《 ヒット商品の秘密 》
文章 しゅりりんさん
コラージュ みどうれい
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第一章
ここはとある中堅商社の健康食品部門の研究所。日野静音(ひのしおん)は派遣社員として半年前からここで働いてた。彼女は大学を卒業したものの、なかなか納得のいくような就職先が決まらず、24歳になった今も派遣社員をしながらワンルームマンションで一人暮らしをしていた。
彼女は総務部に所属していたが、仕事の内容は「雑用」そのものだった。特定の仕事と言うよりは、研究用の資材の調達から給与計算の手伝いまで、便利屋みたいなことをやらされていた。おとなしい性格で手先も器用であったことから、色々な部署で重宝されていたのだった。
彼女は一仕事終わると、総務部のある建物とは別にある実験棟に向かっていた。この会社では健康食品の開発がさかんに行われていて、今まで数多くのヒット商品を生み出してきた。その開発の現場がこの実験棟なのである。
仕事が終わったら来るようにと第三研究室の室長から呼ばれていたのだった。室長の名前は立花美緒(たちばなみお)。有名な国立大の農学部でバイオテクノロジーを研究し、大学を主席で卒業し、この会社に就職していた。30歳の若さで室長を任せられた才女だった。地方の短大出身の静音にとってはあこがれの存在だった。
立花室長から呼ばれたのはこれが初めてではなかった。今までも何回も呼ばれ、色々な雑用を頼まれていた。2週間前も、開発中の健康食品を試すためにその実験台となる人間を連れてくるように頼まれた。どのような効能がある健康食品かは聞かされていなかった。ただ、何せ人体に対する安全性が保証されていないものを試すのであるから、その人選には苦労した。考えた末に静音が目をつけたのは秋葉原のネットカフェ難民だった。早速夜の秋葉原の裏通りに行くと、店頭のゴミを漁る男性を見つけた。ゴミとして出された古いフィギュアや、コレクターが喜びそうなグッズを拾い集め、それを売って生活していたのだった。彼がネットカフェに入ろうとしたところをスカウトした。
彼は喜んで実験台のバイトを引き受けてくれた。彼の名前は吉村仁史(よしむらひとし)。高校を卒業後に東京に出てきたが、定職につかずに親からの仕送りも止められ、27歳になった今も秋葉原のネットカフェに住み着き、その日暮らしをしていた。貯金もなく、いつも腹を空かしていた彼にとって、この実験台のバイトは目が眩むほどの報酬だった。生命の関わることがあっても会社側に法的責任を問わない誓約書にも快くサインをしてくれた。
静音は吉村を自分の車に乗せ、早速第三研究室に向かった。彼は静音より年上であったが、身長は160cmもないくらいの小柄で、顔も年の割には幼さを残す童顔の持ち主だった。静音から見ると仕草もおどおどしたような素振りで、何となく可愛らしく見えた。仕事とはいえ、そんな彼を実験台として送り届けることに少しだけ後ろめたさを感じていた。
そんな2週間前のことを思い出しながら薄暗い廊下を歩いていると、やがて第三研究室の室長室の前に着いた。
第二章
「立花室長、日野です」
彼女は室長の室のドアを軽くノックした。
「あっ、お疲れさん…入っていいわよ」
「失礼します」
ドアを開けると、部屋の奥に立花が立っていた。
「日野さん、早速だけどお願いがあるの。そこのソファに座ってちょっと待っててね」
静音は入り口近くにある古びたソファに座ると、部屋を見回してみた。本棚にはたくさんの専門書が並べられており、床にもたくさんの本や書類が幾重にも積み上げられていた。すべて立花の研究に関連したものだと想像できたが、静音には一生読まないような難しそうな本ばかりだった。
しばらくすると、立花が部屋の奥から白いプラスチック製の小さな箱を持ってきた。立花は少し困った表情を浮かべながら話し始めた。
「ねぇ、日野さん。あなたを見込んでちょっとお願いがあるの。この前、実験台になってくれる人を連れてきてくれたわよね」
「はい、たしか吉村さん…って名前でしたよね?」
「そう、その吉村さんなんだけど…」
「吉村さんがどうかしたんですか?」
「うん…。あの実験で使った健康食品は、実は短期間で痩せる作用が期待された成分が入ったものだったの」
「へぇ、それはすごいですね。製品化されたらきっと大ヒットですよ。私も使ってみたいです」
「それは無理だわ。この成分は男性にしかないホルモンに作用するものなのよ」
「そうですか…男性にしか効果が出ないのですね。それは残念ですねぇ。で、吉村さんは痩せたのですか?」
「それが…」
「どうしたんですか?室長、顔色がお悪いですよ」
「日野さん、驚かないでね。これは私と日野さんだけの秘密よ」
立花は例の白いプラスチック製の箱をテーブルの上に置くと、中からティッシュペーパーに包まれた何か小さなもの取り出してテーブルの上にそっと置いた。
「日野さん、ちょっと中を見て」
立花に言われるがままに静音はそれを手に取ってみた。小さなお菓子でも入っているのだろうか、重さもほとんど感じない。手のひらの上に置くと、そっとティッシュペーパーを開いてみた。
「これは人形…ですか?かわいい…」
ガーゼの中には、ほんの2cm程度の「小さな物」が横たわっていた。人間のような形をしていた。
「それは人形ではないわ。人間よ。ついこの前まで私たちの同じ大きさだった…」
「えっ…!に、人間?」
静音は信じられない様子で立花の顔を見ていた。立花は黙って小さく頷いた。その小さな人間は腰にガーゼの切れ端が巻かれただけの裸の状態だった。指先で触ると柔らかく、体温を感じた。死んではいないようだったが、眠っているのかピクリとも動かなかった。
静音は驚きのあまりしばらく声を出すことも出来なくなっていた。顔を近づけてみるとあることに気づいた。
「も、もしかして、これって吉村…さん…」
見覚えのある顔だった。彼女が秋葉原からつれてきた男性…そう、吉村仁史であった。元々小柄で彼女より背が低かったが、今、彼女の手の小指よりずっと小さい姿となって手のひらの上に乗っているのだ。静音は自分の手が小刻みに震えているのがわかったが、止めることができなかった。
「そうよ。この前あなたに連れてきてもらった人よ。例の健康食品を試すために食べてもらったんだけど、2時間くらい経ってから、急に体が小さくなり始めちゃったの。6時間くらいで縮小は止まったわ。だけど、見ての通り小さなこびとになってしまったの」
「どうしてこんな姿に…かわいそう…」
「残念だけど、きっと副作用だと思うの」
「副作用?例の健康食品の?でもこれってやばくないですか?外部に漏れたら大変な騒ぎになるような気がしますが…」
「そうなのよ。一応命にかかわることが起こってもいいように誓約書にはサインしてもらってるから法的な問題はクリアしてると思うけど、もしマスコミなんかに知れたらやっかいなことになるわね」
「立花室長、これからどうするんですか?」
「うん、今日来てもらったのはそこなの。実は日野さんに手伝ってもらいたいことがあるの」
立花は両手を顔の前で合わせて拝むように日野に頭を下げた。
「立花室長のためならもちろん手伝いますけど…私、どうしたらいいんですか?」
「ありがとう、日野さん。もしよかったら吉村さんをしばらく預かってほしいの」
「私が…ですか?」
「そうよ。今、私は吉村さんが元の体に戻れる薬を作るため、急いで研究をしているの。だけど、吉村さんをこのまま研究室に置いていたらいずれは誰かに見つかってしまうわ。幸い、この件を知っているのは私とあなただけ。だから、元に戻る方法が見つかるまで、あなたに吉村さんを預かっていてほしいの」
「わ、わかりました。でも私で大丈夫でしょうか。吉村さん、ずっと動かないようですけど…」
「大丈夫よ。今は熟睡しているけど、普段はちゃんと起きているのよ。ただし、吉村さんは記憶がなくなってしまったみたい。自分の名前や年齢はもちろん、自分が人間だってこともわかってないの。話すこともできないのよ」
「それってどういうことですか?」
「どうも体が縮小して脳の機能が低下しているみたいなの。体を動かす運動機能や痛みを感じる感覚機能は正常だけど、思考や記憶、そして感情などの回路だけが止まっているのね。きっと自分が私たちと同じ人間だってこともわかっていないと思うわ。これは小さくなって激変した環境で生きていくための自然の反応かもね。まぁ、その方がこっちとしては好都合だけど…。だって本人が怒って逃げ出したり他の人に連絡しようとしたら面倒でしょう?もちろん元の大きさに戻ったら脳の機能も元に戻るでしょうけどね」
「…でもそれでは吉村さんとコミュニケーションが取れないですよね」
「うん、それは私も心配したわ。でも実際に世話してみると別に不自由はしないわ。つまり、その何ていうか、まるでペットの小動物みたいなの。手に乗せると無邪気に手のひらの上で遊ぶし、床に置くと私の足の指にじゃれてくるのよ。だって彼から見た私達って、とんでもない大きさでしょう?だから小動物が身を守るための自然に順応しているみたい。巨大な人間にかわいがられることが生き延びるために最善の選択だもの。だから、日野さんも人間の世話をするというよりも、小動物を飼うような感覚で接した方がうまくいくわ」
「そうですか。ちょっと安心しました。なんだか本当に小さなペットみたいですねぇ。これなら私にも飼えそう…じゃなかったお世話できそうですね」
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