試運転(第二 ・ 三章)

                     作 だんごろう


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第二章:男・・・・

男は、駅で女を物色していた。
工事現場の車を使って、駅まできて、車の中から獲物を探していた。

もう、5年も女の身体に触れていなかった。
男にとって、既に女は憧れの対象ではなく、求めても逃げてしまう、憎むべき対象に変わっていた。

「ちきしょう、やりてぇな」

男は前科者だった。
初めての傷害罪は、19歳の時だった。
スナックの中年のママを殴ってしまったのだ。

若くて身体がでかい男に興味を持ったママは、男を巧みに誘った。
精力がありあまっている男は、ママの下心に乗って、そのスナックで酒を飲んだ。

ママの言われるままに酒を飲み、潰れてしまった男を、ママは介抱する振りをして、奥の座敷につれていった。男は、ふらつく足で座敷に上がり込み、そのまま大の字に寝てしまった。

ママは舌なめずりをしながら、寝ている男のズポンを脱がして、パンツを降ろした。だが、そこには、ママの期待したものとまったく違う、がっかりするような小さな男根があった。それでも、しゃぶってみれば、大きく勃起するのかと思い、髪の毛を乱しながらしゃぶってみた。
男は、うんうんと唸り、勃起し始める。
だが、勃起したものでさえ、長さは、10センチはおろか、精々7センチぐらいしかなかった。太さも、大き目の指ぐらい。
「何これ?小学生だって、もう少し大きいよ。役立たず!」

となれば、精々、この男に、オマンコを舐めさせるぐらいしか用はなかった。
うんうん唸っている男の顔の上に、ママはパンティを降ろして、跨った。
「チビチンコ、役立たず、ばか、アホ」と言いながら、股間を男の顔に擦り付けた。
男が酔い潰れていることを良いことに、男の鼻をマンコの中に入れたり、尻の穴で男の唇を塞いだりして、憂さを晴らしていた。

やがて、ママの股間の下で、男が「うっうっ」と唸り、目を開けた。
ママは、股間から見上げている男に、「チビチンコ。役立たず。精々オマンコを舐めるぐらいしかできないんだから、とっとと舌をだしな」と蔑んだ。

男は、初め、自分の状況が分からなかったが、鼻がマンコで塞がれ、尻の穴が口を擦っていることに気付いた。おまけに、自分に向かって、「チビチンコ、役立たず」と蔑んでいた。
カァーと、頭に血が登った。そのまま、顔に乗っているママを跳ね飛ばし、何回も何回も蹴りを入れた。
ママの悲鳴に気付いた近所の人が、すぐさま、110番通報をしたため、男はそこで逮捕された。ママは死ぬことはなかったが、肝臓破裂を引き起こし、男は傷害罪で刑務所に行くことになった。

未成年だったこともあり、刑務所にいる期間は短く、1年で社会に復帰できた。
刑務所での暮らしは辛かった。だが、男にも夢はあり、ここを出たら、元の通りにその夢に向かってがんばれると思っていた。だから、その辛さにも耐えていた。

出所後の生活は一変する。
現実は過酷だった。傷害事件をおこしたことで、夢は閉ざされてしまった。

生活が荒れた。
夢がなくなり、何をやってもだめになった。
喧嘩をし、傷害罪をおこし、また、刑務所へと逆戻り。それが何回も繰り返される。
親からも勘当され、ようやく、日雇いで食いつないでいるあり様。

だが、女の身体が恋しい。
女を求めて、血が滾る。

日雇いでは、女を買う金も十分ではない。
また、たとえ、女を買っても、その女から男根の小ささを笑われる。

自分の欲望のはけ口が見つからなかった。
荒涼とした心の中で、欲望が終わりのない渦を巻いていた。

「ちきしょう、やりてぇ。ちきしょう、ちきしょう、やりてぇ、やりてぇよぉ」
男はズボンの上から、男根をしごく。

男は、数ヶ月前から、近くのダム工事作業に雇われていた。
そこに、飯場があり、何人もの男たちが生活をしている。夜、男は、他の男達に背を向けて、汚い布団に入る。
だが、身体は疲れているのに寝ることができない。その疲れが男根を勃起させ、女の柔らかい身体で頭の中がいっぱいになる。
男は、車できれいな女とデートをして、ホテルを行くことを想像する、
ホテルで、小さな男根を笑わない優しい女と、長々としたセックスをすることを思いながら、息を殺して千摺りをする。

だが、やはり、本物の女とセックスがしたい。
毎夜、毎夜、他の男達に背を向けての千摺りだけでは虚しくなる。
女を求めるあまり、車があれば女を引っ掛けられる。それでセックスができると思い込み始める。

そして、深夜、全員が寝付いた頃、工事現場のライトバンをこっそりと借りて、外を歩く女を物色するようになっていった。

もう、何回も車を借りた。だが、一回も成功していなかった。
深夜である、外を歩く女は滅多にいなかった。
たまにいても、「よお、車に乗らねぇか」と、女に声をかけると、無視されるか、走って逃げられるかのどちらかだった。

そして、先日、車を黙って借りていたことがばれた。
小便に起きた現場監督が車にないことに気付き、大騒ぎになり、その場に車で帰ってきた男はこっ酷く叱られた。二度とこんなことをしたら、首だと言われた。
車のキーは、鍵の掛かるキャビネットにしまわれることになった。

だが、今晩、布団の中で、女の身体を想像し男根を握っていたら、我慢できないほど血が滾ってきた。
明かりに誘われる虫のようにふらふらと立ち上がり、キャビネットを壊して、女を求めて車で出かけてしまった。
男にも分かっている。これで、飯場に帰れば、即座に首になる。
明日からは、車に触ることもできない日雇いの生活に戻る。

“今日が、今日が、最後なのだ”
“何としても、女とやるんだ”
駅のロータリーに車を止めて、どうにかなりそうな女を捜している。

車は工事現場で使っている白いライトバン。荷室には、太さ7〜8センチの先の尖った木の杭が束ねてある。
後席には、長さが30センチ近くあるアーミーナイフが無造作に置かれている。
そのナイフは、女を驚かせて、言うことを聞かせるために持ってきた。

“女だ!”
車の傍らを、舞が歩いていった。
小柄で、可愛らしい。胸が大きくワンピースを持ち上げている。

男の心臓が高鳴った。
“おっぱいがでけぇ。俺の好みだ”
“何としても、ものにしてぇ”

女は小柄だし、言うことを素直に聞きそうにみえた。
男は、この女しかいないと思えた。

既に、男は、駅の周りを走って回り、人家がなく、女を勾引そうな場所を見ておいた。
そして、女は、お誂え向きに、その場所に向かって歩いていく。
男は、緊張で引きつったような笑いを浮かべると、車のエンジンをかけ、先回りするために車を発進させた。

舞は、人家が少なく、畑が続く道を歩いていた。
あまり通りたくない道。でも、他に道はなかった。
正直、怖い。
バッグから、ケータイを取り出して、家族に電話をしたくなる。

ポツポツとある街灯の下に、一台の車が止まっていた。
車の持ち主らしい人が、しゃがみこんでタイヤを見ていた。
身体が大きな男の人だった。

舞は、怖さのあまり、足が止まった。
でも、車がパンクをして困っているのかもと思えた。
ケータイを持っていないのなら、貸してあげようとも思った。
人を無闇に怖がってはいけないと自分に言い聞かせて、近づいていった。

そばに寄ってから、声を掛けてみる。
「あのぉ、ケータイ・・」
舞の言葉が終わらない内に、いきなり、男は立ち上がった。
そして、その男の拳が唸りながら、自分の顔に近づいてくるのが見え、次の瞬間には、身体が宙に浮くのを感じながら気を失っていた。


舞は、体を弄られる感覚で意識を取り戻した。
助手席に座らされ、口の中にもタオルみたいなものを詰められガムテープでふさがれていた。
両手も、手首の部分で、ガムテープが何重にも巻かれて、動かすことができなかった。
言葉を出そうしても、「うう」とくぐもった声が出るだけだった。

運転をしていた男は、やっと、うまく女を車に引き込めたと思っていた。
道で、女から先に話しかけられ、咄嗟に殴ってしまったが、結果的にそれがうまくいった。
小柄だが、胸も大きそうで、可愛い女だった。
車の中に引き込んだ時、触れた体が柔らかく、とても良い匂いがした。

男は、運転をしながら、チラチラと女を見ていた。
ワンピースのスカートがめくれ上がり、若干細めだが、パンティストッキングに包まれた形の良い太ももが露になっていた。
そこに手を伸ばした。
何年もご無沙汰している内腿の感触。
スカートをめくり上げた。パンティストッキング越しに、ピンク色のパンティが見える。
“ごくっ”と、思わず生唾を飲む。

「たまらねぇ」
そこを指で何回も擦った。

女が目を開けたことに気づいた。
だが、身体を固くして身動きもしない。

連れ込む場所は、工事現場近くの林道から少し離れたところ。
昼の仕事の時に、ここに女を連れ込んだら良いなと思っていた場所だった。
まだ、まだ、走らなければならない。

男は、ズボンのチャックを開けて、自分の男根を外に出した。
助手席の女に手を伸ばすと、ワンピースの前側から、胸の中に手を差し入れた。
「おめえ、オッパイでけぇな」
このオッパイにさわりながら、自分の男根をしごきたかった。
だが、運転を続けながら、それをすることは無理だった。
オッパイを触って、次に男根をしごいて、また、オッパイを・・・・。
男はイラつき始めた。

女は成すがままで、その場で身を固くしている。
男は、女が自分の思い通りになることが嬉しかった。
そして、“この女には何もしても構わねぇ”と思うようになっていった。

片手でハンドルを握りながら、気分がイラついてくる。
もっと、女を、自分の思い通りにさせてたくなる。
「ちきしょう」と、女の顔を殴る。

男は、女のガムテープで止めてある両手を見る。
ピンク色のマニキュアがされているきれいな手だった。
“そうだ、この女にチンコをいじらせりゃ良いんだ”と、醜く口元がゆがめた。

ナイフを女の目の前でチラつかせる。
「おめえ、このナイフが怖ぇか?これでグサッとさしたら、骨まで切れちまうぜ」

女は、恐怖のあまり、涙を流し始めた。
だが、その涙も、既に興奮状態にある男の苛虐性をより増すだけだった。
「へへへ、今、ガムテープを取ってやるから、手を出しな」
女は逆らえば殴られると思い、くぐもった嗚咽を出しながら、手を前に出した。
男は、運転をしながら、その手に巻いてあったガムテープをナイフで切り開いた。

そして、女に命じた。
「俺のチンコをしごけ」
すぐ、言うことを聞くように、その顔を殴った。

女の手が、その標準よりも小さい男根に伸びてくる。
そして、指先で上下にしごき始めた。

男の左手は、女の胸を鷲?みにし、右手だけで運転をしている。男根は、女にしごかせている。
男はうっとりとしてくる。
“それに、この女は、俺のチンコを小さいと言わねぁ。まあ、口の中に詰め込んでいるから、喋れねぇし、あたりめぇか”と、大きな声で笑った。
その笑い声で、女はビクッとする。

山道に入った。さすがに、片手では運転できなくなる。
“しょうがねぇ、この後のお楽しみのために、今は我慢だ“
マニュアルの操作も頻繁になってくる。
女の手も、じゃまになり、一発殴ってから、「そのまま、座ってろ」と命じた。

自分の悪さが、たまらなくかっこ良く思えてくる。
“やっぱ、この女には、何をしたって構わねぇ”

女が助手席で小さく座っている。
泣いているのか、くぐもった小さな声が出る。
男は、「泣くな」と、また、その顔を殴る。

女は、泣くのを我慢しているが、それでも、時々キ噎上げる。
その度に、男は殴る。

男は女を殴る度に興奮が高まり、身体中の血がチンコに集まってくる気がしてきた。
“おお、でっかくなったかぁ!?”
一瞬喜んで、運転しながら、チンコに触ってみたが、相変わらすに自分の指と同じ大きさしかなかった。
喜んだ分、腹が立つ。「ちきしょう!」と、横の女の顔を殴って、憂さを晴らす。

ずいぶん、山の中に入った。
目的の場所に着き、林道に車を止めて、車にあった懐中電灯付きのヘルメットを被ると、ナイフを片手に、車から降りて、助手席から女を引きずり出した。

女の手を引いて、山の中を歩いた。
真の闇の世界。懐中電灯の光が、丸く、狭い範囲を照らし出している。
その光りが、手ごろな木を、闇から浮かび上がらせた。

女の背中をその木に当てさせ、腕をその木の後ろに回して、両手をガムテープでぐるぐる巻きにした。

女が、標本箱の中にピンで止められている虫のように、そこにいる。
男の気持ちが高まってくる。極度の興奮で、涎がだらだらと垂れる。
「げへへへへ」喉の奥を鳴らすような笑いが出てくる。

ナイフで、女の服を裂いていく。
ワンピースがぼろくずになり、女の足元に広がる。
ブラジャーの前側から、ナイフを胸の谷間に差し入れ、ブラジャーを切り裂く。
ブラジャーがはらりと落ち、ヘルメットの明かりの中に、撓な胸が顕わになる。

「おお、やっぱ、でけぇ!でけぇ!」
男は、ナイフを口で咥えると、両手で、その胸を揉む。
ナイフを噛んだまま、くぐもった声で話す。
「やっぱよぉ、おまえ、オッパイでけぇよぉ。最高だぁ!」
片手はオッパイを揉んだまま、片手で自分のチンコをしごく。
「おっ、おっ、おっ、おっ、最高だぁ!」

パンティに手を伸ばす。
女は、足を交差させて嫌がる。
男は、その顔を殴る。
ちょっと、強くなぐりすぎたようで、女がまた気を失った。
身体が木に沿って、滑り落ちる。
無意識にしゃがんだ格好に女はなっている。

男は、女の足を見る。
既に、ハイヒールを片方しか履いていない。
ここに来る途中で脱げたようだ。

にたにた笑いながら、パンティストッキングに手を掛け、びりびりと裂いていく。
懐中電動の光りの中に、ピンク色のパンティがすっかり顕わになる。
「へへ、ピンクの可愛いパンツだ」
パンティの股間部分の複雑な起伏を指でなぞる。
男はその指が濡れていることに気付く。
「この女、しょんべん漏らしやがった」と、その指をシュポと音を立ててしゃぶる。

「いよいよ、この女のあそこを拝めるってわけかぁ」
ナイフでパンティの両側を切り裂き、取り払う。
そのまま、女の足を前に引きずり、足を広げ、その足の間で腹ばいになる。

懐中電灯の光は、小水で濡れている股間をあからさまにする。
「へへ、おまんこだ。久しぶりのおまんこだ」
と、舌を伸ばして、ぴちゃぴちゃと、女の股間を舐め始める。
興奮し、感激のあまり涙まで流し、「うまい。うまいよぉ」と舐めていく。

膣の中に舌を伸ばす。より興奮してくる。
堪らず、舐めながら、チンコをしごき始める。

そして、男は獣のような声を出した。
直後、チンコから勢い良く白濁液が飛び出る。

一旦、力がなくなった男根だが、男の前に、憧れの女の裸がある。
指で、その胸を、陰部を、なぞる。小さな男根が、小さいながらも首を持ち上げてくる。

女の声が聞きたくなった。
そのまま、力任せに、ガムテープを剥がす。
痛みで、女が意識を取り戻した。
「た、助けて」
男は、「喋るな」と、また、その顔を殴った。

喋れないように、女の口にナイフを差し入れた。
その目から、涙がぼろぼろと落ちていた。
「ちきしょう。たまらねぇなぁ」
その口の中にチンコを入れたくなってくる。チンコがそれを期待して、より鎌首を持ち上げている。

“彩先輩、彩先輩・・・助けて・・・”



第三章:舞ちゃん・・・

舞は、翌日の早朝に発見された。
地元の林業関係者が林道を車で走っていた時、木々の間に、薄桃色のワンピースが見えた。山の中で迷っている人かなと思い、車を降りてその場所に近づいてみる。

息が止まった。辺りが血だらけだった。
初め、そこにあった赤黒いぼろ布みたいなものが、人間、まして、女性とは思えなかった。だが、その赤黒いものから、微かに呻き声が聞こえた。
発見した林業関係者は、驚いて、すぐさま、ケータイから110番に通報した。

そして、舞は、緊急病院に運ばれた。
両胸は鋭利な刃物で抉り取られ、膣と肛門には、先端が尖った杭が打ち込まれていた。
すぐさま、外傷の具合が検査され、緊急手術が始まる。

また、一斉に山狩りが行われ、近くから、舞のバッグが発見される。
バッグに入っていた財布からは現金が抜き取れていたが、学生証があり、身元が判明される。

その身元の確認のために、舞の家族に連絡が行く。
昨夜、帰らなかった娘が心配だった母がその電話を受けた。
電話は警察からで、舞らしい女性が事故に合い、現在手術中であることを聞かされた。

母は驚く。
外泊することを連絡しないような娘ではない。昨夜から、心配し、嫌な想像もしていた。
それが当たってしまったのだ。
身体の力が抜けてきた。そのままソファーの上に倒れそうだったが、それでも、父と長男のケータイに、舞の異変を知らせた。

母が、家族の中で一番先に、病院に到着する。
刑事が待っていて、舞のバッグと、ズタズタにされている洋服を見せられる。
娘の物だった。母の気力が一気に抜ける。横の長いすに座り込み、刑事から顔を背け、腑抜けたよう首を縦に振った。
そして、刑事からの話で、娘は、男によって暴行を受けたことを知る。

家族が集まってくる。
長男が来て、最後に舞の父が来た。

家族には、舞の容態が分からない。
看護婦に聞いてみても、「今、手術中ですから、終わってから先生が説明します」しか言わない。手術室の前で、何も言わず、家族は待ち続ける。

家族は、舞に暴行を加えた男を憎む。
ただ、それと同時に、舞がその事故に巻きこまれないで済んだ、“もしも”があったことを考え始める。
そして、それは、家族の心を苦しめ始める。

兄は思う。
“もしも、俺が、車で迎えにやってやれば、舞は助かったんだ。舞が最終電車で帰ってきそうなことは分かっていたのに、何故、行ってやらなかったんだ。俺が迎えに行っていれば・・・、俺が・・・“

母は悔やむ。
“やはり、迎えに行くべきだった。舞ちゃんを甘やかして育ててしまったと思い、厳しくしなけりゃと、迎えに行かなかった。もしも、私が舞ちゃんを迎えに行っていれば・・・。私が悪かった。私が・・”

父は後悔する。
“昨日の帰りは遅く、終電の一本前の電車だった。駅に着いて家に電話した時に、舞がまだ帰っていないと聞いたのに、何で、駅で舞を待ってやらなかったんだろう。もしも、30分も待っていれば、舞と一緒に帰れたのに。何で待ってやらなかったんだ。何で・・・”

家族全員が、その後悔の堂々巡りに陥っている。
それは、決して、救われることがない後悔であり、今後、舞のことを考えると、心の隅からその思いが浮き上がり、自責の念に囚われていく。

やがて、手術室から、何も言わない舞が移動ベッドに乗って出てくる。
昨日の朝は元気に「行ってきます」と学校に行った舞が、変わり果てた姿になっていた。
母が泣き崩れる。父と長男が下を向いて涙を堪える。

舞のベッドは、そのまま、集中治療室に入れられる。
家族は、集中治療室の外から、舞を見るだけ。
舞の顔にも包帯が巻かれている。そして、ベッドの上の舞がとても小さく見える。

手術の担当医から、家族が呼ばれる。
父と母が、不安交じりに担当医が待っている部屋に入る。

担当医から、病院に運び込まれた状況や、舞の身体がどうなっていたかを事細かに説明される。また、手術で摘出した内臓の説明をされる。
子宮から始まって、良く耳にする内蔵が続く。

両親とも、気持ちが底なし沼に落ち込んでいった。
部屋全体が急に暗くなり、説明をする医者の声がひどく遠い所から聞こえていた。
そして、母が気を失った。

担当医と父は、母を横のベッドに寝かせる。

父は、家族の最後の希望を託し、医者に質問をする。
「舞は、治るんですよね」。

だが、医者は、沈うつな声で話す。
「我々も努力しました。でも、あまりにも酷い傷害を受けて・・・」。

父は、医者のその言葉で諦めることはできなかった。
「でも、治ることもあるんですよね」

医者は、暫く何も言わなかった。やがて、出た言葉は、「申し訳ありません・・・・」だった。

父は、言葉を無くした。
部屋は静寂に包み込まれる。壁に掛かる時計から、チッチッチと、時を刻む音がしていた。

その静寂の中で、父が、ボソッと小さな声を出した。
「ま、舞は、後、どのくらい生きられるのですか」

医者は、父から目を逸らせて、カルテを見ながら話す。
「もって、一週間・・・でしょう」

家族にとっての“小さな舞ちゃん”は、家族の手の届かない所に行こうとしていた。

家族は何もすることができない。
ただ、舞の側にいるだけだった。

急を聞いた親戚が集まってくる。
そして、舞の不幸をいっしょに嘆く。
不安な家族にしてみれば、親戚がいっしょにいてくれるのがありがたかった。
特に、舞を大事に育ててきた母には、横に自分の姉妹がいてくれることが心強かったようだ。
だが、彼等には、明日もいつも通りに家族がいて、その家族の仕事や学校がある。
深夜を過ぎれば、帰宅する必要がある。父が、丁重に申し出て帰ってもらうようにしていた。

そして、また、舞のそばにいるのは、家族だけになる。

空が明るくなる。
段々と、家族が座るソファーの前を通る人々が多くなる。
片隅で、父が会社に電話をかけて、暫く出社できないことを話している。
また、家族にとって、心苦しい一日が始まる。

舞は意識をまったく取り戻さなかった。
家族は奇跡を期待し、舞に話しかける。
「舞ちゃん、目を開けて」
だが、何の反応もなかった。

長男が、舞が中等部に入ったばかりの頃に、良く話していた“彩先輩”のことを思い出した。
当時、舞が話す学校のことは、彩先輩のことばかりで、大きな瞳をくるくる動かしながら、とても自慢げに話していた。
「お兄ちゃん、高等部に彩先輩って言う人がいるんだよ。水泳の選手で、頭が良くて、きれいで、背が高くて、優しくて・・・・・、舞、あんなお姉ちゃんがいたら良いなぁ」

家族は、舞が好きな彩先輩が、舞に声を掛けてくれれば、意識が戻るかもと、その僅かな望みを期待し、彩に連絡を取ることにする。

舞のケータイは、警察から届けられていたバッグに入っていた。
長男は、そのケータイを手に取り、登録されている電話番号を調べる。
だが、その中に「彩」の名前はなかった。
長男は思う。”絶対にあるはずだ”

もう一度、登録されている名前を見ていく。
そして、“舞のお姉ちゃん”を見つけ出した。
当時の妹の言葉を思い出す。”舞、あんなお姉ちゃんいたら良いなぁ”
長男は、舞のケータイを使って、“舞のお姉ちゃん”に電話をかける。

彩は、自室のベッドの上で、ケータイが鳴っているのに気付く。
ぼんやりと、時計の針を見る。午前10時。
彩にとっては、まだ、朝早い時間。
ケータイを見ると、舞からだった。

“舞ちゃん?どうしたの?”
舞はメールをしてくることはあるが、電話をすることがなかった。
それは、舞が中等部からずっと同じだった。
だから、舞の電話に驚いた。
何か、緊急の連絡があると思い、すぐさま電話に出た。
だが、電話の向こうは、男性の声。
“えっ?”と思うが、直ぐに舞の兄と名乗った。

そして、彩は、舞におこったことを知る。
彩も驚く。慌てる。
病院名と場所を聞いて、電話を切る。
ベッドから飛び起きて、リビングルームに行くと、彼がいる。
「ポチ、駅まで送って」

何か、彩の様子がおかしいことに彼も気付く。
「どうかしたのか?」

「いいから、早くして」
彩は、足早に着替えのためにリビングルームから出ていく。
それから、彼らが車に乗り込むまで、3分も掛かっていない。

彩は、病院に向かう電車の中で、舞のことを考える。
初めて、舞ちゃんに会ったのは、高等部2年の時。
その時の舞ちゃんは、中等部の一年生の小さな女の子。

校則通りにきっちりと切り揃えられた髪の毛。
ちいさな身体には、大きすぎるセーラー服。
両手の重たいバッグでふらつく足。
ほっそりとした指。小さく、暖かい手。
くるくる動く大きな瞳。

二人の他愛もない会話も思い出す。
「舞ちゃんは、私の妹だね」って言うと、「彩先輩は、舞のお姉さん!」と楽しそうに笑っていた。

いつも、家族のこととか、友達のことを、嬉しそうに話していた舞ちゃん。

でも、高等部の3年になり、部活を引退してから、帰りに会うことも少なくなった。
舞ちゃんからは、毎日、メールが来ていたけど、全部に返信してあげられなかった。
そして、短大、社会人となっても舞ちゃんからのメールが届いていた。
でも、その返信する回数は少なくなっていった。
最近では、舞ちゃんのメールを無視続けていた。

“舞ちゃん・・・ごめんね”

“私の心には、悪魔がいるの”
彩は、縮小機の人体実験で、虫のように縮んだ人間を、笑いながら指で潰したことを思い出していた。あれから、十日も経っていない。

“舞ちゃんは、私と違うのよ。あなたは天使なの”
彩は、舞の純粋な心を捻じ曲げたくないと思っていた。
だから、舞から距離を置こうとしていた。

“舞ちゃん・・・・ごめんね”

電車を降りて、病院まで歩く。
病院で、変わり果てた舞を見ることを考えると、気が重くなる。急ぎ足になれない。
足が止まろうとする。
それでも、何とか、病院に着き、集中治療室に行く。

舞の家族と初めて会う。
丁重に挨拶を受ける。

家族に案内され、透明なガラス越しに集中治療室を覗う。
ベッドの上には、顔まで包帯が巻かれた舞が、その小柄な身体を横たえている。
舞の身体に、沢山のコードが繋がり、まわりの機械と接続されている。
その機械と、点滴だけが、舞の命を繋いでいる。

彩には言葉が出なかった。
そこには、元気だった舞ちゃんはいなかった。
涙で、舞ちゃんの姿が見えなくなる。

彩は、暫くそこにいたが、やがて、耐えられなくなる。
舞の家族に「明日も来ます」と言って、挨拶し、帰宅した。結局、舞に声も掛けられなかった。

翌日、舞は容態が安定したとされ、個室に移される。
父は、次の患者のために、舞は集中治療室を出されたと思ったが、それを文句言う気力はなかった。移動式ベッドに乗った舞の身体が、病院の通路を押されていくのを、家族は黙ってついていくしかなかった。

彩は、面会時間になる午後3時丁度に、お見舞いの花束を持って来た。
舞の好きな花は、コスモス。
だが、花屋にコスモスがなかったので、小さな花を中心にまとめてもらった。

病院に入って、集中治療室に行ったが、そこに舞がいなかったので、一瞬ドキッとする。
ナースステーションで、舞のことを聞いてみると、個室に移ったとのことだった。
その個室に行く。
扉が開け放たれていて、中を覗くと、舞の母が、血がこびりついている舞の手を、そっと、丁寧に拭っていた。
そして、舞に向かって、小さな声で喋っている。
「舞ちゃん、怖かったでしょ、痛かったでしょ、でももう、大丈夫だからね」

舞の母が、ドアのところに立つ彩に気付く。二人は会釈をする。
彩が花を持ってきたことを告げると、舞の母はそのお礼を言い、さっそく花瓶を取りに行った。

病室には、彩と舞だけがいる。

若い女性の病室らしく、たくさんの花が、病室の片隅の花瓶に入っていた。

彩は、話しかける。
「舞ちゃん、久しぶりだね」
そして、乾いた血が少しこびりついている、舞の手を軽く握る。
でも、舞は、ベッドに身体を横たえているだけだった。

彩には、舞の声が聞こえるような気がした。
“彩先輩。会いたかったよ。舞のこと、忘れたかと思ったよ”

「忘れるわけないでしょ。私の可愛い妹なのに」

“そうだよねぇ、彩先輩は、舞のお姉さんだもんね”

舞の母が、花を花瓶にさして、戻ってくる。
そして、「舞が目を覚ましたら、ほんとうにたくさんの花があって、ビックリするわよね」と彩に話しかける。

彩も「そうですね」と返事をする。

しばらく、舞に話しかけたり、舞の母と話をしてから、病室を後にする。

彩は、毎日、病院に通った。
そして、舞の意識は戻らないまま、医者が宣告した一週間が過ぎようとしていた。

その日も、彩は、いつも通りに見舞いに来て、舞いに話しかけたり、舞の母と話をしたりしていた。
やがて、舞の兄が病室に来て、次いで父が来る。舞の家族全員が病室にいる。

彩も帰る時間になり、ベッドの舞にお別れの挨拶、「また、明日もくるね」と言って、病室を後にした。

その直後だった。
舞の容態が急変する。
看護婦が慌しく医者を呼びに行った。


彩は、駅に向かいながら、舞からのメールを無視していたことを悔やんでいた。
毎日のお見舞いは、その罪滅ぼしだった。

駅に着き、ホームで長いすに座り、上りの電車を待っている間、最後に舞からきたメールを読み返した。

彩先輩。久しぶりです。
最近、ぜんぜん返信をくれなくて寂しいです。
そうそう、舞は、二十歳を過ぎました。
彩先輩と初めて会ってから、もう7年は経ったってことです。

舞はまだまだ若いけど、彩先輩は・・・大丈夫ですか?
へへ、返信をくれない彩先輩への仕返しでした。

彩先輩は夢を持っていますか?
はい、舞は、夢を持っています。
ひとつ目は、幼稚園の先生になって、小さな子供達をもっと良い子にして、日本の未来を明るく・・なんてのは冗談で、子供達に囲まれて、その笑顔をいつも見ていたいんです。
ふたつ目は、今まで内緒にしてたけど、中等部の頃から、思っていたことがありました。
いつか、ステキな大人になって、彩先輩とお酒を飲みに行きたいと。
もう、舞は、お酒を飲める年なんです。
小さな夢でしょうけど、ず〜と、ず〜と、思っていたんです。
彩先輩、舞を飲みに連れて行ってください。

Ps.別におごれとかは言いません。たぶん。


彩の目の前に上り電車がホームに入ってきた。だが、乗る気にはなれなかった。
そのまま駅のベンチで、舞のメールを何度も何度も読んでいた。

彩は、そのメールに返信をすることを決めた。
そして、メールを打ち始めた。

舞ちゃん、私は、舞ちゃんのことを忘れたりしないよ。
いつだって、可愛い妹だと思っている。
ごめんね。舞ちゃんのメールに返信しなくて。
舞ちゃん、私は、心の中に悪魔がいると思っていたの。
だから、天使のような舞ちゃんとは会うことはできないと思っていたの。
でも、それは、間違いだった。舞ちゃんを寂しがらせるだけだったのよね。
良いよ。ステキな大人になった舞ちゃんと、お酒でも、何でも、好きなことを教えてあげる。こう見えても、舞ちゃんのお姉さんは、世の中のこと、いっぱい知っているから、教えてあげることが多すぎるぐらいだからね。
だから、舞ちゃん、元気になってね。
舞ちゃんのお姉さんからのお願い。


彩は、そのメールを送信する。
ケータイはチカチカ光り、舞の元へ、メールを送り出した。


舞の病室には、医者が駆けつていた。
舞は心停止状態に陥っていた。

医者は急いで、甦生処置を始める。
電気ショックと、心臓マッサージである。

薄い掛け布団を取り去った。
抉り取れた舞の胸には、包帯が巻かれている。
その包帯の上から、胸部に圧力を掛けていく。
塞がっていた傷から、出血が始まり、包帯を赤く滲ませる。
その血で、医者の手が止まる。だが、険しい表情で、さらに、甦生処置を続ける。

母が泣いている。
兄も、父も堪えきれなくなっている。

舞の胸部の包帯に、さらに血が滲んでくる。

父が我慢できなくなる。医者のそばに行き、その腕に手を添えて、涙声で話す。
「せ、先生、もう良いです。もう十分です・・・」

医者の手が止まる。
家族を見渡し、全員が同じ思いでいることを確認すると、処置道具をベッドから遠ざける。


医者が心臓マッサージをやっていた時、ベッドの横の引き出しの中で、舞のケータイがメールの着信を音もなく告げていた。
だが、家族はそれに気付かなかった。
そして、着信を告げる信号がおさまり、代わりに待ち受け画面には、未読メールがあることを示すマークが出ていた。

その直後だった。
未読メールのマークが消えた。
そして、舞のケータイが光り出した。
チカチカと、舞が慌てて文字を打ち込んでいるかのように、忙しく光っていた。


彩は、ホームで、上り電車を待っている。
この駅は、学校の最寄駅と似ていると思った。
上りと下りのホームを挟んで線路があり、駅の向こう側に道路と人家がある。
そして、この情景が、舞のことをさらに思い出させる。

学校からの帰り道、舞といっしょに駅まで歩く。
改札を入ったところで、舞は下りホーム、彩は上りホームに分かれる。
そして、二人は、どちらかの電車が来るまで、線路を挟んで、身振りと口振りだけで会話を続ける。
最後に、舞が言うせりふは、いつも同じ。
ホームの端に立って、両手に大きなカバンを持って、彩に聞こえるように大きな声を出す。
「彩先輩、メールするね」

彩は、その情景を思いながら、線路の向こう側の下りのホームを見る。
「え!?」一瞬、息が止まった。

“舞ちゃん・・・?”

下りのホームには、校則通りに短く髪を切った、大き目のセーラー服を着ている小さな舞が、両手に重そうにバッグを持って立っていた。
彩は、その姿に誘われるように、椅子から立ち上がり、ホームの端に向かって歩く。

「舞ちゃん?舞ちゃんでしょ?」
そこにいるのは、間違いなく、中等部の一年生だった頃の舞だった。
彩の方を見て、大きな瞳で、にこにこと笑っている。
彩は、線路越しに呼びかける。

「舞ちゃん!舞ちゃん!」

舞の口が動いた。
声は聞こえなかった。ただ、彩には、舞の口の動きで、言ったことが分かる。

それは、何十回と聞いたセリフだった。
“彩先輩、メールするね”
彩は、舞に向かって、大きく頷いた。

急行電車が二人の間に入ってきて、舞の姿が見えなくなる。
そして、その電車が通り過ぎると、既に、舞の姿はなかった。

彩は、舞の異変を直感した。
慌てて、駅を出て、病院に向かう。
彩の口からは、祈るように、言葉が出ていた。
「舞ちゃん、舞ちゃん、舞ちゃん、死んじゃだめ」

彩のケータイが、メールの着信を告げた。
彩は、舞からのメールかもしれないと漠然と思った。
急いで、ケータイを取り出した。

やはり、メールは舞からだった。


彩先輩。じゃなくて、お姉ちゃん。今だけ、お姉ちゃんと呼ばせてね。
どうやら、だめみたい。
ちょっとだけ、がんばってみたけど、舞は、根性ないから、だめね。

お姉ちゃん、メールありがとう。
舞は、ずっとお姉ちゃんのメールを待っていたの。
だから、神さまにお願いして、天国に行く前に、お姉ちゃんにお礼のメールを出すことを許してもらったの。
渋ちんの神さまだけど、「まあ、一回だけなら良いか」だって。

せっかく、お姉ちゃんがその気になったのに、残念。
お酒を飲みに行けなかったね。
でも、誘ってくれて嬉しかった。
夢ってなかなか、叶わないよね。
えへへ、だから、夢なのかもね。

お姉ちゃん、知ってる?
天国に行く時に、一番自分が良かった頃に戻れるんだよ。
舞は、絶対、中等部の一年生の時。
だって、お姉ちゃんに会えたでしょう。
その一年が一番楽しかったんだ。
次に生まれ変わるまで、ずっと中等部の一年生でいられるんだよ。
そしてね、お姉ちゃんとの思い出の中に戻れるの。

舞はねぇ、生まれ変わっても、お姉ちゃんと一緒にいたいなぁ。
でもそうなると、彩先輩を、お姉ちゃんじゃなくて、お母さんにしようかな。
そうしよう。絶対に、彩先輩の子供になろう。
いつか、彩先輩に、きっと可愛らしい女の子の赤ちゃんが生まれるよ。
目印は、すずめの赤ちゃん。
きっと、周りの人から、すずめの赤ちゃんみたいって言われると思うよ。
そしたら、それが、わたしだから。
今の舞の記憶はなくなっているから、ちゃんと育ててあげてね。
まあ、優しい彩先輩だから、心配してないけどね。

じゃあ、そのときまで、さようならだね。


彩は病院に向かって歩きながら、メールを読んでいた。
やがて、その足が止まる。

彩は、唇を噛み締めながら呟く。
「舞ちゃん・・・」

目を上げると、通りの向こうに、既に生きている舞がいない病院が夕焼け空の中に滲んでいた。





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