戦争ごっこ
ヘディン・著
笛地静恵・訳
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3・マンコ峡谷
「こんなやり方では、うまくいきっこない!」
デヴィドも、ようやく気が付いていた。
「彼女の目で俺達の姿を、見てもらわなければ、駄目だ。二手に別れようぜ。それぞれが、別な女の子とのコンタクトを目指すんだ!」「いい考えだ!」
ビリーは、ビーチ=サンダルの足の危険地帯から、一刻も早く逃げ出したくて仕方がなかった。その機会を伺っていた。出来るかぎり時間を短縮したかった。
「ハンク、アル、僕と一緒に来てくれ!デヴィッド、君とみんなは、グレッグの帰りを、ここで待っていてくれ。しかし、いくらかは顔のある方向に、進んでいてくれないか?」
みんなは、ビリーがこうして指図することに慣れていないだろう。しかし、誰も反対意見を口にしなかった。そうする代わりに、ハンクとアルは、ビルを追って草の森の中に入っていった。
一分後。ビルには、もうひとつのグループが、何をしているにしても、まったく分からない状態になっていた。しかし、あのビーチ=サンダルの青い靴紐のアーチは、まだ空にくっきりと弧を描いて見えていた。
ビリーは、仲間たちをサンダルから安全な距離を置いて、迂回するようにして案内していた。しかし、彼が安全と判断する、ビーチ=サンダルの爪先からの百メートルの距離にしても、本当は彼女の足の幅ぐらいしかなかったのだが……。
徒歩の間にビリーは、またいつもの物思いに耽る時間を与えられていた。グレッグの死は、明白なデモンストレーションであったのだ。
状況としては、ただ二人の女の子が、叔父の別荘の裏庭の素敵な芝生の上で、日光浴を楽しんでいるということでしかないのだ。二人の女の子たち。若くて、きれいで、たぶん体重だって、五十キロあるかどうかぐらい。片方は、もうちょっと、あるかもしれないが。
しかし、彼らが小さくなっているのだ。本当に小さい。彼は、なぜ蟻が六歩の足を必要とするのか、本当に理解していた。二本足では、あの速度がとても出ないのだ。そして、人間たちが着席している、庭のテーブルの下を、縦横無尽に動き回る彼らの勇気に、心から敬服し感動すら覚えていた。
しかし、もちろん蟻達は餌となる食物を得るために、恐ろしいほどの高価な代価を支払っているのだ。いったい、人間に気が付かれない内に、踏み潰されている蟻の数というのは、どのくらいに達するものなのだろうか?数百万匹というような数になるのではないだろうか?
ビリー達の蟻人間の小集団も、すでに仲間の内の四名が人間の足の下で犠牲になっていたのだ。
ビリーの恐怖は、刻々に増大していた。彼は他の二人が、背後にいてくれることに感謝していた。気持ちの動揺を、隠すことができていたからだ。
もう片方のビーチ=サンダルとも、後方に十分に安全な距離を空けるまでに、さらに数分間を要した。今では、明るい茶色の奇妙な形の塔が、草の間に見え隠れするようになっていた。接近していくごとに地平線から大きく伸び上がるようにして、高く見えてくるのだった。ビリーには、何だか分かっていた。木製のハイヒールのミュールだった。草の上に、脇を下にして横たわっていた。靴底の方が、彼らの方をむいていた。
彼らの右手、三百メートル以上の高度に、木製の厚底の踵の底の部分が、草の上に聳えるように見えてきた。ビリーが、よく知っている部分だった。
これが、ハーヴェイを平らに踏み潰して、死体もない死に追いやった部分だった。ジープを破壊し、ノーマルなサイズに戻る唯一の方法を奪ったのだった。
しかし、彼は、そちらの方向に歩いていくしかなかった。
方角をずらしていった。迂回する方法を取った。なぜなら、その踵の向こうに女巨人の足が、空中にかかるのを目撃したからである。もう一人よりも、いくらか日焼けした、健康的な色の足の皮膚が見えた。もう一人の少女の足元に、到達したのだった。
ビリーは、靴底の側面を迂回して足の方に向かおうと判断していた。しかし、数秒後には、彼はまた新たな危険の存在に気が付いていた。もし、巨人女が、ミュールに足を滑らせて履こうとする。当然、倒れたミュールを、足で起き上がらせようとするだろう。計測も不可能な木の重量の下に、彼らが、いきなり押しつぶされる可能性があるということになる。
一万分の一秒後には、彼らは、自分たちが死んだことすら気が付かない、ただの物質に変化していることだろう。
誰も、ビルの突然の方向転換に反対しなかった。彼は、今までよりも足を早めていた。靴の危険地帯から脱出するまでには、さらに長い長い数分間を、必要とした。今では巨人の足が、彼らの前方にあった。そして、ここでビリーが、いきなり立ち止まったのだった。
「おい、ビリー。いったい何をしているんだ?俺達には、もうあまり時間がないんだ。計画を実行するしかないんだぜ!」
ハンクが文句を言い、アルが彼の背中を押していた。いきなり、狂ったようにビリーが走りだしていた。彼は、巨大な爪先の近くの、平らに踏み潰された草の脇を猛烈な速度で通過していった。
しかし、立ち止まる代わりに、巨人の足のすぐ脇を通過していった。 ほぼ四百メートルの距離を走破していた。ハンクとアルは、息を切らして、ようやくに追い付いた。
ビルは前方の空を、茫然と見上げていた。
「ジャスミン」
そうとだけ、つぶやいていた。
彼は顔を両手で覆うと、草の上にしゃがみこんでいた。ハンクとアルは、訳が分からずに、茫然としていた。ビルが、どうやらこの巨人女のことを知っているらしいということが、分かっただけだった。もちろん、あえて質問するような野暮な真似はしなかった。ただ、さらに数秒間だけ自由な時間を与えてやった。
ハンクはビルの両肩を優しく掴んで、立ち上がらせた。効果は、爆弾の雷管にショックを与えたようなものだった。ビルは、ハンクとアルを、自分の身体から引き剥がすようにして、身を捩っていた。
「僕と、一緒に来てくれるか?彼女の足の下から、逃げなくちゃ駄目だ。さもないと、ほんのわずかな足の動きでも、僕達は磨り潰されてしまうだろう」
ハンクとアルは、また巨人の国の草の下を歩かされたのである。それから、ついに折れ曲がり砕かれた草のバリケードの下から、開かれた空間に出ていた。草の覆いのない、裸の大地に立つのは久しぶりだった。草の間の道のような、土の上を走った。アルは、ついにビルの脇に並んで、歩くことができた。
「どこに向かって走っているんだ?いったい、何をしようっていうんだ?俺達は、何としても、彼女の注意を引き付ける必要があるんだ。そのために、爪先とか、どこかにタッチしようとしていたんじゃなかったのか?どうなんだ?」
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