性的表現、暴力的な描写があります。 未成年の方は読まないでください。
トーイ・ゲーム―― 巨人からの手紙 第3章
ヘディン・作
笛地静恵・訳
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また別の日には、別のムードになる。
ときどき、メリーはひとりだけで外出する。私もそうである。
メリーが一人になりたいときは、暗い気分になっている日である。そういう時には、いつもよりも遠出する。家から邪魔されないだけの距離を取る。
もちろん、何をしているにせよ、それが彼女の生き方である。私は干渉しない。娘の足取りにも、いたずら好きで、明るいムードが、反映している。
人間達は、娘の性格を、いたずら好きというよりは、残酷と形容しているらしい。しかし、結局のところ、何が娘の注意を集めたかというきまぐれだけで、相手の運命が決定されているだけである。素足の下で、平らに踏み潰されていく。そう、この場合、娘はいつも全裸で出かけていく。
私が思うに、彼女がそうするのは、子どもが何かの欲求不満の解消に、トーイ(玩具)で遊びたいというのと、全く何の相違もない。本質は無垢な行為である。
私たちは、自分たちが遊びたい相手が、簡単に壊れてしまうという事実を、すみやかに受け入れて行った。
だから、メリーにしても、その通り道で見つけたものが、何であろうと、一つ一つに大した時間を、かけることはしない。何に目を付けたにしても、足の軽い一歩で遊びは完了する。あるいは、足の親指のつま先の一撃で決着がつく。
娘は、とうとう面白そうな村を見つける。接近していく。しゃがみ込む。もちろんその行為を、特にためらったり、はじらったりはしない。若い娘の下腹部と臀部の全景を、隠すことなく無造作に開陳する。平静な態度である。
いたずらをしたいという欲求を解消するために、都市とそこに住んでいる人間達と、戯れる。彼らには不運なことである。
もちろん、ゲームは、いつも同じ種類である。トーイの都市には、すぐに飽きてしまう。しかし、たまたまそこに、模型大の電車の車輛が、停車していたとする。現実世界の遊びとは、次元の異なる遊びが可能となる。
事態は、様相を一変させる。
遊びが興趣を深めるのは、人間という要素が介在してくるからである。
彼らの行為を見下している私たちには、いつもその行動の性質には、大差がないことがわかる。
人間という個人の集合体である。プラスティックで出来た人形ではない。ある型から大量生産された数千体ではない。それは、ある歴史を持った唯一無二の人間たちなのである。親類や家族を伴って、必死に逃げようとする。巨人の指先によって磨り潰されるまで。明らかにスリルがある。
小さな者たちを押し潰すにしても、早くやるか、ゆっくりとやるか。
家の近くでやるか。
それとも、少し、逃がしてやってから、しとめるか。
私たちの裁量で、自由勝手に決めることができる。
家の中に残っている者たちを、いつ始末するかという課題もある。
反応は、それぞれ異なっている。多彩である。何名かは、凍りつく。動かなくなってしまう。自殺しようとする者たちもいる。
逆に、攻撃してくる場合もある。あなたが考えているほどには、稀な状況ではない。素手の拳骨で、メリーの指先の厚い皮を殴る。彼女の裸身に、長い距離を走って、よじのぼろうとする者もいる。
メリーに、ちっぽけな存在のもつ、ちっぽけな怒りを感じさせてくれる。
「自分の身体の上に乗って来て、その上を移動する人間たちが、好きよ」
メリーは、そう私に告白したことがある。同時に、彼らの存在を無視するのが、自分たちが、いかに無力なのかを思い知らせる、最良の方法だという。様々なタイプの生存者たちにしても、結局は磨り潰されて最期を迎えるという点では、同じ結末なのだ。
ショッピングモールの破壊は、また異なる経験となる。指を屋根に当てる。すぐに屋根を構成する素材が、内側に落下していく。指は、食料と人間達を同時に押しつぶす。しかし、十中八九、建物自体は、壊れずに残っている。
指先で屋根に穴をあける。内部で、パニックに陥っている人々の状態を、覗き見することができる。
それから、建物から脱出しようとする人間達の渦が、出入り口から外に向かって発生する。駐車場に向かって移動していく。即座に車を発進させる。逃げようとする。徒歩で逃げようとする人々と、車の列が素敵な混乱の劇を繰り広げる。見下していると、阿鼻叫喚の醜悪な地獄図である。
その駐車場すべてを、足の親指のつま先の下にして、一瞬にして始末するのは、実に気分のすっきりする行為である。
多分、一人か二人、偶然にも、この惨劇から逃げおおせる者たちがいる。
彼らがメリーの物語を、新たに諸国に伝えてくれるのである。
メリーは、ある日の午後を、そんな風に楽しいゲームをして過ごす。
彼女自身は、そんなに多くの者たちを、殺しているのではない。人間たちが互いに殺し合っているのだ。
帰宅したときには、娘から暗いムードは去っている。満足した明るい表情にもどっている。
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私の行動は、娘と比較すれば、より穏やかな傾向があるのではないか?そう予想されるかもしれない。しかし、たとえ私であっても、一人で出かけたいときはある。この決断をするときは、いつもよりも残酷なプレイをしたい場合なのである。
そういう日の私は、いつも幾分か野卑な衣裳をまとっていく。セクシーな下着、ナイロンのパンティストッキング、あるいはブーツ、厚底靴等々。
田舎の村々がある地域に、こそこそと潜入するのを好む。そのあたりを歩いていると、自然に野山の破壊を生じさせている。足の振動だけで、弱い構造物から倒壊していく。庭の物置。古い家々等々。しかし、まもなく最も堅固に建築されたはずの構造物までが、音を上げる。
居住者のいる構造物が倒壊した場合には、内部から逃げ出す光景を、観察できる。時折、対応があまりにも遅くて、間に合わない場合がある。瓦礫の下から、数名しか脱出できないこともある。別の建物に逃げ込もうとする。しかし、周辺の家々は、どこも避難民を受け入れようとしない。このプレイで残酷な者は、いったい誰なのであろうか?彼らは、とうとう諦めてしまう。
家を奪われた者たちは、村の森に逃げ込む。あるいは、村を捨てようとする。しかし、私がプレイをする場合には、村に通じる幹線道路のすべてを、すでに通行止めにしてある。踏み潰してある。
彼らにとっては、ここは袋小路である。本物の死の谷である。私は、このゲームの、この段階が、大好きである。そのために用意周到な準備を怠ることはしない。
それから、閉鎖された村の中を、歩き回る。もちろん彼らの行動のすべてを、上空から眺める。人間たちは、ほとんど地面の道筋に即して移動する。しかし、私は、どこであろうと、自分が歩きたい場所を歩く。足は、彼らが作り上げた、道の幅に適合しない。
最後の脱走者が、私の足の下に、その最期の安息の場所を見つけるまでには、しばらく時間がかかるのが、常である。
ひそかに、自分で賭けをする。
彼らは、はたして何ラウンドまでこの生存競争のゲームに、生きのびることができるだろうか。そうしてできあがった、この辺りの普通の村の家々の瓦礫の木屑は、キッチン椅子の座布団の詰め物に好適なのだ。これより大きい物だと、ややごりごりすることになる。
さらに数歩を移動する。小さな輪を作る。その際に長い歩幅は、取らない。だから、彼らには一周ごとに、私の足の下にならない可能性が、30パーセントは残されている。さらに、足の下になったとしても、靴のアーチの下になって生き延びる可能性も、50パーセントはある。
そうでないものは、靴の下で踏み潰される。人口密度が希薄になることで、誰かが、たまたまスティレット・ヒールの鋭い踵の下になる危険性は、さらに少なくなる。そう……。それが、統計学的に予測される数値よりは、もっと頻繁に起こる事態であることは、私も認めざるをえないが。
彼らの皮膚が、スティレット・ヒールの先端部の打たれて弾ける時には、地面に赤い小さな花を咲かせる。
いろいろな条件をあてはめて換算すると、一周目に生き延びるチャンスは、85パーセント。二周目は72パーセント。三周目が61パーセントになる。
足幅は、小さな人が横断するには、幅がありすぎる。百メートルはある。
もちろん、短距離走者の中には、百メートルの距離を、十秒以内で走破できるつわものがいるかもしれない。しかし、この場合は、私が村内を三周するのである。その過酷な状況下で、限界を突破しなければならない。
そして、たいていの場合、村人は、短距離走者ではない。
それに、彼らには障害物がある。
私の靴は一歩ごとに、靴底にある滑り止めのための三角形の形の印を、無数に大地に刻み込む。細いヒールは、丸い形の小さなクレーターを大地に穿つ。逃げようとする場合に、6フィート(約180センチ)の高さを持った足跡の砂の壁は、あなどれない障害物となる。眼前に聳える。何名かは、それを昇って越えようとする。しかし、それには時間がかかる。
より賢明な者たちは、登るのでなくて、溝の上の壁の部分を渡って行く方法を選択する。谷間を突破しようとする。けれども彼らは、ジグザグに、幾重にも重なった複雑な迷路の上を、渡って行かなければならない。
彼らの次の問題は、周回ごとに、前の足跡に、さらに次の新しい足跡が、刻印されて重なって行くことである。それがまた、別種の通過不能の深い谷間を、進路上に造成していく。
それで、私が期待するのは、二十周以上という記録である。それというのも、二十周を越えて、彼らが生き延びる可能性は、今の所、5パーセントに満たないからである。
別な言い方をすれば、二十名にひとりである。時折、ごくわずかの差で、靴底の縁にいて、死んでいった場合などには、申し訳なく思うことさえある。
一度など、ある男の両脚のみを踏み潰してしまった。血まみれになって、もがいている。生き残ろうと必死の努力をしている。この時には、さすがに、本当にすまないと思った。次の周回の時に、踵のヒールで突き刺して、瞬時に楽にしてやったものである。
村の最後の建築物が倒壊した段階で、ゲームは終了となる。多くの生存者は、この場所で、そのまま生きることを、選択する。瓦礫の下から、あえて立ち上がろうとするのである。
もちろん、あなたは、私たちが、多くの命を奪っていると、主張することであろう。
メリーと私は、人間の再生産の能力について、何度も議論を交わしている。今なお周囲の世界には、大変多くの、あなたたちの同族たちが、存在している。ご存知の通りである。しかし、最初の一年間は、人口が減少していることに、私たちも気付いていた。
人間を発見することが、困難になったというだけではない。私たちが狩りの旅に出かけた時に、無人の家々が点在する無人の村落を、いくつも発見するようになったからである。
都市だけが、かろうじて、そこに生命が活動しているという痕跡を、留めていた。私たちが、すでに一度は襲撃した場所でさえ、そうだった。
私が、あなたたちと同様な人間であったときには、<雷は、同じ場所に二度と落ちない>という諺を信じたものである。
そう、メリー台風とジェーン台風も、同じ法則に従うのである。この法則を、開陳しただけでも、感謝してもらいたい!
狩りの秘密を、なぜ公開するのか?
私たちは、人口の増加や、都市の再建を諦めてもらいたくないからである。それは私たちのニーズも、満たす行為である。
さもないと、私たちは、次第に他の国にまで、長い旅をしなければならなくなるだろう。
結局のところ、今まで私たちはカリフォルニア州から、そう何度も、外には出なかったのである。数歩で行けるネヴァダ州の一部だけが、例外だった。距離は大した問題ではない。私たちにとって数千マイルが、一体なんだというのだ?
一歩で一マイル(約1600m)を移動できるのが、私たちである。ハイヒールを履いた状態でも、それが、可能である。
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私は、狩りの旅と言ったと思う。言ったよね?しかし、もちろん、あなたは、そこに漠然と示された意味を、察知されている。その通りだ。あなたは正しい。
死が、その性格の一部である。しかし、その主要部分ではない。
私は、私たちがその言葉が人類に持つ、普遍的な意味で、この狩りという言葉を使っているのではないと、主張しているのではない。回りくどい言い方だ。二重否定の文は好きではない。
私たちは、むしろそれが楽しいから、実行しているのである。
私はメリーが、いつそれに出かけたのかを、知っているし、メリーもまた、私の行動を知っている。彼女は、私の瞳の中に、それがあるという。私は、彼女の何気ない立ちいふるまいの中に、それを感じる。
どうも娘は、その行動のすべてに、直情的なところがあるのだ。
私たちが狩りを実行するときにはタッパー・ウェアの中から、一つないし二つを携帯する。獲物は動いている物であれば、何でもよい。
私はピンセットを持っていく。メリーは、化粧道具の毛抜きを活用することを好む。その他に、どうしても必須の道具は、スポンジである。
それから、私たちは、いつもどこか一カ所を、訪問することに決めている。その抽出においては、完全に無作為にする。実施のための重要な条件である。決定のために歩みを止めて、調べることはしない。
私は、空港に行くのが好きだ。飛行場には、いつも何機かの飛行機がある。摘まみあげられるのを待っていてくれる。
飛行機というのは、実にデリケートな物体である。長さは3インチ(7.5cm)と少し。広さは2インチ(5cm)以上。細い胴体部分は、もっともデリケートな箇所である。直径は四分の一インチ(約6ミリ)というところ。時には、三分の一インチ(約8ミリ)という時もある。
ピンセットの先で、主翼と尾翼の間を摘まむ。それから、コンクリートから飛行機を持ち上げる。スポンジの間に入れる。機体の僅かなへこみ以外は、たいてい完全な形で、持ちかえることができる。
乗客たちの動向には興味がない。どうせ逃げられはしない。私が切り離した搭乗用のトンネルを使って、避難するしか方法がないからである。私は無人の飛行機を欲しくはない。
メリーは、特に列車に関しては、熟練の技術を持っている。
乗客の乗った車両は、1インチ(約2.5cm)をわずかに超えるぐらいか。しかし、高さは四分の一インチ(約6ミリ)未満。幅は八分の一(約3ミリ)未満しかない。本当にデリケートな代物である。
メリーは、エンジンのある機関車の部分から、毛抜きでそっと持ち上げる。もっとも重く頑丈にできている。プラスティックの定規の上に全車両を乗せていく。タッパー・ウェアの中に下していく。
彼女が、一つをプレゼントしてくれた時には、本当にうれしかった。何か特別な日の贈り物だっただろう。
二人とも、最も一般的に多くの数を収集している品物は、自動車である。バス。自家用車。そんなものである。時には、トラックということもある。しかし、一人の男を得るためだけに、多くの労力を費やさなければならない。列を組んだ大型の運送用トラックは、それなりに面白い対象ではあるけれども。
私たちは、家々も試してみた。しかし、あまりにも壊れやすい。地面から持ち上げようとしただけで、原型を留めなくなる。
私が特に愛好するのは戦車である。形が面白い。それなりに別な用途がある。
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メリーは、海で豪華客船の狩りをしてくる。その中のひとつを見せてくれた。
時折、その中には、本当に巨大な物がある。あくまでも、小さな物体の中ではということだが。船体の全長は、八インチ(20cm)。幅は一インチ(2.5cm)。
あなたたち、小さな人たちが作り上げたものの中でも、特に印象的なものだ。もっと小さなモノであれば、もっと頻繁に見つかる。二から三インチの長さで、幅が一インチ(2.5cm)程度のもの。私たちの親指と同じぐらいの大きさ。私も、これらについては、何隻も捕獲している。
箱の中身が、いっぱいになると帰宅する。
裏庭のパティオに出るのを好む。メリーは、時には自分の部屋やバスタブにこもる。バスタブで何をしているのかは、神のみぞ知るである。娘の部屋についている。外部からはうかがい知れない。密室である。
しかし、私たちは、いつもお互いの狩りの話をしては、獲物を見せ合う。それが習慣である。交換することもあれば、特別な記念日の贈り物にすることもある。
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私は、あなたたち小さな人々が、きわめて保守的な考え方をする種族であるということを知っている。少なくとも、かつて、あなたたちの種族の中の、一人であったことがあるからだ。
しかし、メリーと私について言えば、ともに異なる存在である。私たちは、それぞれに成人した個人である。
あなたたちが感じる侮蔑や憎悪は、大した問題ではない。あなたたちこそが、取るに足らない存在なのである。
あなたたちが、そう考えたいと望む偏見に満ちた女性像を、抱き続ければよいであろう。あなたたちが、私たちが欲望を充足させる行為に対して、できることは、何もないのだから。
ここに来て私の足の小指を持ち上げればよい。或いは、足の爪をはがしてみればよい。
その時こそ、私たちは、あなたたちの言うことに、耳を傾けて服従してやっても良い。
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さて、本題にもどろう。
私たちは狩りから戻ると、楽しい時間を過ごす。
もちろん、あなたたちは、なぜ自分たちが作り上げた物たちを、勝手にトーイとして弄ぶのかと抗議されるであろう。私たちは、あなたたち小さな人から、それらを取り上げたのだから。あなたたちが怒り心頭に達していることは、容易に想像できる。
それには、こう答えておこう。
私たちは巨人ではあるが、女性であるということだ。そして、私たちの感情の根底には、人間であった時の記憶が、依然として居座っている。すでに述べたとおりだ。
あなたが女であったとして、男がいない世界で、どうやって生きて行けば良いのか、自問自答してもらいたい。
率直に告白しようと思っている。
ディテールまで包み隠さずに。
私は、あなたたちの道徳律を全く問題にしていない。あなたたちは、すでにそれを思い知らされている。
それでは、トーイの使い方について、詳細に説明していこう。もちろん、私はトーイを持っている。いつもそうだ。小さな人たちであったころから、そうであった。
それらを所有する前から、ある種の物が、トーイとして活用できるということを知っていた。
十六歳の時に、あのテディ・ベアを持ってベッドに入った。それから、他にも多くの物が役に立った。
大人になってから、それ専用のトーイを、四つか五つは所持していた。高価なものだ。それらを愛している。今でも使っている。
しかし、若い時代を振り返れば、そこにはつねに、素敵な男性が身近にいた。彼らと単純に、一夜を楽しんだものだ。
もう少し大きくなってからは、その機会が少なくなったことを感じた。それで、自分が満足できない夜には、トーイを活用して、欲求不満を解消するという方法を実践してきた。
私は、一人の男性を体験した。
すべては、彼から始まったのだ。
あなたたちにも、名前が判明していないと思うが、ある男性が、私の部屋を訪問したのである。
彼は、私の家の中に入り、二階の寝室にまで入り込むことができた、最初の男性だった。あの勇敢なピーピング・トムの一人であることはわかっていた。一回だけ、寝室での私生活の秘密の眺めを楽しんでもらった。それから、まだ不満足ではあったが、トーイによる前戯を中断した。彼に注意を向けた。
彼のことは、視野の端で見ていた。それから、ベッドから立ち上がった。彼の位置は、はっきりと分かっている。
私は思い出す。
スカートを脱ぎ、シャツを取り、ブラとパンティに手をかけていった。パンプスだけは、履いた状態だった。彼の方に二、三歩進んでいった。
彼の眼前でしゃがみこんだ。私が言いたいのは、彼が両脚の間になったということだ。プッシーは、彼の頭上に肉の崖の裂け目として、聳えていたことだろう。
彼は、ショックは受けていたろうが、同時に夢中になっていたはずだ。
私の指一本が、その前に押し当てられて秘密の割れ目を隠した。そこに触れて行った。
それから、濡れた指先で、彼に触れた。指先に磔にした。愛液の粘りが、接着剤の代わりをした。
忍耐強いゆっくりとした動きで、彼を持ち上げていった。
それから、床に横に座り込むと、大きく股を開いた。自由な方の手で割れ目を開いた。クリトリスの上に、そっと下ろした。
そう。彼がそこにいることを感じた。
それが、すべての始まりだった。
あまりにも興奮していたし、彼は性器の内部のゴミに過ぎなかった。私は必死になって、上に乗った彼に向かって、腰を突き上げていた。
彼を締め付けるか、何かそんな風なことを、心の底から実行したかったのだ。しかし、今になって見れば、彼の方が、何かすでにそのたぐいのことを実行していたことは、容易に想像がつく。
彼からは、何も感じることができなかった。絶望的な気分だったが、彼の存在をプッシー・リップで、もっと感じたかった。
その時の自分が、何を考えていたのか思い出せない。しかし、彼の存在によって、もっと肉の喜びを得たかったのであろう。
私は、すぐに彼を役立たずだとして、始末することにした。
この物語の終わりは、彼をプッシー・リップの内部に、迎え入れたということに尽きる。もちろん、彼は下のお口が閉じた瞬間に、そこで潰れていただろう。
その後のことは、何も確認していない。
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その体験があった後で、私は過去に地球上で偉大な女たちがしてきたことを、繰り返しただけである。
一人の男で満足できないのであれば、一度に複数の男を床に招き入れれば良い。
多数の男たちを収集することで、解決しようとした。
侵入者たちである。
彼らを家の中で見つけたときには、手近に用意してある紙を使った。それを足の下から滑らせていく。彼の両脚は、風圧で床から離れる。簡単に紙の上に乗って来る。
それから彼らを、その中には、何名かの女性たちが混じっていたと思うが、プラスティックの箱の中に飼っておいた。
彼らに餌を与え、温かい寝床を用意してやった。
一日に、二ダースを越える数を捕まえたことさえある。
一か月もすれば、ある程度の量が溜まった。
そのとき、またあのことを試してみたのだ。
その結果は、おもしろいものだった。
動きのないセックス。
そう呼んだらいいのか?
私は彼らを感じた。おそらく彼らは、素敵に動いていてくれたのだ。しかし、その効果は、温かい湯気か、そんなものに当たっているという程度の、おぼろな感触だけだった。
何も挿入されていない。
何も動いてはいない。
そうなることを心配していたし、それなりの心の準備もしていた。机の上に、私の所持する最大のヴァイヴレイターを、用意してもあった。
挿入した。
こいつは即座に、その任務を果たしてくれた。
しかし、小さなトーイたちだけでは、とてもそれがもたらしてくれる、快感の高みまで、たどり着くことはできなかったことだろう。
彼らは、あれを挿入した瞬間に、内部で即座に潰れて行った。多分、何名かは、襞の間に潜りこむことで、難を逃れたかもしれない。しかし、最初のプッシーの収縮によって、疑いもなく、その生涯を終えて、肉の塊に変化していた。内部に、どんな生存者も発見できなかったから。
この種のプレイが、なかなか良い物であると分かった。
私にも、自分の男たちがいるということがわかった。彼らによって快感を得ることができる。
唯一の問題は、私がさらに強い刺激を求めていたことだ。そのために、必要十分な人数の侵入者が、集まらなかった。
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その日も、私は充分な人数のピーピング・トムを、集めることができなかった。悪態をついていた。あちらこちらを探して歩いた。窓から外を見た。立ち上がり這いつくばった。キッチンにもどった。
そこで、カシャン!
フリップ・フリップの下敷きになって、壊れた音をさせた物体がある。残骸を見た。飛行機だった。その迷彩柄から、軍隊のものであると判断できた。赤い染みで囲われていた。
その瞬間に、私の内部で、新たな発想の転換が生じたのだ。
アイデアが閃いた。
あなた方も、私の抱いたアイデアが、何かを察知できたと思う。
キーワードは、飛行機である。
つまり、旅客機は、何ダースもの人数の乗客を、乗せているものである。
アイデアの核心は、そこだった。
私は出かけていって、飛行機を見つければ良いのである。もちろん、空中を飛行しているそれを、虫取り網で捕まえるというわけにはいかない、それが着陸しているところを捕まえる必要がある。
即座に、ドアのところまで歩いた。
フリップ・フロップと、部屋用のドレスだけという軽装である。
どこに行くつもりなのかさえ分かっていなかった。外に出て行けば大きな都市があり、そこには飛行場ぐらいはあるはずだ。それぐらいの見当しかなかった。
旅客機は大きいので、比較的に目に入りやすい。
それは、ちょうどターミナルを離れて、滑走路に移動しているところだった。それが、本来の目的地に到着することは、ついになかった。
私が鷲掴みにして、家に連れ帰ったからである。
ベッド・ルームで、巨大化してから最高のオーガズムを経験していた。
素晴らしい人数が揃ったということに止まらない。そこには、悪の魅惑があった。
彼らの世界から盗んできたという快感である。私は彼らを拉致して、喜びを覚える方法で、その命を奪ったのだ。
最初は、その中央部分で飛行機を二つに折った。開口部が開いた。小人たちをプッシーにふりかける。粉末の媚薬として。あなたは、こんなことはしないだろう。今となっては、そうすることは、私の欲望を充足させる手段である。それと同時に、あなたたちへの侮蔑を表現する方法なのである。
当時のそれは、ただ快感を得るための手段だった。
数か月後、それは意味を変化させた。
単に快感を覚えるだけでは、満足できなくなったのだ。
何か重要なことを見落としているという気がした。
飛行機一杯の積荷である乗客たちは良い。しかし、私は自分が、飛行機の機体そのものに対応するのに、あまりにも無関心に過ぎるのではないかと、思えて来たのである。
何気なく大陰唇の間に飛行機の先端部分を滑り込ませた。頭部を入れてみる。カントは開いてある。飛行機は、私という果実の皮の内部を覗き込む、虫の態勢である。
自分自身が開放される前に、機体後部の貨物室付近の側壁が、罅割れるのをじっと見ている。すでに魅惑されている。なかば催眠術をかけられている状態になっている。引き続き、それで自分を摩擦するのをやめられない。しかし、十分に力の加減に注意を払っている。
機体が屈服しようとしている。それを感じとれる。物体の表面は、なめらかで、やわらかい。両翼まで含めて、そうである。
飛行機の先端で、入口付近の愛撫を続けた。
徐々に内部に挿入していく。
期待しながら、凝視している。両翼が折れる。機体の内部に、折り畳まれる。入りこんでいく。
それから左右の大陰唇の襞が、機体を挟みこんでいく。押し潰していく。折れ曲がった部分や、皺が寄った部分に、程よい刺激を寄与してくれている。
もう我慢できない。しかし、膣の内部の筋肉を、少なくとも一回は、摩擦したい。注意を集中する。
結果として、プッシーの内部で、淫猥な崩壊が生じる。愛のトンネルに挿入されたものを押し潰していく。機体も、翼も、人間たちも。私が圧潰した内容物を、愛液とともに排出したときに、その惨状の証拠を目撃することとなる。赤いぐちゃぐちゃの物体。愛液と混ざりあって、きらきらしている。あれは、窓ガラスの名残。
その光景が、肉体を欲望と怒りで震わせる。
素早い指の動きで、飛行機の残りの部分を、膣の奥に押し込んでいる。それから、たっぷり十秒間というもの、快感の高まりを押さえるために、抵抗を続ける。
もう一度、プッシーで彼らの残骸を、圧迫する。
乗客と飛行機の双方だ。
それから。
オーガズムに痙攣した。
それからというもの、あなたたちの文明が、私に供給してくれる物を最大限に活用して、大人のトーイにしている。
メリーは、私よりもだいぶ以前から、この方法を試していた。しかし、お互いが個室内で何をしているかを理解するためには、たとえ家族で会っても、長い時間がかかるものなのである。性的な欲望という秘められた部分については、特にそうであろう。
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というわけで、パティオに出て行くときの私は、すでに充分に濡れている。それから、タオルの上に座る。トーイを入れた箱を、脇の床の上に置く。
いつも、そうしたムードになっている時には、ビキニとフリップ・フロップだけを着用している。あまり身体を締め付けたくない。自由でいたい。準備はそれだけである。
いや、そうではない。唯一の例外がある。
時だ。
欲望を掻きたてるためには、時を待った方が良い。
私は箱を見つめる。内部には、小さな乗客たちが入っている。彼らは、私の歩みに伴う震動が停止したことで、いくらかの安心感を抱いているだろう。箱の中身は、前後左右に、ひどく揺さぶられたはずだ。
それでも、飛行機の内部から出て来る者は、誰もいない。例外は数少ない。しかし、状況が静かになったことで、機内から零れだす者たちもいる。いやいやながら。もちろんである。
しかし、それが、私の求める状況である。
しばらくすると、箱の底に小さな人たちが溜まって行く。しかし、遥かに多くの人々が、まだ機内に残っている。私が捕まえた時のままである。
私は体を回転させて、うつ伏せになる。ビキニの腹部を床につける。両肘をつける。それから重い内容物を満載したビキニを箱の真上に移動して、彼らにたっぷりと素晴らしい光景を観賞してもらう。
自分が、すべての人間達の注目を集めたと確信ができたら、ビキニ・トップを片手に握りしめる。それを乳房から剥ぎ取る。頭から抜き取る。
おっぱいが、音を立てて元の位置にもどる。ゆっくりと左右に揺れている。互いにぶつかりあっている。二つは共同して、美しい胸の谷間を箱の上に生み出している。まだかすかに揺れている。互いに滑らかに愛撫しあっている。
またしても、おっぱいをそのまま箱の中に挿入してしまいたいという熱情に襲われる。しかし、大切なのは、時である。お楽しみは、できるだけ先に伸ばした方がいい。おいしい物は、取っておいて、最後に食べるのである。
さて、ここから楽しい時間が、いよいよスタートする。
箱の内部に手を入れる。他に何もないときには、バス一台か、少なくとも自動車一台を取り出す。私は指先だけを使っている。すでに甘いムードになっている。へこましていることも、気がしない。
窓ガラスが、指に粉々に砕ける。最も繊細な優しい指使いにも抵抗できない。
それから、仰向けになる。乳首に乗せていく。
もし、それがバスであるならば、ゆっくりと潰しながら、すべての乗客が、小さな窓から逃げ出すように仕向ける。
もし、それが自家用車であるならば、対応は、わずかだが異なる。一台の自動車と言っても、あまりにも小さい。私は爪先を使って、それを持ち上げる。しかし、当然のことに、それは、爪の力にも壊れてしまう。
それを乳輪の上に置く。内部の人間達は、車から必死に脱出しようとしている。一方、もう一台を、もう片方にも落とす。
自動車やバスを手荒く扱わないために自制をしている。すべての内容物や液体が、おっぱいの上を汚してしまう。私はそれを好かない。きれいな方がいい。わかるでしょ?
自動車の残骸を手で払う。あまりにも弱くてちっぽけで、私に何の喜びも与えてくれないからだ。それで、単純に、それらをパティオの外の芝生に払い落とす。誰も、プレイのこの段階に生き残れる者はいない。そう確信している。
バスというものは、もう少し大きな物である。半インチぐらいの長さがある。幅は細い。私が多くの者たちを、外に絞り出したときには、すでにぐちゃぐちゃに潰れている。
多くの場合は、何も力を入れていないのだ。しかし、指の間で、それは丸い玉になってしまう。その球は、指先で弾いて飛ばす。
時には、乳首で潰すのに充分な人数を、搾り出せることがある。乳輪に乗っている小さな者たちには、素敵なデモンストレーションとなる。
男たちは、通常は、死にもの狂いで逃げ惑う。
左右の乳首は固くなり長く延びて、乳房から勃起していく。それで彼らには、その中にもぐりこむことができる。ある種の岩の裂け目や、皮膚の皺には、ことかかないことになる。
彼らが充分に散開してくれたと感じたとしても、乳首を握りしめるまでに、さらに時間をおくのである。
彼らがどこに逃げて、どこに隠れたとしても、すべて乳房の上の出来事だ。目が届くところにいるのに過ぎない。
彼らが、指の圧迫に潰れていく光景のすべてを、隈なく観察することができる。それが、私に特別な種類の痒みを与えてくれる。
もちろん、また別のバスや自動車を取り出して、引き裂き、さらに多くの人間達をそこで潰していく。
私には、もちろん、そうして愛撫したい乳首が、もう一つついているのである。
しかし、これらは、すべて前戯に過ぎない。
第3章 了
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