に、一日中、入っていたくないんだ。
君が学校に行っている間だけでもいい。
外に出しておいてくれる訳には、いかないのかなあ?」

 シンディーは、顔をさっきよりも大きく左右に振っていた。

 髪がさらに靡いていた。 突風が起こっていた。
手の空飛ぶ絨毯も、恐ろしいほどに揺れていた。

 ミロは指に抱きついていた。
落とされないようにしがみ付いていた。

「あなたに、自由に室内を歩き回らせるつもりはないわ。
逃げようとするに、決まっているんですもの」


 美しいが、厳しい表情を作っていた。

「いいや、シンディー。 そんなことは、しないさ。 誓うよ。
君と出会う前の、ひどい野性の生活にもどるつもりは、全くない。
ここにいたいんだ。 君といっしょにね」

 僕は、嘘を付いている。 彼は、そう認識していた。
彼女が、こんな簡単な言葉に騙される程、愚かだとは、とても思えなかった。
そうであれば、どんなに良かったか。

「いいえ、あなたは、絶対にそうするわ。
あなたたち男は、みんな同じよ。 前の男の人もそうだったもの。
言葉巧みに、私をだましたのよ。
せっかく捕まえたかわいいあなたを、みすみす逃してやるつもりはないのよ。
ミロ。 あなたは、とても、小さい。 世界は、とても大きいわ。
もし、外の世界に出たら、ほんとうに恐ろしい災難が、
あなたの身に降り掛かることになるわよ。
前の私の飼っていた男の人は、隣の猫に食われたのよ。 話したでしょ?」


 彼女は、背中を丸めていた。 彼を水槽の底の元の位置に置いたのだった。

「でも、あなたの言っていることは、正しいわ。
あなたにも、暇つぶしをする何かが必要よね。
私たちは、方法を考えなくちゃならないわね」


 彼女は、そう話しながら床にビキニのお尻でしゃがみこんだ。
彼の頭上に、さらに上半身を傾けていた。

 タンキニの中で豊満な乳房がずしりと重く垂れていた。

 シンディーは、両肘を折り曲げた膝小僧の上に置き、ミロを見下ろしていた。

「何か、あなたにアイデアはないかしら?
ミロ。 弁護士だったときのこととか?
週末には、どんな遊びをして過ごしていたのかしら?」


 ミロも、しばらく考えていた。 いざ、正面から聞かれると返答に困ってしまった。

 彼には、ガールフレンドが一人いた。
彼女も、いまでは、巨人女の一族の一人になっていることだろう。

 この世界で、彼が真っ先にしたくないことといえば、彼女と会ったり、
今の縮小した肉体を見られたりすることだった。 彼女は、まずい。

「……僕には、ヨットがあった。 自分の手で、それを組み立てたんだ。
……セイリングが趣味だったんだよ」

「それって、おもしろそうじゃないかしら?
もし、今でも、あなたにヨットがあれば、家のプールで遊べるわ。
私も一度、見てみたいわ」


 ミロは、その可能性について考えていた。 面白そうだった。

「……そうだね。 それは君も気に入ってくれると思うね。
……本当に、きれいな船なんだ。 楽しいと思うよ」

「あなたは、どこのハーバーに、自分のボートを停泊させていたのかしら。 ミロ?」

 ミロは、ごくりと固い唾を飲んでいた。 口の中が乾いていた。
心臓が、張り裂けんばかりに鼓動していた。

 これもシンディー一流の何かの悪い罠じゃないかという疑念が、
頭の中で渦を巻いていたからだった。 しかし、とうとう真実を告白していた。

 今よりも、悪くなるはずがなかったからだ。

「『デル・マール・マリーナ』のハーバーだよ。 第85号桟橋だ。
そこの第3埠頭にあるはずだ。彼女の名前は、「ソフィアL号」だよ」

 シンディーは、微笑していた。

「Lは、何の頭文字なのかしら。 ミロ?」


「LOVEだよ。 シンディー。」





 愛しのソフィア。 昔の恋人の名前だった。





投稿小説のページに行く めくる