《 ミミちゃん 》 終編 |
海外で生まれたので、外人にも呼び易い様にしたと言うことだが、俺は外人に友達がいないので、本当にその名前が呼び易いのかは分からなかったが。 |
俺は、今まで、どことなくリエがミミと似ていると思っていた。だが、他人のそら似ぐらいしか思っていなかった。目の色だって違うし、ミミと違って髪の毛だってリエは黒髪だ。 |
俺は、それを見るためにテーブルの上に身を乗り出す。彼女は、俺のその様子を見て、「もっと、近くで見て」と声をかけてくる。 その言葉通りに、さらに身を乗り出し、彼女の指先に鼻先が触れるぐらいに顔を近づける。目の前に、彼女の女性らしいしなやかな指があり、その艶やかな爪の上に、本当に小さな白っぽい塊があった。 彼女も顔を寄せてくる。俺の前に浮かせて指先のすぐ向こう側に、彼女の微笑んでいる顔が来る。そして、彼女が声を出す。「ねぇ、蹲っていたら達也さんに分からないでしょ。ちゃんと達也さんが分かるように、そっちを向いて立つのよ」 俺は、彼女が誰に向かって喋っているのか分からなかった。ただ、同時に、彼女の甘いミントの様な話す息の香りを感じていた。 だが、次の瞬間、心臓が止まるほど驚いてしまった。彼女の爪の上に乗っている小さなものがヨロヨロと動き、二本の小さな足で立ち上がったのだ。 そして、小さいながらもその体付きで、男だと分かった。それは、身長が5,6ミリしかない裸の男だった。 彼女は、その指先で俺の鼻の先を小突きながら、「ウッフフ、どう、分かった?」と声を出してくる。爪の上の男は、その揺れで慌てた様に四つん這いになる。 さらに、リエはその指で、俺の唇を上から下に擦り、「ボランティアさんなのよ。フフフ、小さいでしょ」と微笑む。 俺は、驚いたままで声も出ない。彼女の揺れ動く爪の上で、滑らない様に、四つん這いの身体を踏ん張っている小さな男を見詰め、ただ、頷くことしかできなかった。 「そう、じゃあ、あなたの役目は終わりね。ごくろうさま」 リエは指先に乗るものにそう明るく声をかけて、その指を横に退かし、俺の唇に軽くキスをしてくる。そして、爪の上にいる小さなものを逆側の手の指で摘み、その指先を無造作に数回擦り合わせた。 そして、彼女は、俺の目を楽しげに覗きこみながら、俺の目の前でその指を開く。 あまりにも小さなものは、擦り合わさった彼女の指の間からまったく消失していた。 「フフフ、ほら、もういない」 俺は、まるで手品を見せられた様な思いだった。彼女が、次に、別の場所から、その小さな男を出すと思った。 だが、リエは、笑顔を浮かべたまま、椅子に身体を戻し、今のことをまったく気にしていない風に話し出してしまった。 「昨日、研究サンプルのたな卸しをして、ユイと二人で余剰分として処分するサンプルを決めたのよ。でも、処分するんだったら、もったいないから持って帰っちゃおうってことになって・・・・でも、ユイの方が断然多いのよ。私の分は26人だけ、ウッフフ、今、一人減ったから25人になっちゃったけどね」 さらに、彼女は立ち上がって、俺の後ろに立ち、そのまま俺の首に手を回す。俺の両肩の上に彼女の胸の重さがずっしりと乗ってくる。そして、彼女は、俺の耳に口を近づけ囁いた。 「ねぇ、あの時、帰りの船で、あの人達でどうやって私がひま潰ししたか、知りたいでしょ?・・お胸や、お尻や、お口でひま潰し・・ウッフフ・・・それを、このボランティアさんを使って達也さんに見せてあげる。今夜は満月!・・・最高の夜になるわね」 俺は、テーブルに置かれた箱を見つめた。中にいる25人の男たちは、今、頭上で、一人がいなくなったのを見たはずだった。 その箱から、微かに『助けてくれ!』と叫ぶ悲痛な声が幻覚の様に聞こえ始めた。そして、俺は、自分の鼓動の高まりの中で、動けなくなっていった。 リエが、俺から体を離しながら笑う。 「ウッフフ、そう言えば、達也さんの意識と繋がった時、達也さんが、あまりにもずれたことばかり思っていたので可笑しかった。そうよね、私たちの出会いって、まるでラブコメみたいだったわよね。 それに、ねぇ、覚えてる?私の星では、月がたくさんあるって言ったでしょ。そして、コズキって複数形で呼んでいるって。だから、満月の日がたくさんあるの。そんな、コズキ並みなラブコメ、してみたいわよね」 俺は、苦しい程の心臓の高まりの中で彼女の言葉を聞いていた。 そして、思った。 俺には、地球の、たった一つの月並みなラブコメで十分だと。 (終わり)
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