教 訓 (第3章)
アストロゲイター・作
笛地静恵・訳
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彼は、甘い感動で満たされていた。
その時シンディはリラックスして、プールの水にその巨体を横たえていた。
「ソフィアL号」は、彼女の横を、ゆっくりと走っていた。
船体に当たる、水の立てるシュッシュッという音だけが、静けさの中に、はっきりと響いていた。
中程度の強さの風に合わせて、重心を移動していた。
波の感触が、やや固いような気がした。
これも縮小されているための、特殊な効果なのだろうか。
船体と水の分子の摩擦力とが異なるのかもしれなかった。
しかし、その小さな違和感にも順応していった。
しばらくの時が過ぎた。
ミロは肩越しにシンディーの雄大な姿を、ちらりと視界の端に捉えていた。
彼の海に腰まで浸かりながら、静かに佇むその雄姿は、
海神ポセイドンの娘のように壮大だった。
厚く丈高い胸が、濃い影を筋肉質の腹部に落としていた。
胴は深く絞ったようにくびれていた。
腰の幅と厚みも素晴らしかった。
巨大な海の女神の像も、徐々に遠ざかっていった。
ミロは、前方に視線を向けた。 そちらには、丈高い白い崖が聳えていた。
プールの縁が、この異国の海に境界を作っていた。
すぐに進路を変える準備の必要があった。
プールの長さは縦方向でも、わずかに千五百メートルしかないのだ。
あまりにもしばしば、進路を変更する必要に迫られることになるだろう。
今は向かい風だから、クローズホールド(進行方向に斜め四十五度の角度)で進んでいけばよい。
これだけの大きさの、外洋を航行できる性能を持った大型ボートを、
彼一人の腕で操縦するのは、実際にはひどく困難なことだった。
しかし、その技に習熟してもいた。
単独で「ソフィアL号」を、何度も航海させたことがあった。
少しの間は、実際に、ひどく忙しかった。
しかし、ついにボートの進路を、アビーム(横風)を受けながら、
美しい円弧を描いて反対の方向に転換させることに成功していた。
舵輪の後の船長専用の座席を回転させていた。
シンディーの姿を探した。
ここからはブロードリーチ(斜めからの追い風)を受けることなる。
彼女が、プールの階段から上がろうとして、そちらを向いて歩いて移動しているのを見ていた。
「ヘイ、シンディー!」
彼は、片手を振って叫んだ。
「見てくれよ。僕は、こいつを航海させてるんだぜ!」
シンディーは後を振り向いていた。
片手を振ってくれていた。 大きなお尻を見せて、プールから上がっていた。
小さなボートは、彼の操船に即座に応えてくれていた。
風と波は、完璧な状態だった。
ミロは、すぐに気が付いていた。
たとえ、それが女巨人の持ち物であったとしても、個人住宅用の狭小なスイミング・プールの水面で、
本格的なボートを操縦するのは、決して退屈するような遊戯ではなかったのだ。
ひとつの進路でリラックスしていられる時間は、ほんの一分間ぐらいに過ぎなかった。
もう一度、すぐに崖に差し掛かっていた。
船体を反転させるまでに、実に多くのやらなければならない準備が、待っていたのである。
何度も、頭上を見た。
さらに視線を遥か彼方に向けた。シンディーがプール・サイドから彼を見守っていた。
両手を腰に当てて、微笑しながら立っていた。
本当に女神のような美しい立像だった。
いつもは、彼があそこにいてシンディーを見ているのだった。
今日は逆の立場だった。
ミロは、さらに何度かシンディーのためにプールを縦断して見せた。
それから、錨を投げ降ろした。 船室に降りていった。
ボトムに水漏れがないかどうか、チェックするためである。
詰め物の修理の箇所が巧く行っていた。
一ヶ所も浸水箇所がないことに安心していた。
ボートは、彼がチェックの仕事に没頭している間にも、何度も大きく波に揺られていた。
以前の浸水箇所に、多少の水垢を発見しても、別に以外でもなんでもなかった。
修理箇所を、もう一度チェックした。
どこにも異常がないことを、確認していた。
ミロは船底から、上部甲板に上がろうとしていた。
その時、巨大な轟音を耳にしていた。
金属的な響きだった。
何であるか、すぐに見当が付いていた。
シンディーが飛び込み板に上る音だったからだ。
もう何度となく耳にしていた。
それというのも、高校の水泳部の強化選手のシンディーは、少なくともプールに入ると、
必ず一度は飛込みの練習をしていたからである。
何をするつもりか分かっていた。
しかし、この距離で彼女に飛込みなどされたら、ヨットが転覆してしまう。
「やめろ!」
彼は叫んでいた。
ミロは、甲板に急いで這い出ていった。
飛び込み板の上の女巨人の恐怖の立像を、戦慄の思いで凝視していた。
両膝は、もう折り曲げられていた。
上方に跳躍しようとしていた。まるで、スローモーションの映画を、見ているようだった。
強大な体重と両脚の筋肉の生み出す力が、飛び込み板を下に大きく押し下げていた。
それから、身長百メートルの途方も無く巨大な身体が、空中に跳躍したのだった。