警告!本作品は残酷描写、過激な性描写が多々含まれています。
未成年の方、そのような描写を好まない方の閲読をお断りします。
作者
《 ヒロインの失恋 》
作 Pz
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ある日曜の昼下がり。
秋の柔らかな陽射しは、フローリングのリビングを照らす。
どこかの街のマンションの一室。
坂井隆一はぬるくなったコーヒーをすする。
「電気、もう通じているんだ・・・。」
淡い茶色のワンピースにカーディガンを羽織った河合弘美。
彼女は少しだけ顔を上げて隆一を見た。
小さなリビングテーブルをはさんで座る二人。
「水道、下水はまだ、だめみたいだけどね。」
彼女から視線をそらし、隆一はコーヒーカップをリビングテーブルに置いた。
栗色に染めたセミロングの髪をさらりと垂らし、
また弘美はうつむく。
「あの巨人女は、弘美なんだね。」
隆一が言う。
うつむいたままの彼女は小さくうなずく。
陽の光を浴びて、金色に輝く肩まである彼女の髪が
弘美の顔を隠すように垂れ下がる。
クッションの上にお尻を乗せ、両足を揃えて横にする弘美。
真っ白な足が裾からにょっきりと現れ、それは眩しく光る。
布地をぴんと張り詰めさせ、ボタンをちぎり飛ばしそうな大きな胸。
ワンピースの胸元は、苦しげに大きく開かれていた。
真っ白な胸の麓を惜しげもなくさらす弘美。
重たそうな胸を揺らし、彼女は隆一に向き直った。
「私だって、巨人になりたくってなったんじゃないのよ。
いつの間にか、あの怪物が現れると身体が大きくなっちゃって・・・。」
色白の顔を、少し赤くし弘美は一気に話したがすぐに言葉が詰まってしまった。
「あの怪物を退治しなきゃ、って必死だったの・・・。」
呆然と彼女を見つめ続ける隆一。
あの怪物、それは数週間前、突然現れた全身真っ黒な巨人のことだ。
まるで全身がビニールで出来ているような、のっぺら坊。
その身長は60メートルに達していた。
のっぺら坊の巨人は、金属製の箱、15メートル四方の鞄のような箱を
もって市街地に突然現れた。
出現の瞬間、物凄い閃光が発生し黒い巨人の現れた地点は凄まじい爆発が起こった。
市街地を踏み壊し、その巨人は、逃げる人々を次々にその箱の中に取り込み始めたのだ!
初日に現れたとき、おおよそ五百人の人間がその箱の中に、閉じ込められた。
警察官の発砲、ようやく出動した自衛隊攻撃ヘリの攻撃をものともせずに、
黒い巨人はまた閃光と共に多くの犠牲者を箱の中に閉じ込め、
異次元に消えていった。
数日後、再び閃光と爆発と共に黒い巨人が現れたとき、
彼女は突如出現したのだ。
輝くばかりに白い肌を持つ、若い女性。美しく光る栗色の髪を肩まで伸ばし、
大きな乳房は重たそうに波打ちながら胸から突き出し、水着のストラップを
ピンと緊張させる。くびれた腰は鋭角的に切れ込み、引き締まった
腹筋の上に女性らしい脂肪を薄く乗せていた。
大きなお尻の下には、その重量感あふれる肉体を支える
すらりと長く伸びた脚が認められた。
黒いサンダルを履き、淡い紅色のビキニ水着を着た彼女。
まだ幼さを残す、小さな丸い顔は、黒い瞳と赤い唇が見る人に
その美しさを印象付けた。
だが、街の人々、取材に来たマスコミ、全世界のメディア、
その視聴者は彼女を見てあっけにとられる。
その女性の身長は、180メートルに達していたのだ。
地響きを上げ、彼女が歩き出すと彼女の足元にいた人々は悲鳴をあげて逃げ惑った。
80メートル近い歩幅で歩く巨大な女性。
黒いサンダルは、四階建てのマンションを一撃で粉々に砕き、地面を大きく揺らしながら
アスファルトを踏砕く。
乗り捨てられていた自動車はクシャリと平べったく踏み潰され、地面に埋め込まれた。
さらに、人々を恐怖に陥れたのは、巨大女性が黒い巨人に挑みかかってからだ。
美しい彼女の顔が、険しくなり黒い巨人に向き直った。
そして、足元を気にすることもなく、走り始めたのだ!
数万トンはあろう彼女の体重を支える、白く輝くような脚は
市街地のビルを蹴り飛ばし、路上にひしめく人々を踏み潰し、
その肉体を霧散させてしまう。
彼女のヒールサンダルは凄まじい地響きと地震のような振動を発生させ
深く地面にもぐりこんだ。
市街地に張り巡らされた電線を蜘蛛の糸のように引きちぎり、
歩道橋を数百メートル蹴り飛ばしてしまう。
轟音を立て、彼女の白い足が地上に振り下ろされるたびに、
地面は大きくゆれ、古いビルは崩れ始める。
足元にいた人々はそのたびに数メートルも地面から跳ね上げられたのだ。
聳え立つ巨大な女性。
彼女に踏み潰されることもなく、蹴り壊され、瞬時に瓦礫となった建物に
生き埋めとなることもなかった幸運な人々は、彼女の美しく、エロチックな
女の肉体をまじかで見ることになる。
黒い異次元からの侵略者は、全身で恐怖を表していた。
「採取」に来ていた世界の小さな生物が、突如自分の三倍近い大きさに
なって目の前に現れた。
なすすべもなく、呆然と立ちすくむ黒い巨人。
巨大な女性は、容赦なく黒い巨人(彼女から見れば、腰にも届かない小男で
あったが)に掴みかかった。
そして、彼女は黒い巨人を簡単に引き裂いてしまったのだ。
文字通り、胴体から真っ二つに。
真っ黒い体液を流しながらなんら抵抗することも出来ずに絶命する黒い巨人。
巨大な女性は、その黒い巨人の体を繰り返し踏みつけ、黒い肉片に変えてしまった。
高さ80メートルはある白い脚が、数十万トンの衝撃力で、巨人の死体を
踏みにじる。
だが市街地もまた、巨大な女性が脚を振り下ろすたびに起こる凄まじい振動により
ビルは倒壊し、生き残った人々はその瓦礫の山に埋もれていってしまったのだ。
瓦礫の中を逃げ惑う小さな人間に何の注意も払わず、
地響きを立て彼らを踏み潰しながら巨大女性は黒い鞄が転がっている場所に
歩いていった。
彼女は金属製の鞄を引き裂き、数百人の人間を救い出した。
だが、彼らの多くはすでに息をしていなかった。
ただ、鞄を壊したときに青い炎が鞄から上がる。
それは本当に「命の炎」であったのだろう。
「巨人になったら、足元の人間とかはみえないのか?」
弘美を見つめ、隆一が言った。
うつむいたままの弘美。
「見えたよ・・・。けど、人間と思えなくて。」
「人間を踏み潰したとき、わからなかったのか?」。
「何か、やわらかいものがくっしゃ、と潰れるのが・・・判った・・・。」
二人は黙り込む。
「俺、弘美に踏み潰されそうに、なったんだよ。」
一瞬、隆一を見つめ、彼女はまた視線を落とす。
その日、営業車に乗って得意先周りをしていた隆一は、
この大災害に出会ってしまった。
黒い巨人が出現。
道路上は、一斉に逆方向へと走り出す車でいっぱいになり、やがて
道路は渋滞し完全に流れが止まった。
多くのドライバーは、車を捨てて歩いて逃げ出し始めたのだ。
隆一もそうしたうちの一人だった。
凄まじい衝撃音、爆発と建物が倒壊するのであろう大音響。
そしてずしん、ずしん、と聞こえてくる地響き。
ビルの屋上から突然、巨大な女性の上半身が現れた。
隆一はその巨人が恋人の弘美であることに気がつき、驚愕した。
見る間に、8階建てのマンションが大音響と共に崩れていった。
膝にすら届かないそのマンションを一撃でけり壊し、彼女は隆一の目の前に
その巨大な体を現した。
凄まじい砂埃と飛び散る瓦礫。破片が直撃し、絶命する人々。
狭い道路に殺到し、将棋倒しとなってさらに死傷者を出してしまう。
彼もまたその人間の渦に巻き込まれ、道路上に倒れこんでしまった。
路上で人の下敷きとなり、身動きできない。
何とか上半身を反転させる。
地響きを上げ、足元を見ることもせず、歩いてくる険しい表情の巨人女。
彼の恋人。
しかし、今は恐ろしい怪物にしか思えない。
見慣れているはずの白い張りのある肌を持った脚。
黒いイタリア製のサンダルを履いたその巨大な足が、彼の目の前に振り下ろされた。
道路上に倒れこんだ人々の絶叫。
足首に巻きつけられた皮製のストラップが目に入った。
それ自体直径が60センチはあり、まるで大型つり橋のワイヤーロープのようだ。
巨大な足が動くたびにそのストラップの余長は唸りを上げて
電信柱や街路灯をなぎ倒し、必死に走り逃げる人々の体を粉砕してしまった。
隆一はあたりが薄暗くなってゆくのに気がついた。巨大なサンダルが
頭上に迫ってきているのだ。
もう逃げられない。
人々の悲鳴。
ボコッ、とアスファルトの路面が陥没し、サンダルを履いた足は地面にめり込む。
その両脇から真っ赤な血しぶきを上げて。
なんと言う幸運!
隆一はサンダルの土踏まず部分の直下にいたのだ。
助かりはしたが、発狂寸前だった。
ヒールがズズっと音を立て、二メートルほど沈み込む。
ヒールサンダルの底が隆一の胸スレスレに迫ってきた。
皮製の底に刻印されたヨーロッパサイズの表記が顔の真上に現れた。
彼は何の役にも立たないが、恋人である巨人となった弘美のサンダルの底を
両腕で押し返そうとした。
しかし、それはまるで羽虫が像を持ち上げようとしているようなものであったのだ。
目の前でグチャリ、っと音を立て一瞬にして肉塊となってしまった人たち。
数秒後、巨人の足がゆっくりと上がり始めると、凄惨な光景が隆一の眼前に広がった。
遠ざかる彼女のサンダルの裏には数万トンの圧力で踏み潰された人々の
遺骸が張り付いていた。
空高く上がってゆくサンダルの裏からは、平たい肉塊となった犠牲者の遺骸が
ぽたぽたと地上に剥がれ落ちていった。
恋人、自分の女。それに踏み殺されそうになった・・・。
その屈辱感は、恐怖感に飲み込まれてゆく。
巨人となった弘美の、地響きを立て大きなお尻を揺らしながら
歩きさる後姿を呆然として彼は見送った。
「だって!だって・・・。あんなに大きくなっちゃったら・・・。」
弘美は涙を浮かべ、隆一を見つめた。
「歩くだけで街を壊しちゃうし、人だって!踏みつけて・・・。」
隆一はコーヒーカップをテーブルに置く。
「弘美が女巨人だってことを知っているのは何人いるかな。」
「判らないわ!テレビにも映っていたし!でも、私、親がいないから・・・!」
非難とも、弁解とも取れない口調の弘美。
複雑な生い立ちの女だ。
両親がいない。つまりは、捨て子だったのだ。
施設で育てられ、中学を出ると定時制の高校に通いながら、働き始める。
明晰な頭脳と生まれついての優れた容姿。
しかし、それは彼女に必ずしも幸福を呼び込むものではなかった。
覚えのない借金を抱え、二十歳の時にはホステスをはじめていた。
その美しい風貌と機転の利く客扱いは、人気を呼んだが同僚の嫉妬も招いた。
いつしか彼女は固く心を閉ざし始めていったのだ。
そんな頃に出会ったのが隆一だった。
彼女を真剣に愛した初めての男性。弘美もまた隆一に少しずつ心を開いていった。
「お前に踏み殺された人、五百人はいるらしいぞ。」
下を向いてそれだけいう。
「・・・私が悪いんじゃ・・・ない・・・わよ。」
彼女は涙をそっとぬぐった。
「道路の中に、潰れて埋め込まれているから、遺体の回収が
進まない。まだ被害者がふえるようなんだ・・・。」
「弘美、お前は怪獣だよ。別れてくれ・・・。」
ボソッと、隆一は言った。
涙で顔を濡らし、彼女は隆一を見つめた。
「怪獣?・・・ひどい・・・。」
泣き声になる。
「私は巨人になんてなりたくなかったの!でも、でも・・・。」
声が詰まった。
「あの黒い巨人から私、・・・街の人を守ったのよ!」
涙をぬぐう。
そのとき、弘美は隆一が鞄の中から、何かを取り出すのを見た。
一丁の拳銃だった。
「死んだ警官が持っていたのを拾ったんだ。」
言葉も出ない弘美。
最愛の恋人が拳銃を持ち出している。
「黒い巨人はいずれ、人間が倒す・・・。」
38口径のリボルバー。五連発のそれには、弾が二発残っていた。
「でも、お前を・・・、巨人になったお前を殺すことは出来るかどうか。」
カチン、と、撃鉄をあげた。
「私を撃つの?ねえ、私のことを殺すつもりなの?」
目を丸くし、信じられない表情。
「出て行けよ。俺を踏み殺しそうにした女なんて怖くてたまらないよ。」
ワッと泣き出し、弘美は隆一のマンションから駆け出していった。
スチールの扉がバタンと閉まる。
かすかに聞こえる階段を駆け下りるサンダルの音が遠くなっていく。
隆一は慎重にリボルバーの撃鉄を戻し、リビングテーブルの上にリボルバーをおいた。
プラスチック製のモデルガンは軽い音を立てた。
「こんな別れ方なんて最低かな・・・。」
彼女には拳銃がモデルガンか実物かなんて判りはしなかったろう。
隆一は後悔し始める。
拳銃で脅して別れを強要したのだ。
踏み殺されそうになった恐怖感が、彼にこんなことを思いつかせたのだろうか。
弘美のつけていたコロンの香りが部屋に残っている。
美しく、やさしい女。
重たくて肩がこる、とまで言っていたGカップの大きな胸。
100センチ近かった大きなお尻は、垂れ下がることなく若さを象徴するように
ぴんと、上を向き張り詰めていた。
さらさらとした手触りの髪の毛は、隆一の好みでカットしてまでいた。
そんな女を自分から捨ててしまったのだ。
「でも巨人に変身する女なんて・・・。」
隆一はリビングに寝転がり、巨人になった弘美が街を歩く様を
思い返していた。
やはり、この恐怖感はどうすることも出来ない。
この世で、唯一の心のよりどころであったろう隆一に捨てられた
彼女はどうするのだろうか。
いやな予感が彼の心の中を一杯にしていった。
そして、その予感は最悪の形で、的中してしまったのだ。
隆一が想像するよりも、遥かにひどい形で。
数分とかけずに。
一瞬、閃光が走った。
部屋の中が青白く照らされる。
隆一は凍り付いてしまった。
あの、黒い巨人が出現したときと同じ現象・・・。
と、凄まじい震動が彼のマンションを襲った。
ドーンという轟音が続いてやってきた。
屋外から、悲鳴が聞こえてきた。金属の潰れる音、家屋が崩壊する音。
何か凄まじい重量を感じる震動と轟音。
隆一のいやな予感・・・。
規則的な轟音が彼のマンションに近づいてきたとき、彼はそれが何かを
察していた。
ベランダに走り出し、表をうかがう。
彼の目に、二本の巨大な白い柱が飛び込んできた。
それはタワービルとでも形容しなくてはならないほどの大きさを持っている
女性の巨大な脚であった。
美しい曲線を誇らしげに見せ付けるその足は、隆一のマンションを膝下に見下ろしていた。
隆一はふくらはぎの中腹辺りを目の前にし、首を真上に向け、その全景を見上げた。
地上80メートル付近で、エロチックに交差し聳え立つ二本の巨大な柱。
凄まじい大きさのお尻が黒いパンティーにつつまれている。
美しいカーブで構成される巨大造形物。
巨大なお尻を包み込む黒色の布地は張り詰める。
さらに、お尻の上には絶妙なカーブを見せる背中、セミロングの茶色い髪。
そして、巨大なドームとでも形容しなければならないほどの
巨大な乳房。
胸から、丸く張り出した二つの巨大ドームは
男の欲望を掻き立てさせる代わりに、その巨大さから言いようのない
恐怖感を湧かせていった。
巨人となった弘美は、彼のマンションをたったの一歩で跨いでしまったのだ。
ズシン、と足を動かし、弘美は隆一を股の下に見下ろした。
彼は遥か上空から、透明な丸いものが落ちてくるのに気がついた。
ベランダにどーん、と落ちてきたそれは、バチャ、っと飛沫を上げはじけとぶ。
巨人になった弘美の巨大な涙の雫・・・。
呆然となった隆一は声も上げられず、ふと、彼女の足元を見た。
黒い皮製のサンダル、幅が10メートル、長さが30メートルはありそうな
それは、バックストラップを二メートル近い大きさのバックルで固定し、
さらに、足首にアンクレットと呼ばれるシルバーのチエーンを巻きつけていた。
彼女が黒い服に合わせるとき良くつけているアクセサリーだ。
その飾りの鎖は今や大型タンカーの錨のような大きさだ。
そしてそのサンダルの下には、息を呑む惨状が展開していた。
聳え立つ弘美の巨大な脚は、マンションとなりの鉄筋三階建てのコンビニエンス
ストア兼アパートを踏み壊していた。もうもうと立ち上がる粉塵の中から、
かろうじて、動ける人たちが瓦礫の中を走り逃げているのが見えた。
もう片方の足は脇の市道に停車中だった市バスをペシャンコに踏み潰している。
車体全体をラッピングし、大手コーヒーメーカーの缶コーヒーと同じデザインにしていた
そのバスは、まさに踏みつけられた空き缶のようだった。
隆一は弘美の顔を見上げた。
やはり、黒のブラジャーをつけた弘美。巨大な乳房をつつむブラジャー越しに
顔を半分隠して隆一を見下ろしている。
その乳房の大きさは幅30メートル、高さ20メートルはあろうか。
涙で濡れた顔。目を真っ赤にしている。
右手で涙をぬぐい、髪を後ろに掻き揚げ、無言だ。
不意に、彼女は両腕を腰に当て、街の中心をにらみつけた。
「あのう、わ、私は怪獣です。これからこの街をメチャメチャに壊します!
み、皆さん早く逃げてください!」
弘美の少し鼻にかかった、ハスキー調の甘い声が、街にとどろいた。
隆一は弘美の言葉に背筋が凍りついてしまった。
「俺のせいか・・・?弘美が怪物になったの・・・?」
凄まじい地響きを上げ、毎秒80メートルの歩幅で弘美は街の中を歩き始めたのだ。
隆一は目の前に広がる惨事をマンションからすべて目撃することになってしまった。
復旧が始まったばかりの電線を、弘美の巨大な足は引きちぎる。
地響きを立て、振り下ろされたヒールサンダルは道路を大きく陥没させた。
市街地は復旧工事中のため、道路は慢性的に渋滞をしている。
弘美は、この巨大な女性は、車で一杯の道路を少しだけ見下ろし
やがてなんのためらいもなくその上を歩き始めたのだ。
渋滞中の車列からドライバー達が一斉に逃げ出す。
だが、巨大女性の脚は無慈悲に彼らを捉え、踏み潰してしまったのだ。
街の中にサイレンが鳴り響いた。
巨人による襲撃。
三回目の襲撃だ。
だが、街の人々は黒い巨人がいないことに気がつく。
黒い巨人を退治してくれた、若く美しい巨大女性が一人で現れたのである。
街の中心部より避難が始まった。
正義の味方、とはいえ身長180メートルの巨人だ。
歩いただけで街は破壊されてしまう。逃げ遅れれば虫のように踏み潰されてしまうのだ。
彼女の進行方向から避難できれば、犠牲者は少なくてすむ。
街の住人、警察と消防はそう考えた。
この巨大な女性が、無差別に街を破壊するはずがないと。
しかし、巨大女性が街の中にとどろかせたセリフ。
その信じられない言葉が、すぐに現実となって彼らの目の前に
繰り広げられていった。
弘美は、足元に広がる市街地を見下ろし、カラフルな小さな虫にしか見えなくなってきた
街の住人達が彼女の足元を必死になって逃げ去るのを見つめていた。
黒や茶色の頭が、チョコチョコと上下する。
白い顔が、ちらちらと彼女を見上げている。
彼女から見れば、1.5センチほどの直立した奇妙な生き物だ。
(私は怪獣なんだから・・・。皆踏み潰してもいいのよ・・・。)
彼女は、白く長い脚をゆっくりと街道上に進めていったのだ。
どんなに高いビルでも、彼女の腰にも届かない。
身長180メートルの彼女から見れば、この世界は120分の一に
縮小された精密なジオラマなのだ。
最愛の男性に殺されかかったショック、さらに彼女自身が長年にわたり
鬱積していった世界に対する疎外感、不信感。
それらが彼女を本物の巨大怪獣に変えてしまった。
この世界を謎の侵略者から守るヒロインであったはずなのに。
弘美は少しだけ躊躇し、やがてゆっくりと渋滞中の車列の中に足を降ろした。
ドライバーは車を捨てて走り出す。
巨人の足が彼らに迫ってきたときに、すでに彼らは車を放棄していたのだ。
黒いヒールサンダルの下に、まとめて五台の乗用車が小さな爆発音と共に
押し潰されていった。
足元を見つめ、ゆっくりと足を動かす弘美。
足首に巻かれたアンクレットは凄まじい勢いで脱出に成功したドライバー達をなぎ倒した。
30センチほどの幅を持つ銀の大きな鎖は、人間の体を簡単に粉砕し、
道路際のビルのショーウインドウを叩き壊した。
街道上は大パニックとなった。
街を守るはずの巨人が、轟音を立て市街地を破壊し始めたのだ。
黒い下着姿の巨大女性は次々と街道上の自動車を踏み潰してゆく。
復興工事の鋼材を載せた25トンのトレーラーは、サンダルからはみ出た
巨大女性の親指に荷台をへし折られ、鋼材をばら撒きながら三十メートルも
道路上を蹴り飛ばされる。
まだ道路上を何とか逃げ出せると思っていたドライバーの乗る大型乗用車は、
ボコリ、と音をたて、その車体の何倍もの大きさのヒールサンダルにより
ペシャンコに潰され、アスファルトの中に埋め込まれてしまう。
この巨大な美しい白い脚は、なんの躊躇もなく避難中の人々までも
無慈悲に踏み潰し始めた。
膝にも届かぬテナントビルを瞬時に蹴り壊した巨大女性は、
わざと普段、普通のサイズで道を歩くような表情を作っていた。
その数万トンとも推測される膨大な体重を支える足を、狭い街道上を
逃げまどう人々の上に振り下ろす。
ドズーンという地響き。
巨大女性のサンダルの両側からは赤いしぶきが上がった。
避難中の人々の肉体が肉塊に変わってしまった瞬間であった。
幸運にも彼女のヒールサンダルから逃れられた人々も、
その脚が巻き起こす振動と風圧により、地面から数メートルも
跳ね飛ばされてしまったのだ。
「巨大怪獣!」
涙で顔を濡らす若く美しい女性。
身長180メートルの河合弘美は、いまや本物の巨獣となった。
18階建てのマンションに、巨大女性の右ひざが突き刺さった。
数秒後、まるで精巧な砂細工のようにマンションは崩れ始める。
何事もなかったかのように、巨大女性は瓦礫の中から足を引き抜き、
木造モルタルの戸建住宅街を踏み壊し始めた。
「皆さん、早く逃げてください!」
弘美の声が街に轟く。
顔を真っ赤にし、涙を浮かべている逆上した女。
歩幅が80メートル、わずか1.5秒で歩く巨大女性から、普通サイズの人間が
逃げ出すのは至難の業だ。
さらに、街道上は渋滞する車でいっぱいだったのだ。
「何よ、観光バスが多いわね・・・。」
弘美は戸建住宅街を踏み壊しながら、彼女から見れば数メートル離れたところに在る
高架式の高速道路を見つめた。
悲鳴をあげ、狭い道路に殺到し、ひしめく住民達をまるで気がつかないかのように
ヒールサンダルで一気に踏み潰しながら弘美は高速道路に向かって歩き出した。
グシャリ、ブチャリ、と、サンダルから足に人間の潰れる感触が伝わる。
隆一が自分を「怪獣」と呼び、おびえきっていたことを思い出す。
彼に殺されかけた驚きと、悲しみ、怒りがこみ上げてゆく。
「早く逃げないから。踏みつけられるほうが悪いのよ!」
足元を一瞥し、少し怒ったように声を轟かせる弘美。
一度に数十人と圧死しているというのに、彼女の心にはなんら罪の意識が生まれていない。
地響きを上げ、鉄筋コンクリート造りのアパートを粉々にけり壊しながら弘美は高速道路に近づいていった。
「怪獣見学ツアー?」
大型の観光バスを片手でつまみ上げ、フロントガラスから中を覗き込んだ弘美は
思わず声を上げた。バスのサンバイザーにはそう書かれている。
彼女の掌の上に乗せられた大型観光バスは、なんと弘美と黒い巨人との格闘跡を
見物に来ている近県の旅行会社のものだったのだ。
高速道路をまたぎ、弘美は右手でまた一台観光バスを掴み挙げた。
まだ避難していない乗客がバスの車内に取り残されている。
「私が怪獣です。じっくり見物していってくださいね。」
怒りの表情をあらわにする弘美。
両手で掴んだ観光バスを太ももに押し付けた。
そしてそのまま胸の下まで持ってゆき、また顔の前に持ち上げた。
「いかがでしたか?怪獣を見られて満足ですか?では、お家に帰ってください。」
と、言うや否や、彼女は二台の観光バスを次々に投げ捨ててしまったのだ。
四百メートルほど空中を飛び、バスは地上に激突した。
「怪獣見物に来て本物の怪獣を見られるなんて、ついているわね。でも、
ぺっちゃんこに踏み潰されるのは運がないわよね。」
跨いだ高速道路を見下ろし、弘美はわざと意地悪そうに言った。
高速道路上は、車を捨てて逃げ出す人たちであふれかえる。
彼女は高架式の高速道路をヒールサンダルで簡単に蹴り壊す。
高架に満載された車両がばらばらと地上に落ちる。
大音響をたて、火を噴出す自動車。
そして悲鳴をあげ、高架から投げ出される人々。
弘美にとっては、サンダルを履いた足首にも届かない小さな道路を軽く
押しのけただけなのだ。
高架から転落したバスやトラックをクシャリ、と踏み潰し弘美はさらに無傷の
高架道路上の観光バスを掴み上げてゆく。
バスの車内に居残った人々は巨大な怪獣となった弘美の
巨大な腕がバスに近づくのを震え上がりながら見つめていた。
あまりに巨大な女性の体は、足や腕の部分しか見ることが出来ない。
バスの窓が巨人の指で覆い隠され、彼らがバスごとつまみ挙げられたときに
巨人女性の顔がはじめてはっきりと見えた。
凄まじい加速がついて、バスは上昇する。
白いなだらかな崖のように見える巨大女性の体。
膝から太もも、下腹部、乳房を猛スピードで通過し、巨大な美しい顔の前で
ぴたりと、止まる。
バスの大きなフロントガラスに、巨大女性の指が突き刺さる。
巨木のような巨大女性の指が車内に突き刺されたのだ。
前方座席に座っていた数人がこの指に押し潰されてしまう。
バキッと音がした。バスのトップ部分は紙切れのように巨人女性に
引きちぎられてしまっていた。
恐怖に乗客たちは一言の声も出せない。
「恐ろしいですか?」
怒りに満ちた表情で、弘美は彼らに語りかけた。
7階建てマンションと同じくらいの大きさの巨大な顔。
美しい若い女性の顔が、彼らをにらみつけている。
観光バスを掌の中に載せ、彼ら乗客の命を彼女は握っているのだ。
栗色に染めた輝くような髪の毛が、カーテンのように巨大女性の白い顔に
たれかかり、バスの周辺を包み込む。
さっと、髪を掻きあげ巨大女性はその残酷な行為を始めてしまう。
オープントップになってしまったバスを、巨大な女性はゆっくりと
地面に下ろし始めた。
乗客たちに、悲鳴が上がった。
少しだけ、腰をかがめた巨大女性。その大きな乳房は重力に耐えかね、
ブラジャーのストラップをぴんと張り詰めさせた。
白い二本の足をぴったりとそろえて、また髪を掻きあげる。
巨大女性は、自分自身を落ち着かせようとしているのだろう。
ドシン、と、バスは巨大女性がサンダルで残骸を押しのけた道路に降ろされた。
バスは彼女が屋根を引きちぎったときに、その大木のような白い指で運転手を
押し潰されており、走ることが出来ない。
乗客たちは、屈みこみ、彼らを見つめる巨人女を凍りついたように見上げていた。
まるで白い岩山のような、女性の肉体。
折り曲げられた足は、エロティックにそのカーブを押し広げ、黒いパンツに覆われた
下腹部は深く喰いこみ、暗い渓谷のようだ。
山のような乳房は両膝に押し付けられ、柔らかなエアドームのように横に膨らんでいる。
大きなお尻は、高速道路わきのラブホテルをその腰を
下ろしたときに押し潰し、半壊させていた。
ぐわっと、風を起こし、屈んでいた巨人はまた立ち上がった。
腰に手を当て、彼らを見下ろす巨大女性。
優美な脚線を誇る白い足はぴったりと閉じられていた。
80メートル近い長さの脚がゆっくりと動いた。
それは高々と、彼らの真上にかざされていった。
黒いサンダルが、その巨大な影を、壊れかかったバスの上に落とす。
乗客たちは彼らの運命を知らされてしまう。
悲鳴が上がった。
ずしん。
サンダルを履いた足が、地面にめり込んでいた。
数百万トンの圧力でバスは地中に埋め込まれてしまったのだ。
脚をそっと上げる巨大女性。
地中深く、平べったく、まるで平面図のように綺麗にペシャンコに
なってしまっているバス。
冷酷な笑いが、彼女の顔に浮かんでいた。
「ほら、人の不幸を見物になんて来るからよ。怪獣に踏み潰されちゃった!」
弘美は、まだ壊していない高速道路にバスや普通車がぎっしりとひしめいているのを
冷たい目つきで見下ろしていた。
「この街を・・・。みんな壊しちゃうんだから・・・。」
一人つぶやく弘美。
高架式の高速道路を、蹴り壊しながら弘美は隆一のマンションが
ある方角をちらりと、見た。
「隆一に見せてやるんだ。私の力を・・・怪獣だなんて言ったこと後悔させてやる。」
弘美の頭の中に、一瞬そんな言葉が浮かんだ。
と、同時に人間を平然と踏み潰し、すでに街を破壊している自分を
非難するもう一人の自分の声が聞こえてきた。
「あなたは人間の心すら持っていないの?あなたが大きい、それだけで
街を壊しちゃってるのよ?人の命を弄ぶ権利があなたにあるの?」
弘美は暫く立ち尽くしていた。
足元の惨状を見下ろす。
サンダルを履いた右足は、県道沿いの大型パチンコ店を踏み壊していた。
派手な電飾が粉々に砕け散り、この巨人をやり過ごそうとして店内にいた人々が
悲鳴をあげて彼女の足元を走りぬけていった。
左足は県道の路面を、立ち往生している自動車ごと踏み抜いていた。
引きちぎった高圧線がバチバチと、音をたてスパークしている。
「・・・私は・・・ただ歩いてるだけなの!世界が小さいだけなのよ。
私にとっては・・・。」
ガラガラと、音を立て、パチンコ店の残骸から右足を引き抜き、弘美は
地響きを上げ、歩き始める。
県道沿いの大型量販店に右足が突き刺さり、左足はコンビニエンスストアを
一踏みにして押し潰していた。
そう、彼女にしてみれば、小さすぎるこの世界は歩くことすら破壊することになるのだ。
さらに、逃げ惑う小さな人間を踏み潰さずに歩くのは至難の業だった。
足元を見下ろし、なるべく踏み潰さないように歩いてみるが
すぐに面倒になり、それもやめてしまう。
自動車や、建物を踏み壊すのとは、別の感触がサンダル越しに感じられた。
小さな悲鳴が足を踏み下ろすたびに聞こえてきた。
少しだけ、後ろを振り返り、自分の歩いてきた後を見下ろした。
大きな足跡、彼女に踏み壊された店舗。
そして道路上の真っ赤な血溜まりと、鮮やかなピンク色の小さな肉片が目に入る。
それを見ても彼女は何の感情も表さなかった。
何よりも、弘美自身はこの世界に何の慈悲を持つ必要すら感じていなかった。
孤独な人間嫌い。不幸なその出自ゆえに阻害されてきた少女時代。
美しい容姿ゆえの、疎外と暴力。
唯一心を開いた男は、彼女を殺そうとした。
弘美の中にまた怒りがこみ上げてきた。
彼女が街の中心部に視線を移し、歓楽街を見つけたときに、それが爆発してしまう。
彼女が夜の商売に身を落としていたところ。
欲望と暴力にまみれた世界。
言いようのない怒りと、あまりにも小さなその町並み。
今、彼女の自由にならないものは、この世界にはありはしないのだ。
弘美の復讐は始まってしまう。
平和な日曜日の午後であったはずだ。
駅周辺の繁華街は、人であふれていた。
街の復興と、怪獣の出現跡の見物に来た人たちと。
巨大女性出現の知らせは、市内に放送され、彼女の歩く方向が知らされていた。
正義のヒロインが、街の破壊を宣言し、さらにはそのとおり破壊を繰り返している。
この理不尽な事態に、街の人々はただ、逃げるしかなかった。
郊外の高速道路を破壊しつくした巨大女性は、大きな胸をゆさゆさと揺らし、
地響きを上げてまた市街地に戻ってきたのだ。
弘美は、ぎっしりと地平線まで建物で埋め尽くされるような街の景色を見下ろし、
自分の中で凶暴な衝動が沸き起こってくるのを抑えきれずにいた。
小さな建物を踏み壊すことが快楽に思え、小さな人間達をわざと
冷静な顔を作って追廻し、踏み潰すことが言い知れぬ爽快感を彼女にもたらし始めたのだ。
屈折した優越感。
誰にも止めることが出来ない、その凶暴な肉体。
精巧なミニチュアモデルにしか思えない街の建物。
虫にしか見えなくなってきた人間達・・・。
その標的は、駅中心部に広がる歓楽街に向いていった。
弘美は、足元に何の注意も払わず一直線に歩いた。
郊外にある中学校。
その校舎の中には、クラブ活動で登校していた生徒、教員が30名ほど残っていた。
巨大女性が、一直線に建物を踏み潰しながら歩いてくるのを、凍りついたように
見つめていたのだ。
動けるものは、校舎の外に逃げ出し始めた。
雑木林の中に隠れたほうがいくらか、助かる確率が高い。
凄まじい地響きを上げ、巨大女性が彼らの目の前に現れた。
何のためらいもなく、彼女はその足を校舎に突き刺し、
何もそこに存在しないかのごとく、足を引き抜いた。
瞬時に瓦礫になる鉄筋構造四階建ての校舎。
更に、体育館までもが、踏み潰されてしまう。
日曜日のクラブ活動に来ていた中学生達30人ばかりが、犠牲になってしまったのだ。
街の中心部に近づいてゆく。
弘美は、彼女の膨大な体重が、地面を揺るがし、街を震わせていることに
快感を覚え始めていた。
小さな、精密な模型のような住宅街。
彼女はまるで、冬の朝、出来立ての霜柱を踏んで遊ぶ子供のように
住宅を踏み潰して廻った。
ボコリ、ボコリと彼女のサンダルの下で押し潰されてゆく
スケールモデルのような建築物。
家から飛び出し、逃げ惑う小さな人間達。
弘美は、冷たく表情を消して足元を走る彼らを見下ろしていた。
そして、街の中心部である駅に近づいてきたとき、
彼女は突然、両膝をついた。
雑居ビルが、横に膨らんでゆく彼女の太ももに押し倒されてゆき、
大きな膝が、狭い歩道にメリメリと音を立て突き刺さった。
そこは、全国的に有名な歓楽街・・・
弘美がこの世界を呪いながら生きていた街・・・。
両腕を背中に回す。
ボッチン、と金具が外れる音が轟いた。
巨大女性は、なんとブラジャーをはずしてしまったのだ。
胸から丸く突き出すような見事な乳房が、ぶるるん、と揺れながら現れる。
胸板からはみ出す巨大な二つの肉体の山。
歓楽街の表通りを逃げ惑う人々を、巨大女性は見下ろしていた。
その出口に向けて、彼女は外したブラジャーを投げつける。
ずずん、と、駅前の歓楽街入口付近にブラジャーは落下した。
数十トンはある巨大なブラジャーの直撃を受け、数人の圧死者が出してしまう。
普通の女性のサイズであれば、Gカップと分類されるそれは、まるで鉄骨材のような
乳房の補正用ワイヤーをアスファルトに突き刺し、そのストラップは雑居ビルの外壁を
破壊し、食い込んでしまっていた。
右のブラジャーカップは、雑居ビルに完全に覆いかぶさって隠してしまっている。
左のカップはビルを半壊させ、道路に巨大なドームのように聳え立っていた。
それは、この歓楽街の出口を塞いでしまって居るのだ。
この歓楽街から脱出するには、このブラジャーの山を登らねばならない。
あっという間に、道路に人間が溜まり始める。
「ふふっ。」
両膝を突き、ビル越しに彼らを見下ろす巨大女性の、鼻で笑う声が
逃げ場を失った彼らの頭上に響く。
「エッチなおじさんたち、こんにちは!逃げないでね!」
わざと可愛らしく声高にして、弘美は、声を街の中に轟かせた。
「何時も男におもちゃにされていたエリでーす!」
巨大女性の声に、何人かは彼女の正体に気がついた。
両腕を腰にあて、文字通り山のような乳房を突き出し、
ビルから上半身をヌット現す巨人女。
この歓楽街で「エリ」の名前で働いていた娘。
地元暴力団直経営の店で、体を痣だらけにされ泣きながら店に出ていた娘。
ズズーン、とまた地響きが起こった。
ガラガラ、っと建物が倒壊する音。
巨大女性が四つん這いになり、その巨大な乳房を飲食店の入っている雑居ビルに
押し付け、それを突き崩したのだ。
巨大な二つの乳房は、ゆらゆらと揺らされ、
次々に古びた雑居ビルを叩き壊していったのだ。
ずしん、と、巨大な手のひらが、路地を叩いた。
「逃げるなっていったでしょうー。」
不機嫌そうな巨人女性の声。
路地を通って、逃げ出そうとした中年の男達数人が、巨人の手のひらで
両脇のラブホテルごと叩き潰される。
四つん這いで動き始めた巨大女性。
電線を引きちぎり、両腕が雑居ビルを次々に叩き壊してゆく。
毒々しいネオン、原色を使った看板。
50メートル近い高さの太ももが、それらを粉砕し、地面に埋め込んでゆく。
逃げ場を失い、大通りに次第に追い詰められてゆく、男達。
「エリのおっぱい、いつもおもちゃにしていたおじさんたち、
大きなおっぱい、たっぷり味わってね!」
大きな胸をゆすぶりながら、更にネオンをそれで叩き壊し
弘美はわざと可愛らしい声を作り、そういった。
空を覆う、巨大女性の肉体。
道路にひしめく男達は、皮肉な言葉を冷たく言い放つ、巨人女性を見上げた。
栗色の髪の毛が、巨大なカーテンのように彼女の顔の周囲に垂れ下がる。
巨大な二つの乳房は、重力により釣鐘のような形を作り
さらにその大きさを増していた。
見事なくびれを見せる腰、二本の高層建築物のように見える太ももは
エロチックな曲線を誇りながらも、雑居ビルを一撃で蹴り壊し地面にねじりこんでゆく。
女性の柔らかな腹部は、肌色のグラデーションを見事に作り、若い筋肉がその女性らしい
脂肪の下に存在することを物語っていた。
彼らは、頭上に白い肉体の巨大な天井が作られ、そしてそれが一気に落ちてくる
瞬間を見た。
大音響をたてて押し崩されてゆく古い雑居ビル。
直径二十メートルはある、巨大な乳房が空から降りてくるのだ。
多くの男達には、それがこの世で見る最後の光景となった。
若い学生風の男は、自分の身長ほどの巨大な乳首に突き飛ばされ、
路上に叩きつけられる。
慌てて、仰向けになるが、彼の目の前は巨大な乳房でいっぱいになっていた。
直径が二メートルはある乳輪を、両腕で必死に押し返す若い男。
しかし、数千トンはあろう巨大女性の乳房は、簡単に彼を押し潰してゆく。
若い男の絶叫が響く。
やがて、メリメリ、という不気味な音がしてそれも止んだ。
ぺたりと乳房は地面に押し付けられた。
乳房の直撃を免れた男達も、道路いっぱいに建物を押壊しながら
横に膨らむように広がる乳房に飲み込まれてゆく。
上半身を地面に押し付ける巨大女性。
風俗店を入れている薄汚れた雑居ビルは、
次々に巨大女性の胸の下に押し潰されていった。
更に巨大女性は、乳房を地面に押し付けながら四つん這いになり
前に進みだしたのだ。
まるで乳房の山津波のような光景であった。
ふっくらと柔らかな乳房に、めり込むような雑居ビル。
外壁にひびが入り、ガラスが割れ、大音響とともに
崩れ始めた。
まるで精巧な砂細工のように脆く壊れてゆく。
くすくすと、笑いをこらえるような巨大女性。
「おっぱいでビルを壊しちゃった!」
逃げ惑う男達を見下ろしながら、彼女はそうつぶやく。
逃げるのに必死な男達は、彼女を見上げる勇気もなかった。
弘美は顔を地面に近づけ、壊してゆく街と
恐怖に引きつる小さな男達をつぶさに観察しながら
自分の感情の高ぶりを抑えようとしていた。
弘美の髪の毛がバさりと被さり、地面に叩きつけられる
中年の男達。
弘美は、少しだけ上半身を上げ乳房を揺らし、
四階建ての雑居ビルにそれをぶっつけた。
乳房の直撃を受け爆発するように崩れてしまう雑居ビル。
地面に這いつくばる中年男性はその残骸に埋められてしまった。
弘美は気にもせずに両方の膝で残骸を押し潰し、前に進む。
白い太ももは白く陽の光をはじき返し、若さを象徴するように輝き
交互に動く。
次々と乳房が突き崩した雑居ビルを粉々に押し潰しながら。
やがて、弘美はこの歓楽街を縄張りにする暴力団の組事務所が
入っているビルの前にやってきた。
こみ上げる怒りの感情をコントロールすることが出来ない。
と、同時に弘美は、何か嬉しくなって来てもいたのだ。
(私の思い通りにならないものは、この街にはなにもないわ!)
弘美の頭の中でそんな台詞が浮かんできた。
RC構造の7階建新築ビルのサッシ窓に、指を突き立てる。
バリ、と音を立てガラスが割れた。
更に、指を部屋の中に突っ込み壁をつまむように引っ張る。
ボリ、っと音を立て壁が取れてしまった。
弘美は部屋の中を覗き込んだ。
放心状態の若い組員が、事務所の中で腰を抜かしていた。
白いスーツにスキンヘッドの男。
弘美も何度か見たことがあった。
指で彼をそっとつまみあげる。
顔の前まで持って彼を見つめた。
「私、わかる?エリよ。マネージャーは逃げちゃったの?」
苦しそうに手足をばたばたとさせる若い男。
「知らないの?いいわ、自分で探す。」
弘美はまるで塵でも投げるように、ぽい、っと、その男を投げ捨ててしまった。
悲鳴をあげ、数十メートル宙をとび、地面に叩きつけられる組員。
弘美は右手でこぶしを作り、組事務所が入っているビルを
一撃で叩き壊してしまう。
「あら、マネージャー、そんなところに居たの?」
ブラジャーでせき止められていた道路上に、弘美は遊戯会社の
社長と、幹部等三人の男を見つけた。
ずし、ずしと、四つん這いのままブラジャーの山を登ろうとしている
彼らに地響きを立てながら近づく。
一度に三人をつまみ上げ、弘美は手のひらの上に彼らを、投げ出した。
上半身を起こし、弘美は大きなお尻で
ビルを押し潰しながら女の子すわりをする。
マネージャー。
そういう呼び名だが、実態は暴力団幹部だ。
営業課長と渉外課長と呼ばれた二人の男。
彼らもまた、広域暴力団幹部である。
短く刈られた頭髪の小太りな中年男。
元プロボクサーの筋肉質な鋭い目つきの若い男。
いかにもヤクザな風体の初老の男。
凄まじい暴力の嵐。
弘美は、この男達にどれほど殴られ、恥ずかしい目に合わされてきたことか。
身寄りもなく、在るのは借金のみ。
彼女の綺麗な顔と、見事なプロポーションはこの男達の欲望の対象となっていたのだ。
弘美にすれば、思い出したくもない人間である。
「そうね、女を玩具にしてきた人達だから、今度は玩具にされてみる?」
手のひらの上で、腰を抜かす三人の男達に弘美は意地悪く言った。
小太りの男の右足をつまみ上げ、更に左足を左の指でつまんだ。
弘美からみれば、身長二センチほどの小人。
恐ろしい暴力団幹部も、小さな昆虫のように見える。
そして、彼の二本の脚を両の指でつまみあげた。
「お願いです!殺さないでください!ゆ、許してください!」
情けない叫び声が弘美の耳に届いた。
彼女は少しだけ指に力を入れた。
男の悲鳴が上がる。
脚の骨が砕けたのであろう。
「許してください?女の子が泣いてあなたに言っていたわよね、その台詞!」
弘美は一気に両手を左右に広げた。
ブチっ、と小さな音が彼女にも聞こえる。
両足を失ったマネージャーの上半身が弘美の太ももの間に落ちていった。
引きちぎった男の両足が弘美の指につままれたままだ。
「あら。もう壊れちゃったの?」
恐ろしく冷たい笑いを浮かべ、弘美はつぶやいた。
「今度はあなたとあーそぼ!」
人差し指で鋭い目つきの元プロボクサーを突付いた。
パンチパーマに口ひげの男。
日本バンタム級5位まで行ったことがある元プロボクサー。
弘美はこの男のパンチで、顔がゆがんだサラリーマン、商店主を
何度もみてきた。
凄まじい暴力で人間を蹂躙してきたヤクザ。
弘美は今、その男達が手のひらの上で、おびえきって震えているのを
見つめ、どうしようもない残酷な感情を抑えきれないでいた。
巨大な女の手のひらの上で、何とか両足で踏ん張り立ち続ける元ボクサー。
さすがに度胸が据わっていた。
「私の指と、スパーリングしてみる?」
笑いながら弘美が言った。
巨大な女性の雷鳴のような声に、全身を振るわせる「渉外課長」。
彼は目の前に突き出された自分の身長の四倍はありそうな弘美の人差し指を
見上げていた。
ファイティングポーズをとる。
「うふ。やる気なのね。」
冷たい笑い声。
ビシ!
全長8メートル、幅2メートルもある弘美の人差し指が
この「渉外課長」をはじいた。
数百トンの衝撃を、この元プロボクサーの体は全身で受けてしまった。
結果。
真っ赤な血の霧となって、彼の上半身は消滅してしまったのだ。
「あはは!上半分どこに行っちゃったのかしら?」
手のひらの上に残された、男の下半身をつまみ上げ弘美は笑った。
そして、汚い汚物をつまむようにそれを投げ捨てた。
血たまりの中、腰を抜かす初老の「営業課長」。
弘美は目だけを動かし、彼をにらんだ。
汚物の臭いに、彼女は気がつく。
初老の男の股間を良くみると、失禁しているのに気がついた。
更に、脱糞までしているのだ。
「キタなーい。」
顔を曇らせ、弘美は手のひらの上の初老の男をにらみつけた。
目の高さに手のひらを持ち上げ、その手をひっくり返した。
悲鳴を上げ、彼は八十メートルの高さから、地上に墜落して行った。
折り曲げられた白い太ももの間に、小さな音を立てて
初老のヤクザは地面と激突する。
表情を消して、弘美は脇にある崩れかかったラブホテルを
掴み上げ、太ももの間に投げ落とした。
轟音が上がり、彼女の前に瓦礫の山が出来た。
初老の男は瓦礫の中に埋め込まれてしまった。
頭がくらくらとしてきた弘美。
巨人になって、恐怖そのものだった男達をこの世から消し去ってしまったのだ。
自分の強大な力に次第に酔い始めてくるのがわかった。
血と汚物のついた手を、破れた消火栓から噴出す水で洗い流し、
弘美は又、ブラジャーの置いてある道路を見下ろした。
この街の有名なホストクラブの黒服たちが駅の広場に向かって
走ってゆくのを見つけてしまう。
弘美は見覚えのある男の姿を見つけた。
有名な女殺し。
商売で中年女性とセックスし、趣味で女子高生をレイプする。
この街の若い女を何人もその肉棒の虜にした男。
この男にだまされ、泣いていた同じ境遇の女を
弘美は何人も見てきた。
ズズーンと、轟音を立て弘美は又四つん這いになる。
再び、轟音を立てビルを突き崩しながら、駅前のバスターミナルにまで
数秒でその巨体を現した。
ワーッと、小さな人間達は逃げ惑った。
巨大な膝で押し潰され、手のひらで次々と叩き潰される人々。
崩れるビルの瓦礫は二百メートルは飛び散り、更に人々を殺傷する。
巨大女性は、何も罪のない人々を殺すつもりなどなかった。
ただ、その巨大な体を動かすたびに街を破壊し、人々を傷つけている。
彼女に罪の意識はほとんど無くなっていた。
巨大女性には、目の前の小さな黒服の男しか目に入っていなかったのだ。
ホストクラブの彼は、巨大なブラジャーの山を乗り越え、何とか安全な場所を
求め、走っていた。
巨人には見覚えがあった。
信じられないが、完璧な美貌とグラマラスなボディーを持っている「エリ」だ。
あまりに巨大で、最初はわからなかった。
しかし、この歓楽街をその体で押し潰し始めたときに自己紹介までしてくれた。
彼女が味わった屈辱を良く知っているだけに、彼は一番最初に
逃げ出したのだ。
最初は、「正義の巨人」ぐらいにしか思っておらず、この街の多くの人々と同じに
逃げることなど考えもしていなかった。
だが、街を破壊し始めたとき、彼女が明らかな殺意を持っていることに
気がついた。
店の客とともに、彼は走り出した。
路地は叩き潰され、冗談みたいに巨大なブラジャーが道を塞いでいる。
それを必死で乗り越え、彼は何とか駅にたどり着いたのだ。
しかし、彼の必死の逃避も全て無駄になってしまった。
「エーと、君はユタカくんだったわよね!」
目の前に巨大な手のひらが下りてきた。
ユタカと呼ばれたホストは巨大な掌にぶち当たり路上に転げてしまう。
栗色の髪を陽の光に美しく輝かせ、美しいカーテンのように
顔の両側にたらす巨人女。
大きな乳房は、四つん這いになっているせいで、更にその大きさを
ましていた。
伸ばした白い腕に、パースが掛かり彼女の巨大感を更に増長する。
大木のような指に摘み上げられるユタカくん。
ピンク色の健康的に輝く爪が、日の光に輝きまぶしいくらいだ。
彼は一気に40メートルの高さにまで持ち上げられていった。
さすがにカッコいい男だ。
目の前に摘み上げた彼をじっくりと眺め、弘美はそう思った。
伊達に「女喰い」を名乗ってはいない。
しかし、弘美はこのホストに罰を下す決心をしていた。
「今まで女の子をいっぱい食べてきたのよね、あなた。
今度は女の子に食べられちゃう番よ。」
なんと不気味な台詞か。
胸を指でつままれた彼は、必死にもがく。
何か言おうにも、苦しくて声が出せない。
無様なホストを見て、弘美は鼻で笑った。
「人間を食べちゃうなんて、私がしないと思ってるんでしょ?」
口元に彼を持ってきて弘美は言った。
ホストは、ピンク色に輝く巨大女性の唇を見つめた。
白い歯がちらりと見えた。
小さな唇・・・。そういいたいところだが、実際のサイズは
実に6メートル近い幅を持っている。
やわらかそうな唇も、近くで見ると何か巨大な生き物のようだ。
「うふ。君は女の子のおなかの中で、生きたままドロドロに溶かされちゃうんだぞ。」
可愛らしい声で、気味の悪い台詞が美しい唇から発せられた。
ホストは半狂乱になった。
命乞いすら出来ない。
ピンクの唇がO型に開いた。
白い歯が光る。やや赤みを帯びたピンクの舌が巨大海洋生物のように
動いていた。
透明な唾液が糸をひいている。
「助けてくださーい!」
潰れた声で、何とかそれだけ言うことが出来た。
しかし、次の瞬間。
彼は弘美の口の中に放り込まれた。
口を閉じる弘美。
舌で二、三度彼を転がし、唾液が溜まったときにゴクリッと
彼を飲み下してしまった。
白いおなかをさすり、満足げな笑みを浮かべる。
「バイバイ、ユタカくん。元気でね!」
おなかに向かってそう言った後、弘美は一人で笑い出した。
何かおかしくなってたまらなくなった弘美。
怪物となり、気ままに街を破壊し、とうとう人間まで食べてしまった自分。
「これで私、ほんとの怪物になっちゃたのよね・・・。」
一人つぶやく弘美は、隆一のマンションがある方角をぼんやりと見やった。
「やりすぎたかしら・・・。」
弘美は立ち上がると、彼女が大暴れした市街地を見渡した。
駅周辺は完全に瓦礫の山となっている。
無傷なのは、駅舎だけだ。
ブラジャーを拾い上げ、それを軽くはたきストラップに腕を通した。
ブラのカップの中に隠れていた数人の男が空中に放り投げられる。
絶叫が弘美にも聞こえたが、彼女はそれを気にすることもなかった。
乳房についた瓦礫のくずと、押し潰された人間の残骸を手で払い落とし、
ブラのカップに大きな乳房をしまう。
背中に手を回し、ホックをとめた。
お尻についた瓦礫をパンパンと払い、彼女は駅舎をまたいだ。
両足を広げ、駅を股の下に見下ろす弘美。
ほんの少し、躊躇したが彼女の右足は高く上げられ、
轟音とともに振り下ろされた。
鉄筋コンクリートつくりの駅舎は爆発するように崩れ散った。
ステンレス製の電車は数メートルも飛び上がり、脱線する。
更にサンダルで駅舎を二度三度と弘美は踏みつけた。
宣言どおり、弘美はこの街の建物をほとんど破壊しつくしてしまったのだ。
地響きを立て、瓦礫の中を歩き出す弘美。
生き残った人々が、瓦礫の中を逃げ惑う。
そんな人々を、目の隅で捕らえながらも弘美は足元を気にしない。
瓦礫とともに数十人の人々が弘美のサンダルに踏み潰されてゆく。
人々はただなす術もなく、この巨人の凄まじい破壊を見るしかなかった。
隆一は弘美の大暴れを一部始終マンションの屋上から眺めていた。
彼女が、わざと彼に見えるように街を破壊していることに
早くから気がついていた。
「あの女を止められるのは、俺しかいないのかも。」
そう思った隆一は、プラスチック製のモデルガンを片手に持ち、
マンションの屋上に上っていたのだ。
弘美は又、このマンションに戻ってくる、彼はそう考えた。
そして。
彼の予想は当たった。
巨人になった恋人を目の前にする恐怖は彼の想像を遥かに超えていたが。
地響きと振動。
弘美は、一直線で彼を目指して歩いてきた。
駅舎から彼のマンションまで2キロはあるのに、ほんの30秒ほどで
目の前に現れた。
それまで破壊を免れたアパートと、戸建住宅を粉々に蹴り壊し
仮設電線をちぎり飛ばしながら。
ずしん、と彼の目の前に弘美の脚が振り下ろされた。
変身をした時と同じように弘美はマンションをまたいで、彼を見下ろしているのだ。
隆一は聳え立つ弘美の脚を見上げた。
白く輝く弘美の脚。
絶妙なカーブを描くそれは、むっちりとした大腿部まで続き
大きなお尻をずっしりと支えている。
黒いパンツの補強部分の縫い目まではっきりと見える。
大きく突き出した巨大な乳房は、シンプルなブラジャーで覆われている。
乳房の山の頂から、弘美の顔が覗いていた。
隆一は脚を竦ませながらも、弘美を見上げている。
と、ブワっと風が隆一に吹きつけた。
柑橘系のコロンの香りをいっぱいにした風。
弘美は彼の前にしゃがみこんだのだ。
むっちりとした脚が、横に押し広げられ絶妙な白い肌のグラデーションを作る。
黒いサンダルのストラップが、いやらしく弘美の白い脚に食い込む。
大きな乳房は太ももの上に押し付けられ、苦しそうに横に広がった。
弘美の巨大な顔面がぐっと、近づく。
それでもマンションの屋上から数十メートル上空にあるのだ。
肌色の山のごとき肉体。
美しい巨人は、無言でこの小さな青年を見詰めていた。
「私、怪獣になっちゃたぞ・・・。」
弘美はそれだけ言った。
両腕で膝を抱え込み、顔を腕の中に半分うずめる。
怒りの混じった目。
黒い瞳は吸い込まれそうに美しい。
「街をメチャメチャに壊しちゃった・・・。
みんな隆一のせいだ・・・。」
声を低くし、ぼそぼそと喋る。
「弘美!」
隆一はリボルバーを取り出した。
ハンマーを上げ、それを彼の頭に突きつける。
ハッとして顔を上げる弘美。
「ダメー!」
弘美の絶叫がマンションを振るわせる。
音圧で隆一は後ろに転んでしまった。
弘美の手が伸びてきた。
隆一をそっとつまみあげる。
「なんで私を一人にするの!」
掌の上にちょこんと、隆一を座らせ涙を浮かべる弘美。
「私、大きくなっても街を壊さないようにする!
もう暴れたりしない!」
涙声だ。
彼女がこの街で何人殺してしまったか。
隆一は涙を浮かべる弘美の顔を見上げながらそう思った。
「私が人間じゃないのわかっている・・・。けど、この世界で生きていかないと・・・
私、居場所がないのよ・・・。」
隆一は耳を押さえた。
弘美の声が全身を揺さぶっている。
パチン、とちゃちな火薬のはじける音がした。
きょとんとする弘美。
「おもちゃだよ、これ。」
隆一は大声で叫んだ。
真っ赤な目をして、弘美は隆一をにらみつけた。
彼女を追い出そうと脅したピストルがおもちゃ。
弘美がやけになって大暴れしたその切掛けが、おもちゃのピストル。
怒りがこみ上げてきたが、隆一をこれ以上怖がらせてはいけないと思い、
睨み付けるだけにする。
「もう、小さくなれよ・・・。俺を下ろして。」
無言で動きを止める弘美に叫ぶ隆一。
こくん、と小さくうなずく弘美。
彼女は自分で体の大きさをコントロールできるのか。
そっと、地上に隆一は下ろされた。
今、弘美が小さくなったら殺されるかも。
そう思ったが、幸いこの周辺に人はいなかった。
皆逃げ散って、マンションの周囲は無人地帯となっている。
少数の警察官と自衛官が、彼女を遠巻きにしていた。
隆一が駐車場に下ろされると、同時に
フ、っと、巨大な弘美の体が消えてしまった。
唖然とする隆一の前に、弘美が現れた。
さっきと同じ薄茶のワンピース。
ピンクのカーディガンを羽織っている。
顔が涙で濡れていた。
隆一は弘美の手を取ると、急いでマンションの階段室に連れ込んだ。
警官が小さくなった彼女を狙撃するのでは、と思ったからだ。
無人のマンションの階段に、二人の足音が響いた。
部屋に戻った二人。
肩で息をする。
冷蔵庫からペットボトル入りのお茶を弘美に手渡すと、
隆一は同じものを取り出し一気に飲み干した。
リビングに座り込む弘美は、髪をなで続ける。
「ねえ、隆一、私・・・死んじゃったほうがいいのかしら?」
ポツリと、弘美が言う。
隆一は黙って彼女を見つめ、強く抱きしめた。
「痛いよ・・・。」
耳元に、熱い弘美の息がかかった。
柔らかな弘美の体。
隆一の分厚い胸板は弘美の大きな乳房を押し潰す。
くびれた腰に手をかけ、ワンピースをパンパンに張り詰めさせる
大きなお尻にそっと手を進める。
赤い目をして、隆一を見つめる弘美。
「エッチ・・・してくれるの・・・?」
彼は無言でワンピースのボタンをはずす。
ベージュ色のシンプルなブラジャーと、パンティー姿になり、されるままの弘美。
ついにそれすらも、剥ぎ取られる。
全裸の彼女は隆一を見つめる。
再び抱き合う二人。
「弘美、なるべく大きな声を出して。」
彼女の耳元で隆一はささやいた。
「え?」
まるで小ぶりのスイカのような大きさの乳房を揉みしだかれ、
弘美はその快感に贖いながら聞き返す。
ずぶずぶと、隆一の指が、弘美の柔らかな乳房にもぐるようだ。
熱く柔らかな弘美の胸。
(この胸で・・・風俗街を圧し壊したんだな。)
隆起した乳首を指で転がしながら彼はそう思った。
あえぎ声が漏れ始める。
立たせたままの状態で、隆一は弘美の全身を愛撫し始めた。
「このおなかの中には、ユタカ君がいるのかな?」
真っ白なおなかに舌を這わせ、つい言ってしまった。
「うん、明日になったらでてこれると思うよ・・・」
簡単に答える弘美。
隆一は少しむっとした。
人間を生きたまま食べてしまった行為を、なんとも思っていないのか。
だが、ここで彼女を責める訳にも行かない。
街を、人々を踏み潰して歩いた、白い脚をそっとなで続ける。
弘美の秘密の部分から、熱い液体があふれ始めた。
「・・・入れて、早く・・・。」
感じ方が今日は早い。ソファーベッドの上に弘美を押し倒し、
隆一はすばやく衣服を脱いだ。
「声を大きく!」
「うん、でも、今日はそういう気分なの?」
ディープキッスのあと、糸を引く唇をぬぐいながら弘美は言った。
そして、彼の注文どおりかなり大きな声を上げて
よがり始めたのだった。
ドーン、とマンションの鉄扉が蹴破られ、黒ずくめの武装警察官が
突入してきたのは弘美が二度目の絶頂を迎えたときだった。
9ミリ機関短銃MP5を構え、きびきびとした動作で、二人を取り囲む。
ケプラー製ヘルメットに、プロテクター。黒いボディーアーマーは
最新型だ。
9ミリ拳銃を構えた指揮官と思われる男があきれ返って言った。
「二千人近く殺しておいて、セックスなんかしてやがる!」
隆一と弘美は、驚いた様子もなくソファーベッドの上で
抱き合ったままだった。
弘美はその見事な全裸を隠そうともしなかったが、隆一の背中の後ろに
そっと隠れるようにしていた。
隆一を見つめ、大きな乳房を背中に押し付け両腕を彼の胸に回す。
「撃つなよ、今ここで弘美が巨人になったらみんな死ぬぞ!」
9ミリ自動拳銃をホルスターにしまう指揮官。
「その怪物を保護するのが我々の任務だ。暴徒化した住民からな。
尤も住民なんて、おおかた瓦礫の中で潰れているよ。」
吐き捨てるように指揮官が言った。
弘美は隆一だけを見つめ続ける。
「隆一、シャワー浴びたいんだけど・・・。」
耳元でささやく弘美を、少しあきれて隆一は見返した。
冷たい北風が吹きつける。
サッシガラスの向こうは葉を落とした木々が風に揺られ
枯れ枝をカシャカシャと鳴らしていた。
雪を戴いた富士山が目の前に迫るように見える。
隆一は色のあせた自衛隊OD作業着を着せられ、コンクリートつくりの
部屋の一室に座らせられていた。
スチール製の机が一つ。
椅子が2脚。
出された熱いコーヒーをすする。
「死者、行方不明者、判明した人数を知りたいですか?」
隆一の目の前に座ったダークスーツの男が言った。
「いいえ。知りたくありません。」
コーヒーカップを机に置き、隆一は毅然と言い返した。
SAT部隊に拘束され、ヘリコプターに乗せられた二人は、
北富士演習場付近と思われる自衛隊施設に連行されていた。
「そうですね。知らないほうがいいかもしれない。」
少し笑いながら言うスーツの男。
綺麗に頭髪が刈り込まれ、屈強な体つきをしている。
「彼女のことなら心配しないように。国が保護します。」
「会わせてくれるのですか?」
「ええ。彼女の希望ですし。私たちに協力的にしてくれれば。」
「弘美のやつ、どうしています?」
煙草を勧めるスーツの男。
「身体検査を終わって、今、巨人になってくれていますよ。」
百円ライターでセブンスターに火をつけ、男が続けた。
「巨大な姿でまた身体検査を受けています。彼女の謎に
少しでも近づければいいのですが。」
同じく煙草をふかす隆一。
「面白いものがありますよ。」
と、男はポケットからガラスのケースを取り出した。
蓋を開ける。
ピンセットでもなければ摘み上げられそうにない
二ミリにも満たない大きさの腕時計、携帯電話、
ライター。
「生きたまま弘美さんに飲み込まれたホストの持ち物です。
若い娘さんの胃袋は元気ですね。遺骨も見つかりませんでしたよ。
純金のライターと時計、これはカルティエですな。
プラスチック製品の携帯電話だけが出てきました。」
「便まで調べたのですか?」
隆一はあきれていった。
「当然です。彼女と一緒に伸び縮みする服や靴も不思議でしょう?」
男は続けた。
「しかし、生きたまま飲み込まれて、胃袋の中で溶かされる。
凄まじい苦痛だったでしょうね。」
隆一は下を向いてしまう。
「アメリカ政府も重大な関心を持っているんですよ。
巨大ヒーローの原産国に、本物の巨人が現れた。
共同研究を申し入れてきています。
ほら、在日米軍がいてもたってもいられずに、この駐屯地に来ていますよ。」
窓の外には、海兵隊のナンバーをつけた四輪駆動車が見えた。
「しかし、気転が利きますね。感心しました。」
スーツの男が笑い出した。
「街を破壊しつくした大女が、素っ裸でセックスしているとは。
そう、私たちもSATチームが激昂して勝手に発砲するのでは、と
ひやひやしていました。」
コーヒーサーバーからあいたカップにコーヒーを注ぎながら言う。
「無線にまで、彼女の声が入りましたよ。美しい女性だ。」
煙草を灰皿に押し付ける。
「彼女には罪を償ってもらわねばなりません。
あの人間を収穫に来る黒い巨人を倒せるのは彼女しかいませんしね。」
椅子を立ち、男は続ける。
「あなたには申し訳ないが、二人揃ってこの駐屯地に軟禁させてもらいます。
私たちにはわからないことばかりなのですから。」
安っぽい木製のドアが、パタン、と閉められた。
外来宿舎と看板が掲げられた鉄筋コンクリート製の隊舎。
「うわ。流し台は共同なのかしら。」
スエットの上下にエプロンをつけ、調理道具を持つ弘美が驚いていた。
「電子レンジ欲しいけど。」
「食事は自衛官と一緒のものだって。作る必要ないみたいだよ。」
ビニルタイル貼りの床に置かれたダブルベッドに布団を敷き、隆一が
弘美に向かって言った。
「前のマンションが良かったー。」
甘えた声を出す弘美。
エプロンを取り、スエットをぬぐ。
ブラジャーとパンティー姿になった。
「ほら、隆一見てよ。今日は戦車に撃たれたのよ。」
ベッドに飛び乗り、太ももの赤いあざを見せる弘美。
「そんなことされているの?」
「うん。音が大きくて怖かった。あんまり痛くなかったけど。
でもね、そのあと戦車を踏み壊しちゃった。
だって、壊せって言うんだもん。」
演習場につれてきた意味がわかった。
「それでそのあと身体検査。毎日毎日よ。やんなっちゃう。」
布団を被り、顔だけ出す弘美。
隆一は彼女を抱きしめた。
彼女は何物だろう。
真っ白な弘美の体を抱く腕を強くし、隆一は考えた。
彼の胸に顔を押し付ける弘美。
彼女の息が胸にかかる。
そっと栗色の髪をなでる。
(いつか、彼女の謎が解けて、人間があの黒い巨人を駆逐できるようになったら・・・。)
きょろ、っと目玉だけをうごかし、隆一を見上げる弘美。
(弘美はどうなっちゃうんだろう。)
「なーに、何考えているの?」
「ううん。綺麗な髪、って思っていただけ。」
布団で顔を隠し、目だけを出す弘美がくすくすと笑った。
街を一つ消し去った女。
そんな女を愛してしまった自分。
身長180メートルにまで巨大化する女を、この世界で「守って」やれるのは
自分ひとりだ。
そう、守ってやらないと・・・彼女は一人ぼっちだ。
「猛獣使い・・・か。」
隆一はつぶやく。
胸元の弘美を見下ろすと、スースーと寝息を立てていた。
この先二人がどうなるか判らない。
いつか、二人揃って「処分」されるかも知れぬ。
彼女が犯した罪は許されるものではないだろう。
(少なくとも、彼女は異次元からの侵略者を退治してくれた。
これからも黒い巨人を倒し続ければ・・・。罪滅ぼしになる。
いや、そうする他に俺たちの生きる術はない・・・。)
消灯ラッパが駐屯地内に響いた。
ラジエターがキンキンと、音を立てている。
駐屯地の常夜灯が白く隊舎を照らす。
暖かく柔らかな弘美の体。
強く抱きしめる隆一の腕。
抱きしめたその腕を放すと、また彼女が巨獣に変わってしまう気がした。
隆一はいつまでも彼女を抱き続けたのであった。
完