《 ミミちゃん 》 終編

               文 だんごろう
               イメージ画像 June Jukes

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最終話:月並みなラブコメ

「パパ、どうしたの?また、ミミちゃんのことを思い出したの?」
今年、三歳になる娘が俺に話しかけてきた。

ここは、公園のベンチ。休日はこうやって、一人娘の美香を連れて公園に良く来る。
そして、今、グレーぽい模様がある白いネコを木立の中に見つけ、横に娘がいたにも関わらず、思わず「ミミちゃん!」と声を出してしまい、それを娘に指摘されていた。

「ユイおねえちゃんが、ミミちゃんって、むかし、パパの家にいたネコなんだって言っていたよ。パパって、それまでネコが大、大、大嫌いだったのに、ミミちゃんが来てから、ネコ好きになったんだって」
そうだ。その通りだった。だが、本来ならば、俺の妹のユイは、娘のおばちゃんになるから『ユイおばちゃん』と呼ばれるはずだった。だが、ユイはそれを許さずに、『ユイおねえちゃん』と呼ばせていた。家族関係の混乱になるから、それは止めて欲しかったが、ユイに対しての口答えは相変わらずできなかった。

ミミが、地球を去ってから、十年の歳月が経ち、俺も三十になった。
巨大娘とUFOが現れ、さらにポリスが百人以上消えた事件は、当時は大騒ぎされ、連日、テレビはそのニュースで持ちきりだった。色々な仮説を言う人がいたが、結局、ポリスは良くあるUFOによる神隠しにあったことで落ち着いた。
それに、俺を見たポリスは全員、彼女が連れ去ってしまったので、当然ながら、俺の所に捜査の手が伸びることもなかった。

そして、俺は、翌年には無事、大学に入学。そこに三年間通ったが、あまりできが良くなかったこともあり、自主退学することになった。ただ、音楽活動をしていたことが幸いし、当時、急成長を続けていた家電の量販店に入社し、そこでオーディオコーナーを担当し、現在に至っている。

妹のユイは違っていた。彼女は、大学、大学院と進み、さらに現在は政府系の研究所に勤めている。身内なので分からなかったが、彼女は天才的な頭脳を持っているらしかった。
それに、兄の俺が言うのも変だが、えらい美人になった。貧乳は克服され、元から身長は高かったが、それにボリュームが加味されていた。
研究所では、その頭脳を使って、なんでも、これからのエネルギー問題や食糧難を解決するために、人類縮小計画に関する研究をしているらしかった。

俺は、4年前に結婚をした。彼女は帰国子女で、ユイの大学院時代からの友達で、その後も、同じ研究所に入るぐらいの仲の良さだった。英語ができ、ユイと同じぐらい天才で、とても可愛らしい感じがする人だった。
当時、家に遊びに来た彼女を見て、その顔にドキリとしてしまった。ミミ以上に可愛らしい感じがする女性だった。だが、彼女が俺みたいな男と付き合うと思えなかったし、それにやはりミミのことが忘れられなかったから、あまり積極的にはなれなかった。
それでも、家に頻繁に遊びに来る彼女といつの間にか付き合いだし、そして結婚までしてしまった。だが、彼女に不満はない。夫婦共稼ぎで、向こうの方が給料が多いことぐらいが不満で(それが不満になるのならばだ)、それ以外は、出来すぎている妻だと思っている。

その妻の名前は、リエ。


海外で生まれたので、外人にも呼び易い様にしたと言うことだが、俺は外人に友達がいないので、本当にその名前が呼び易いのかは分からなかったが。

時々、ミミのことを考える。本来の能力をなくし、結婚もできないで寂しい生活を送っている様な気がした。それも、全て、俺を助けるためだった。
俺は、俺が幸せであればあるほど、彼女に対してすまない想いが強くなって、とても辛い心境になる。それに、心の中でミミのことをまだ想っていることが、今は妻になっているリエに対しても悪い気もしていた。
娘と公園に来て、ベンチで座っていると、いつも、そんなことを考えてしまう。

夕暮れとなった。
「さぁ、美香、帰ろう」
「うん!」
娘と連れ立って、家に向かう。途中、妻のリエが迎えにきた。
そして、娘を真ん中にして家族で歩く。これが幸せなんだと感じてしまう。

夕飯が終わり、家族の団欒の時。
先ほどまでテレビを見ていた美香は、静かになったと思ったらソファーの上で寝ていた。昼間の公園の疲れが出たのかも知れない。
俺は、妻のリエとテーブルをはさんで向かい合っている。

リエは二十代の中盤を迎えても相変わらず可愛らしい。いや、初めて会った時よりも、よりステキになってきている。そして、愛娘の美香。
俺は幸せすぎる。だが、リエにはミミとの間であったことを今まで話したことがない。リエはミミがネコだと思っている。
俺は、リエに秘密を持っているのが嫌だった。何もかも話したかった。彼女に俺のことをもっと知ってもらいたかった。

俺は、テーブルに乗っている彼女の洒落た湯飲みを見つめながら、漠然と話し出した。
「ねぇ、昔、ミミちゃんて・・・」
「ミミちゃんて、ユイが拾ってきたネコなんでしょ?」(仲の良いリエとユイはお互いを呼び捨てにしていた)
「いや、本当は違う・・・ネコなんかじゃなかったんだ・・」

俺がそこまで話したところで、リエがクスッと笑い、マンションの窓の外を眺めながら話をしてくる。
「ねぇ、こんな話、知ってる? 昔、狩人が、吹雪に会い、しょうがなく山小屋に籠もったんですって。その夜、その吹雪の中、扉をトントンと叩く音がして・・」

俺は、ミミのことを彼女に話したかった。だが、リエは俺の言葉を無視する様に、別のことを話し始めてしまった。俺は、それを、話のきっかけを待ちながら黙って聞いていた。
「狩人が、扉を開けると、長い髪で、肌が透き通る様に白い女の人が立っていたそうよ。狩人は慌てて彼女を中に入れて介抱してあげたの。狩人は、彼女が道に迷って、この山小屋に来たと思ったわけ。その夜、寝静まったころ、狩人は凍てつくような寒さを感じ、目をあけたの。そしたら、囲炉裏の火は消え、さっき助けた女の人が立っていて・・・」
俺は、彼女の話がわかった。『雪女』の話だった。その後、狩人は、『雪女』に会ったことを誰にも喋らないと約束して、命が助かったはずだった。だが、俺は、その後の話を忘れていた。

彼女の話は、ドンドン進んでいく。俺が覚えている所を過ぎて、さらに話しが続いていく。
「命が助かった狩人は、しばらくしてから、とても美人な人と知り合いになり、その人と結婚をして子供を作るのよ。でも、狩人は、奥さんに対して秘密を持っていることがとてもいやだったの。だから、ある晩、奥さんに秘密を話そうとして・・・。でも途中まで話した所で、急に彼女が『何で秘密を守れないの。私はあなたを殺すしかないのよ。でも、子供がいる・・・』」
俺は、全てを思い出した。狩人は、知り合った女性と結婚し、子供を作る。だが、彼は彼女が雪女と知らずに雪女のことを話してしまう。そして、彼女は秘密を守らなかった彼を殺そうとする。だが、既に二人には子供がいるため、もう二度と秘密を話さないことを条件に彼の命を助け、そして、雪女は、子供と狩人を残し、何処かに去ってしまう。

俺は、そのストーリの全てを話し終えたリエを、呆然と見つめていた。
ある漠然とした思いが湧き、それが疑問となって俺の頭に広がっていった。

「ミミ・・・ちゃん?ミミちゃんなのか?」


俺は、今まで、どことなくリエがミミと似ていると思っていた。だが、他人のそら似ぐらいしか思っていなかった。目の色だって違うし、ミミと違って髪の毛だってリエは黒髪だ。

リエは、またクスッと笑う。そして、メガネを外し、正面から俺の顔を見つめる。その大きな黒い瞳は、金色の光沢に輝いていた。
「このメガネ、偏光ガラスでできているの。でも、本当に達也さんて、鈍すぎ。もうてっきり、私だと気がついていると思っていたのに・・メガネと、髪の毛を染めるぐらいで騙されて・・・ウッフフ」
そして、メガネを元の様に掛け、いつものリエに戻っていく。

彼女はミミだった。その彼女の正体が分かった瞬間、彼女が話した雪女の話を思い出した。そして、このまま、彼女が、俺と子供を置いて、宇宙に帰ってしまう様な気がしてきた。
それは、とても辛いことだった。
「頼む。いかないでくれ」

リエは微笑みながら、俺に話しかけてくる。
「あら、私、達也さんに秘密にしてって言ったかしら?そんなこと言っていないでしょ。だから大丈夫よ。雪女の話は、ちょっと、達也さんを驚かしたかっただけ」
俺は、それを聞いてホッとし、続いている彼女の話を聞いていた。
「私ねぇ、ユイには、本当のことを話している。そして、ユイにあなたとのことを取り持ってもらったのよ」
俺には、色々なことが思い出されてきた。彼女ら、二人の協力の元に、俺は結婚までこぎつけていたんだ。

「私たち、とっても仲が良いのよ。同じ勤め先だし、楽しくやってるわよ」

俺は、言葉もなくリエ(ミミと呼ぶべきか、その時、悩み始めていたが)の話を聞いていた。
「ねぇ、あの人たちがどうなったか聞きたくない?ほら、私が連れ去った人たちのこと」
それは俺の長年の疑問だった。俺は声も出せずに頷いた。

「そうねぇ・・・半分、50人ちょっと、帰りの船でひま潰しに使っちゃったかな。残りはね、友達に分けてあげたのよ。ただ、私の星は貞操にうるさいでしょ。ウッフフ、だから、みんな、流石にあそこには入れなかったみたい。でも、後ろとかなら入れたと思うなぁ。そして、その代わり、私、みんなから『気』をもらったの。だから、元通りになれたのよ。あの時、本当に、あの人達を連れ帰って良かった。
でも、直ぐには達也さんに会いには来る気にはなれなかった・・・ごめんね。やっぱり、私も、同じ種族の人と付き合って結婚したかったから。でもね、だめだった。色々とあったけどね。そして、私には、達也さんしかいないと思ったの。それで、また、地球に戻ってきたわけ」
俺は、彼女の話を聞きながら、あのポリス達の運命の凄まじさを思い浮かべた。リエにひま潰しにされた人々、彼女の友達の好き勝手に扱われた人々。俺の想像を絶することが、彼らの身におこったと思った。

呆然としている俺を無視するように、リエの話は続いている。
「今晩は満月。ねぇ、私たちの種族は満月の時に、とても性欲が高まってしまうの」

言われてみると、彼女は一月に一回、俺を激しく求めてくることが思い出された。それが、満月と重なっていることを、今、初めて知った。

「ウッフフ、ちょっと、待って」
彼女はそう言うと、楽しげに、いつも通勤に使っているバックから、5センチ角ぐらいのプラスチックの箱を取り出した。
「ユイとの研究テーマは、人類縮小計画だって知っているでしょ。これは、二人で企画し、予算化された研究なの。だから、二人だけで進めているのよ。
でも、研究には実験体が必要。初めは研究所で用意した囚人を使っていたけど、何となくつまらなくて・・・。だから、二人でボランティアを使うことに決めたの。そのボランティアのなり手ってけっこう多いのよ。ユイと一緒に町に出るでしょ。そして、そこらにいる男の人に、『ねぇ、ボランティアになって、私たちと実験しない?』って聞くと、間違いなくなってくれるわ。それに、これって政府の秘密の実験でしょ。だから、その人たちが突然いなくなっても、政府でうまく処理してくれるの」

俺は、街角に立つ二人を想像する。背が高く美人系のユイと、魅力的に可愛いリエが立てば、嫌でも男たちの視線が集まってくる。その二人に誘われて、断ることができる男がいると思えなかった。
そして、彼女らに誘われるままに、彼らはボランティアとなり、この世から抹消される。俺は人類縮小計画の恐ろしい一番面を知った気がした。

リエがクスクス笑いながら、箱を開け、テーブルに乗せる。
俺は、その箱に視線を向けた。中は柔らかいフェルト生地で覆われ、その生地の上に、本当に小さな物が、点々と、二、三十、あった。

彼女が話しかけてくる。
「何が入っているか分かる?」
俺はリエの顔に視線を戻し、答える。「分からないよ」
リエは、何かを企んでいるかの様な微笑を浮かべて、片肘で頬を着いて俺を見詰めていた。
その表情は、謎めいた大人の可愛らしさに満ち溢れ、思わず惹かれてしまうものだった。
その彼女の口が開き、言葉を出す。
「そうよね、小さすぎるものね」

彼女は箱を持ち上げ、人差指の背に箱の角を付けて傾け、その指先の上に、中に入っている物を落す仕草をした。


そして、箱を元の場所に置いてから、何か隠し事をしている様なウインクをし、「ほら、これ」と、その指をテーブルの上に伸ばしてくる。


俺は、それを見るためにテーブルの上に身を乗り出す。彼女は、俺のその様子を見て、「もっと、近くで見て」と声をかけてくる。
その言葉通りに、さらに身を乗り出し、彼女の指先に鼻先が触れるぐらいに顔を近づける。目の前に、彼女の女性らしいしなやかな指があり、その艶やかな爪の上に、本当に小さな白っぽい塊があった。

彼女も顔を寄せてくる。俺の前に浮かせて指先のすぐ向こう側に、彼女の微笑んでいる顔が来る。そして、彼女が声を出す。「ねぇ、蹲っていたら達也さんに分からないでしょ。ちゃんと達也さんが分かるように、そっちを向いて立つのよ」
俺は、彼女が誰に向かって喋っているのか分からなかった。ただ、同時に、彼女の甘いミントの様な話す息の香りを感じていた。
だが、次の瞬間、心臓が止まるほど驚いてしまった。彼女の爪の上に乗っている小さなものがヨロヨロと動き、二本の小さな足で立ち上がったのだ。
そして、小さいながらもその体付きで、男だと分かった。それは、身長が5,6ミリしかない裸の男だった。

彼女は、その指先で俺の鼻の先を小突きながら、「ウッフフ、どう、分かった?」と声を出してくる。爪の上の男は、その揺れで慌てた様に四つん這いになる。
さらに、リエはその指で、俺の唇を上から下に擦り、「ボランティアさんなのよ。フフフ、小さいでしょ」と微笑む。
俺は、驚いたままで声も出ない。彼女の揺れ動く爪の上で、滑らない様に、四つん這いの身体を踏ん張っている小さな男を見詰め、ただ、頷くことしかできなかった。

「そう、じゃあ、あなたの役目は終わりね。ごくろうさま」
リエは指先に乗るものにそう明るく声をかけて、その指を横に退かし、俺の唇に軽くキスをしてくる。そして、爪の上にいる小さなものを逆側の手の指で摘み、その指先を無造作に数回擦り合わせた。

そして、彼女は、俺の目を楽しげに覗きこみながら、俺の目の前でその指を開く。
あまりにも小さなものは、擦り合わさった彼女の指の間からまったく消失していた。
「フフフ、ほら、もういない」

俺は、まるで手品を見せられた様な思いだった。彼女が、次に、別の場所から、その小さな男を出すと思った。
だが、リエは、笑顔を浮かべたまま、椅子に身体を戻し、今のことをまったく気にしていない風に話し出してしまった。

「昨日、研究サンプルのたな卸しをして、ユイと二人で余剰分として処分するサンプルを決めたのよ。でも、処分するんだったら、もったいないから持って帰っちゃおうってことになって・・・・でも、ユイの方が断然多いのよ。私の分は26人だけ、ウッフフ、今、一人減ったから25人になっちゃったけどね」

さらに、彼女は立ち上がって、俺の後ろに立ち、そのまま俺の首に手を回す。俺の両肩の上に彼女の胸の重さがずっしりと乗ってくる。そして、彼女は、俺の耳に口を近づけ囁いた。
「ねぇ、あの時、帰りの船で、あの人達でどうやって私がひま潰ししたか、知りたいでしょ?・・お胸や、お尻や、お口でひま潰し・・ウッフフ・・・それを、このボランティアさんを使って達也さんに見せてあげる。今夜は満月!・・・最高の夜になるわね」

俺は、テーブルに置かれた箱を見つめた。中にいる25人の男たちは、今、頭上で、一人がいなくなったのを見たはずだった。
その箱から、微かに『助けてくれ!』と叫ぶ悲痛な声が幻覚の様に聞こえ始めた。そして、俺は、自分の鼓動の高まりの中で、動けなくなっていった。

リエが、俺から体を離しながら笑う。
「ウッフフ、そう言えば、達也さんの意識と繋がった時、達也さんが、あまりにもずれたことばかり思っていたので可笑しかった。そうよね、私たちの出会いって、まるでラブコメみたいだったわよね。
それに、ねぇ、覚えてる?私の星では、月がたくさんあるって言ったでしょ。そして、コズキって複数形で呼んでいるって。だから、満月の日がたくさんあるの。そんな、コズキ並みなラブコメ、してみたいわよね」

俺は、苦しい程の心臓の高まりの中で彼女の言葉を聞いていた。
そして、思った。
俺には、地球の、たった一つの月並みなラブコメで十分だと。



(終わり)

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