(注)この物語は、成人を対象にして書かれており、未成年を対象にしていません。
もし、あなたが18歳未満ならば、この作品を読まないでください。
『夢の中へ:前編』
作 だんごろう
----------------------------------
人ごみの中、歩道を歩いていた。
格好は、いつもの寝るときのパジャマ代わりの大き目のティシャツで、さらに裸足であった。
“何で、この格好なの!?”
“これって、夢の中?”周りを見ると、通りやビルの風景がとてもリアル。”夢とは思えない”
少し離れて、自分を指差しているグループがいる。
アヤは今や有名人であり、彼らの話題が何であるか容易に想像がついた。
“きっと、アヤのことを話しているのね。おまけにこの格好だし”
ここから逃げ出したくなる。
上を見ると、ビル街の間から、青い空が見えている。
“あそこに逃げよう”と思った。
両足で軽く地面を蹴る。身体が空中に浮かび上がる。
周囲の人達が驚く中、ビルの谷間から、空高く昇って行く。
“もっと高く、もっと高く”と、雲を見続け上昇する。
空に昇っていくと、色々な雲があるのが分かる。低い位置で風に流されている雲もあれば、高い位置で筋状になっている雲もある。
目の前にとても大きな、真っ白な雲があり、その中に入り込んでいった。
さらに進んでいくと、あたりは乳白色に包まれ、何も見えなくなる。
とりあえず、向きを変えることにした。
水平と思われる方向に身体の向きを変え、手を広げ、進めと思ってみる。
あたりの乳白色は変わらないままだが、髪をなびかせる風を感じる。
暫くすると、雲が薄くなり、眼下に都会の景色が広がり始めた。
着ている服が変わっていた。さっきのティシャツの替わりに、タンクトップ、ジーパン、ブーツを身に着けている。
胸の周りを覆う薄紫色のタンクトップは、胸の谷間が上から覗けるような短めのもの。
ヒップラインが強調される、身体にビタッとしたジーパンを穿き、膝下からは、長めのブーツの中におり込まれている。
ブーツは、最近買ったお気に入り。濃い赤茶のロングのウェスタンブーツ風のもので、しっかりとしたヒールの高さは、7センチ。ウェスタンブーツだと無骨なものが多いが、これは、脹脛の部分がとても柔らかく薄目の皮で絞り込まれているのと、つま先が適度な尖り方に収まっているので、そんな感じはない。きれいなシルエットのブーツに、ワイルドなウェスタン風の模様が広がっているようなデザイン。
服装全体としては、セクシーさを強調し、それにワイルドを加味したような感じでまとまっている。
何はともあれ、人前に出られる服装になっているので、ホッとする。
見下ろすと、大小様々なビルで埋め尽くされている都会の街並が見える。
所々に緑の部分が見えるが、呆れるぐらいに、ビルが密集して続いている。
細い紐のような高速道路が、そのビルの間を縫っている。また、ほぼ一直線に繋がっている鉄道の線路と、そこを走る細長い電車も見える。
正面には、緑色の海と、そこに浮かぶ船が小さく見える。
上空から見る海は、地球の丸さを感じさせ、遥か向こうにある水平線は、大きな弧を描いていた。
空に浮かぶ雲のように、ゆっくりと移動する。
そして、気持ちが、とてもゆったりとしてくる。
ただ、見える景色に若干の違和感があった。元々、軽い近眼であるので、遠くが少しぼやけるが、その感じが違っているように見える。
右の方に、見覚えがある赤い鉄塔が小さく見えてきた。この国で一番高い建物である。
そちらに行こうと思うが、思うように曲がることができなかった。
気持ちを落ち着け、右に曲がることを思ってみると、若干遅れてから、その方向に進めた。
眼下に赤い鉄塔がきた。
ここに降りてみようと思い、足を下にしてみた。
うまくその姿勢ができ、下を覗くと、ブーツの下にビル街が見え、その前の方に赤い鉄塔があった。
ゆっくりと降りることをイメージしてみると、下に見える街並みに近付いていく感じがしてきた。
身体が少し回転を始め、また、多少は風に流されているようだったが、そのまま、ゆっくりと下に降り続けていった。
でも、まだ、遥か上空。顔を正面にして、身体の回転につれて、変わってゆく遠くの景色をぼんやりと見ていた。
ブーツの靴底が、何かを潰しながら、接地した感触があった。
“あれ?”と思い、足元を見た。
上空から見下ろしているようなビル街が足元に広がっている。
“何で!? 空にいるのに、何で足が着いているの!?”
さらに、ブーツの足元は建造物の瓦礫でごった返している。
数百メートルの上空からの景色に、自分の足元が重なっている。
目で認識されるものと、実際の距離感覚の違いから、目眩がしてくる。
目眩が治まるのを待って、腰を曲げて、足元に広がる信じられないくらい小さなビル街を見る。
ビルの高さは、10センチもないとても小さいものが多い。おまけに、ビルの高さは揃っていないし、形も、全てマチマチ。そのビルが隙間なく密集して、ゴミゴミとしたビル街をつくっている。
ちょっと離れた場所には、もう少し大きいビルもあるけど、高さは、膝より下の位置。それでも、周りに比べてすごく高いって感じで目立っている。
ビルとビルの間には細い道路があって、そこに、豆粒ぐらいの車がたくさん動いている。
おもちゃの町でも、動く車ぐらいあると思うけど、この豆粒たちは、自分の意思で動いているって感じがする。
同じようなビル街がつくる景色が、足元から遥か先まで広がっている。
ちいさなものが作り出す、とても広大で不思議な世界。
ミニチュアの町に降り立ったと思ったが、それにしては、精密だし、それに広範囲すぎる。
通りを走る豆粒のような車は、1センチぐらいしかない。
“人間がここにはいるの? でも、車がその大きさだったら、小さな人間がいたら、数ミリよね。”
さらに、上体をビル街に乗り出し、目を凝らして通りを見た。通りの端に、車よりももっと小さいものがいるような気がするけど、”小さすぎる”良く分からない。
足元の左側、1メートルぐらい離れた所に、30センチぐらいの高さで、3、40階建てのビルがあった。それぐらいでも、周囲では一番大きい。その窓の中に小さな動くものが見えた気がした。
“小さな人間かしら?それとも気のせい?”
気になる。今のが人間なのか、とても気になる。
足元からちょっと離れている、そのビルを覗き込こむため、左足を上げ、ハッとする。その足を降ろそうとした所に、ビル街を通っている高速道路があった。
さらには、高速道路のまわりにも、やはりヒール高さぐらいの小さなビルが密集している。
片足を上げたまま、その高速道路と、そこを走る豆粒みたいな車を見る。
“この車にも、小さな人間が乗っているの?”
高速道路は、幅が広いように見えるし、周りのビルに比べて低い所を通っているので、簡単に足が置けそうだった。
ただ、足を置けば、そこを壊すことになる。でも、何も壊さないで、この小さな街を移動するのは、絶対に無理。
この高速道路の上に足を置くことはやむを得ないと思う。
でも、その上には、車が走っている。やはり、いきなりブーツで踏みつけるのは、ちょっとねと、いう気がする。
車に止まってもらうしか方法はなさそう。
“足を道路の上で振れば、車は止まるかしら。その後に、足を置けば良いよね”
そのつもりで、そこにブーツを近づけてみた。でも、それに驚いたらしく、上下線を走っていた車が次々と衝突事故を起こし、さらに、直後の車も慌てて止まり、数十台の車が立ち往生してしまった。
でも、さすがに、その先の後続車は、ブーツから離れた位置で止まってくれた。
事故を越こし、ブーツの下で立ち往生している車を見ると、”折角、踏まないように考えて上げているのに、バカじゃないの”と、思えてくる。
足を高速道路に近づけ、ブーツと大きさを比べる。道路は上下線をあわせても幅が5,6センチしかなく、ブーツの幅よりも小さすぎた。
そこに足を着けば、小さな高速道路だけじゃなくて、その隣のビル街も踏むことになる。
ブーツの下の車は踏んでも当然だけと、その周りのビルまで踏むのは、ちょっと気がひける。
でも、片足を上げたままの姿勢で動けない自分に憤慨してくる。
“本当に小さい人間がいるかどうかは、まだ分からないでしょう。それなのに何で躊躇しているの”
ブーツの下のものに声をかける。「もう足をあげちゃっているのよ。そこに置くしかないの」
ただ、小さな人間がいるとしても、それに危害を加えるつもりもないので、ゆっくりと、できるだけ避難する機会を与えるように足を降ろすことにした。
「足を降ろさせてね」と声をかけ、ブーツを下ろし始めた。
立ち往生していた数十台の車と、高速道路、その横にあるビルを、ゆっくりと、ブーツが踏み付けていく。足裏に、僅かにクシャと脆いものが潰れる感触が分かるぐらいで、そのまま潰れきる。
さらに、高速道路自体が、踏み抜かれたことで湾曲し、その上に残っていた車が道路を滑り、ブーツの周りに落ちてきた。
足元を見ると、ブーツによって高速道路が分断され、さらに周りのビルがブーツの下に消えていた。
“これぐらいはしょうがないよね”と自分で納得していた。
漸く、左足が落ち着き、両足で、安定してビル街に立てるようになった。
中腰になり、左方向に身体を伸ばし、先ほどのビルを覗き込んでみる。
「えっ!小さい」と、思わず声が出てしまった。そこに、信じられないくらい小さな人間がいた。
建物の中では、慌てた様子の小さな人々が、避難のために動き回っていた。
そのまましゃがみ込み、高速道路に顔を近づけると、止まっている車の間を、とても小さなものが動いている。
車を乗り棄てて、避難をしている人々のようだ。
足元に散乱している車に視線を移すと、何ヶ所からも火が出ていて、その間をやはり、蟻よりも小さな人々が動いていた。大きさは、5ミリもなかった。せいぜい3ミリぐらいしかないように見える。
漸く全てに確信が持てた。
“コビトが住んでいる街に来ちゃったってことね。”
自分が無様に大きくなったとは思えなかった。そうかと言って、周りが縮んだとも考え難かった。
ここは、自分の住んでいる世界とは、まったく別の世界だと思うのが自然な気がした。
でも、今の状況に不安は無かった。また、空に浮かび上がり、雲の中に入れば、元の世界に帰れると思えた。
しゃがんだまま、ビル街を踏んでいる右足のブーツを見てみた。
ここに来てから、その足を動かしたつもりはなかった。でも、身体の動きに合わせて、多少は動いていたみたいだった。ブーツの周り、ぐるりとその地面に、靴底で擦った跡があり、そこに建っていたビルはすり潰され、跡形もなくなっていた。多少の瓦礫や、潰れた車が散乱しているが、何もないきれいな地面になっている。
さらに、その地面を崩れたビルが囲み、その外側に漸く元の形のままのビル街が広がっている。
ブーツの靴底の下には、ヒールの前に小さな空間がある。ちょうど土踏まずの下側部分。そこにも、ビルが形を崩して挟まっている。ただ、完全にすり潰されていないので、何となく、元はビルだったように見える。
さらに、ブーツ周囲の地面を良く見ると、ブーツの近くや、靴底で擦った跡の上にも小さな人々が点々といる。
“こんなところにもいるの!”と、ちょっと驚いてしまう。
ブーツを囲む、崩れたビル街を見ると、瓦礫が通りを塞いでいた。きっと、逃げ道を失い、避難できなかったんだと思えた。
“お気の毒、私のブーツがちょっとでも動く度に、ビクビクしていたんでしょうね”
しゃがんだ姿勢のまま、ブーツのまわりのビル街を見る。
ビルは、10階から15階前後の小さいものが多い。その高さは、ヒール高さと同じ、7,8センチから、せいぜい踝ぐらい。足首までくるビルは、見下ろす範囲にはなさそう。
ヒール付近にあるビルをみると、その胴回りは、ブーツのヒールよりも遥かに細い。
周りのビルも同じで、上から見ると、2センチ角ぐらいのビルがほとんど。
数棟毎に細い通りがあるが、小さなビルが本当にビッシリとあたりを埋め尽くしている。
そこに踏み込めば、片足のブーツの靴底だけで、二十棟以上のビルを、その間の通りごと、簡単に踏んでしまうことが分かる。
真下を見ると、幅が3センチぐらいの通りが、自分の両足と並行に通っている。そんな狭い通りでも、周囲では、もっとも幅が広い。
通りには、乗り捨てられた車が転々とあり、その間を、小さな人間が数多く避難している。
その通りに続く、蟻の行列のような、小さな人々の流れを見る。
両足の間のビルや、足元周辺のビルから、たくさんの小さい人々が、指が1本分ぐらいの狭い通りに湧き出し、同じ方向に動いていく。それが、その広めの通りまで来ると、群集となって通りを埋め尽くして移動していた。
良く見ると、その広めの通りに面しているビルは、崩れているものがなく、きれいな町並みを作っている。
その通りまで出てきた人々は、いつもと同じ町並みに安心して、集団で通っていると思えた。
ただ、その通りは、右足のつま先のすぐ近くにある。つま先の前に、半壊状態になっているビルがあり、その向こう側がその通りになっている。つま先と通りは、1センチの距離もない。
つま先と接している、その壊れそうなビルも、通りから見れば、ビルの形がきちんと残っているんだろうなと、思える。
蟻の行列のような小さな人々の流れを見ていると、悪戯心が湧いてくる。
右足をちょっとでも前に出せば、通りにいる人々の前に、ビル街をやぶってブーツのつま先が現れる。きっと、その通りにいる人々は、慌てふためくだろうなぁ。その光景を想像すると、思わず、笑ってしまう。
でも、ちょっと、可愛そうな気もする。想像するだけに留めた。
その辺りをさらに見ようとして、身を乗り出した途端、つま先の前にあるビルが、そのつま先に乗り掛かるように崩れた。しゃがんだ姿勢のまま身を乗り出したのが悪かったみたいで、つま先がビルを押し、崩してしまったようだ。
幸い、その向こう側の通りには、瓦礫が広がらないで済み、人々の流れに変化はなかった。
しゃがんでいると、小さな人間が気になってくる。
それに、小さな人間がいることも確認できたので、立ち上がった。
完全に立ち上がると、小さな人間はまったく見ることができなくなる。
ブーツの周辺に散乱している大き目の瓦礫や、つぶれた車が、漸く分かる程度だった。
やはり立った方が、余計なことを見ないで済むから良い。
右足のブーツのつま先の上に、崩れたビルが瓦礫となって乗っている。それが汚らしく見える。つま先を左右に振って、その瓦礫を落とした。
もう一度、ブーツを見ると、つま先の上の瓦礫がなくなっていた。その瓦礫は、前にある通りに落ち、さらにそのつま先の周りのビルも崩れていて、そこにある通りを塞いでいた。
また、ブーツの周りにあった靴底で擦った跡には、新しく擦った跡が重なっていた。
自分のちょっとの動きが、小さな人々には大変なことになっているみたいだった。
でも、まだ、砂埃のような汚れがブーツに付着している。
帰ったら、ブーツの手入れをしなければと思うと、その面倒くささで憂鬱な気分になってくる。
顔を上げ、周りを見渡してみると、視界を遮るものは何もなかった。
とても、高いところから、その景色を眺めているようだった。
何でコビトの街に来たのかは分からないが、二度と、来ることはできないと思えてくる。
それにここはコビトの街、遅かれ早かれ、帰らなくてはならない。
“でも、せっかく来たんだから、写真ぐらいは取りたいよね”
帰る前に、コビトの街に来た記念写真を取りたいと思う。
ケータイを探すと、ジーパンの後ろのポケットに入っていた。大丈夫、バッテリーも残っている。
また、写真を撮るとなると、さっきの赤い鉄塔と一緒に撮るのが、良いように思えてくる。
“帰ってから、その写真をみんなに見せたら、きっと驚くだろうなぁ”
その鉄塔は、身体の斜め後ろにあった。
そこに行こうとして、足を踏み出した。その足の下で、また何かが壊れる感触がした。
足元を見ると、低いビルが乱立している中にブーツがあった。足元のことを忘れていた。慌てて足を戻す。
できる限りのつま先立ちをして、森と思われる周辺の緑色の地面に足を着いてから、鉄塔の横に来る。
鉄塔の周りは緑色の部分が多いが、その中にも建物が点在するし、足元には車が通る広めの道路がある。しゃがんでみれば、ウヨウヨと小さな人間が見えるかも知れない。でも、足元を気にしては、写真が取れなくなる。
足元に向かって声をかける。「ねえ、小さすぎて、見えないコビトさんたち。逃げるなら今の内にね。でも、わたしは気にしないから、居たいのなら居ても良いけど」
赤い鉄塔の高さは、太ももの途中ぐらいまでしかなかった。
この国で一番高い建造物が、そんなに低いのにはちょっと驚いた。
その鉄塔を見下ろしながら、この鉄塔とどんな写真を取るか考えてみた。
“ビル街があって、その向こうにこの鉄塔が立っていて、それを自分が跨いでいる写真が良いかな。コビトの街にきた記念になりそうだし”
また、帰ってから、人に見せたときに、インパクトがありそうにも思えた。
イメージ通りになるか、鉄塔を跨いでみる。
“ちょっと怪獣になったみたい”と思いながらも、跨いでいる鉄塔を見下ろした。同時に、鉄塔の周囲にも目がいく。ブーツの足跡が何箇所もあり、その中に、潰れきった建造物や、ぺしゃんこになった車が見える。さらには、ブーツの横にも、瓦礫や車が散乱していた。
“ちょっとの怪獣じゃなかったみたい”
その自分の冗談で、思わず、口元に笑みが浮かぶ。
とりあえず、足元も撮影しておこうと思い、鉄塔を跨いだまま、ケータイを取り出した。
そのケータイで、両足のブーツに挟まれている鉄塔と、その周囲を撮影した。
取れ具合を見ると、ブーツがとてもワイルドで良い感じ、このブーツで良かったと思えてくる。
ポーズは決まった。自分の全身像の撮影が必要。
となると、ある程度離れた位置からの撮影になる。ケータイをどこに置くか、あたりを見渡した。
5,6歩離れたところに、膝よりはかなり低いが、屋上が大きめのビルがあった。
そのビルならば、屋上にケータイが置けそうに見えた。
ただ、そこまでの間に、やはり低いビルが密集している。
目的地に行くためには、その密集したビル街を通ることになる。
でも、つま先立ちをすると、ブーツを傷めそうな気がして、それはやりたくなかった。
腰を曲げて、一歩目に足を着ける場所を見下ろすと、不ぞろいの小さなビルばかりが密集し、その間に碁盤の目のような小さな通りがある。良く見れば、その通りにも豆粒たちが走っている。
でも、さすがに小さな人々は、立った位置からでは見えない。
そうかと言って、しゃがんで、それらがいるか見る気はしなかった。
ビル街に足をかざしてみる。ブーツは、数十棟の小さなビルと、その間を走る車を、その靴底の下に隠した。やはり踏むことを意識すると、足の動きが止まってしまう。
考えていてもしょうがない、足を降ろすことにしたが、手にケータイを持っているので、記念の一歩目の映像を残そうと思った。
ムービー撮影に切り替えて、ビル街を写す。そして、右足をビル街の上に持ってくる。
ケータイの画面にブーツが現れ、その靴底の下に、小さなビルが二十棟以上と、数台の走っている車が隠れる。
周辺の道路では、降りてきたブーツを見て止まる車で渋滞が起こり始めていた。
また、ブーツの下からは、車が外側に逃げ出している。
ケータイの画面を見ながら足を動かすと、画面に写っていることが、自分がやっていることではないような気がしてくる。
そのまま足をゆっくりと降ろす。
ケータイの画面の中でも、ブーツがゆっくりと降りていく。そのつま先の下から、運良く逃げることに間に合った車が出てくる。
ブーツがビルに接触し、そのビルが崩壊する。それが次々とおきていく。
靴底に脆いものが潰れる感触がある。そのまま体重をかけると、靴底の下のものはあっけなく潰れきった。
一歩目が漸く終わった感じがした。
ただ、実際には、思ったよりも簡単だった。 “まあまあかなぁ”と思い、ケータイをポケットに戻して、次の歩を進める。
でも、あまり、小さい人々に危害は加えたくなかった。
できるだけ、公園や、ビルが密集していないところを探しながら、ゆっくりとビル街を歩いた。
さらに、ビル街に足を上げてから、一旦、その足の動きを止めて、通りの車が逃げる時間を作っていた。
歩きだしてみると、ビルはとても脆く、ほとんど抵抗がなく靴底の下で潰れていくので、歩き難くはなかった。
また、ビルが靴底でサクッと潰れる感触がしていた。
目的のビルに着き、そのビルの横にしゃがんだ。ビルの窓から、たくさんの人が見える。
ケータイをそっと屋上に置いてみる。
手を離した直後、ケータイは、屋上をぶち抜き、瓦礫とともに下の階へ、さらに、ケータイはそこの床をぶち抜き、その下の階へと、次々と下の階へと落ちていってしまった。
慌てて、ビルの側面から、中に手を差し入れた。手は簡単にビルを瓦礫に変えながら、中に入っていったが、ケータイは掴めなかった。
そのまま、手はケータイを追っていったので、ビルの壁一面が破損し、そこからビル全体が崩壊した。
ビルは瓦礫の散乱したものに変わり果て、ケータイは、その瓦礫の下になった。
瓦礫の上や、横には、小さな人間が動いていたが、そんなことより、ケータイが心配。
瓦礫を、その上や隙間にいる人間ごと、手で押し出し、ケータイを取り出した。
ケータイは、小さな瓦礫や埃にまみれていた。また、その上にも小さな人間が動いている。
“ケータイ大丈夫かな?”と思いながら、埃とそこにいる小さなものを、息で吹き飛ばした。
ケータイが心配で、その画面を見ながら、立ち上がり、鉄塔にゆっくりと戻り始めた。
ケータイを見ているので、足元に注意をしていなかったが、ブーツの靴底から、大小様々なビルが潰れるサクサクっとした感触が伝わってきた。
“ケータイは大丈夫そう。でも、何?この足の感触?”
足元を見ないで、次々とビルを踏んでいた。
その足裏に、サクサクとビルが潰れる感触をはっきりと感じた。
“まるで、雪が積もったあとを歩くみたい”
子供のころ、雪の上を喜んで歩いたことを思い出していた。
その足の感触がとても良かった。
鉄塔に戻り、どうしようかと考えてみた。
建物は弱すぎてケータイを支えることができない。地面に置いて撮影するしかないみたいだ。
5メートルぐらい離れたところに、ケータイが置けそうな公園があった。
ちょっと離れた位置から、鉄塔と自分の全身像を撮影するので、距離的に、そこが一番良いような気がした。
その場所へ行くためには、またビッシリとビル街が続いている所を歩くことになる。
同じようなヒール高さぐらいのビルが続き、踝の位置にくるビルは少なそうに見えた。
そのビル街を見ながら、先ほどのサクサクとした足裏の感触を思い出していた。
滅多に雪が降らない、地方の都市に住んでいた子供の頃、雪が降った次の日はとても楽しかった。
足首ぐらいの高さに積もっている雪の上をサクサクと歩くのが、とても楽しかった。
さっき感じたのと同じ感覚だった。足を乗せると、ほんの僅かな抵抗があり、その後、クシャと潰れる。歩くと、サクサクと、小気味良く踏みつけられる。
足元に広がるビル街は、雪の積もった地面よりは汚らしいが、歩けばサクサクと潰れていく気がしてきた。それを試したくなった。
足元のビル街に一歩目を振り出した。
あまり大きなビルは踏まないように注意したが、その代わり小さなビルをサクサクと踏む。
“そう、この感触。サクサクした感じ”
ビルの間を小さな車が走っていた。
でも、踏むのを躊躇していると、サクサクとは感じることができなくなる。
そのまま足を着けた。ブーツの下で、サクっと、ビル街とその間を走る車は消えていった。
途中に、高速道路が合流している部分がある。先ほど踏み抜いた高速道路とは別で、豆粒のような車がそこを走っている。そこを跨ぎ、その向こう側のビル街に足を降ろし、足を進める。
お気に入りのブーツを見る、そのセクシーなそのブーツは、密集しているとても小さなビルを、その間を走る車ごと、サクサクと踏みしめていた。
カメラを置く場所として決めていた公園の横に、ビルを踏みしめて立った。
そこから来た方向を見ると、転々と自分の足跡が、密集しているビル街に残っている。また、その先に、海を背景に、赤い鉄塔が立っていた。
しゃがんで、カメラをどの様に置くか、その場所を調べた。
公園の中央付近の広場には、小さな人間が密集してウヨウヨしていた。
周囲から避難してきたのか、それとも公園で何かイベントをやっていたのか、ともかく、小さい人間が呆れるぐらいたくさんいた。
“なんで、そこにいるの。おかげでケータイが良い位置に置けないじゃない”
公園の片側に、森林の部分があり、そこにはあまり人が見えなかった。
その森林の上に、直接ケータイを置くしかなさそうだった。
その場所にケータイをかざすと、辺りに人があふれ出てくる。そこに隠れていたのが慌てて飛び出してきたみたいだった。
立っている時には、小さい人間は見えないので気にならないが、しゃがむと、本当にそこら中にいるのが分かる。
かまっていても、しょうがない。予定通り、森林の上にケータイを置いた。
ケータイはその下の森林を押し潰して、安定して置かれたようにみえた。
でも、ケータイの周りには森林から逃げ出してきた小さな人間があふれ出ている。
ちょっと嫌な感じがする。それらに向かって声をかける。
「ねえ、あなた達、迷惑なの。別の場所に行ってね。間違っても、ケータイの中に潜り込んじゃだめよ」
そこから、鉄塔を見ると、どうしても、写真撮影に邪魔になるビルがあった。
“これと、これと、それからあれも邪魔”と、そのビルを順に追っていった。
とりあえず、ケータイの直前にある、公園の隣のビルが邪魔。
そのビルを見ると、窓越しに動く小さな人々が見える。
やはり、小さな人々を見てしまうと、ビルを壊すときの巻き添えにするのは、ちょっと抵抗が出る。
小さい人々に避難の時間を与えるためにカウントダウンをすることにした。
そのビルに声をかける。「ねえ、20秒待ってあげるから、そのビルから出ない?」
その声につられて、3,4人ほど、ビルから出てきてそのまま逃げたが、残りは出てくる気配がなかった。
「怖がっていないで、早く出て、カウントダウンしちゃうよ」
漸く、ビルの中から、少しずつ出てくるものがあらわれ、その人数がだんだん増えてきた。
「じゃあ、カウントダウンはじめ、20、19、18、17」
数えながら、ケータイの直前にあるこのビルを壊すと、その埃がケータイにかかるような気がしてきた。
そっとビルを持ち上げて、撮影の邪魔にならない位置に動かすことにした。
片手でも掴めるぐらいの大きさだが、両手でそっと持ち上げることにして、両手をそのビルに伸ばした。
ビルから出てくるものの動きが止まった。どうも、ビルに伸ばした手に驚いて出てこられなくなったようだ。
“ばかよ。気にしないで出ないと、数え終わっちゃうよ”
「5、4、3、2、1、はい、おわり」
結局、それ以降、出てくるものはいなかった。
ビルの下の方を両手で持って、そっと持ち上げた。
ビルは若干崩壊しながら1階部分でうまく切り離されたが、やはりビルに取っては無理なことをしている、ビルが下側から崩れ始めてきたことが分かった。
ケータイに瓦礫が落ちないように注意しながら、ビルを体の横まで持ってくる。ビルを見ると、その崩れ具合が広がり始めていた。
ケータイに瓦礫や埃をかけたくない。そのままビルを後ろに投げるしかなかった。
軽く投げたビルは、身体の斜め後ろで、別のビルに衝突し、崩壊した。
カメラに埃をかけずに済み、「ふ〜、成功」と、ちょっと笑み浮かんでしまう。
そのビルのあった場所を見ると、1階のフロア−部分だけが残っていた。
その場所には、ビルが切れ離された時の埃が、残念なことに舞上がっていた。
その埃をケータイに掛けたくない。
さらに、埃の中に、瓦礫やら、机や椅子や、たくさんの小さい人間の姿が見えてくる。
どうやら、手に驚いて、出られなかったものたちが、そこに留まっていたようだった。
“せっかく、カウントダウンしてあげたのに”
「あんた達、臆病すぎ」
埃の中の小さな人々を、ちょっと驚かせたくなってくる。
ケータイの上に身を乗り出し、「さあ、埃を吹き飛ばさなきゃ」と、わざと言ってから、思いっきり息を吸った。そして、唇を軽く尖がらせ、彼らの頭上に近づける。
その唇に驚き、逃げ出し始めた彼らに、そのまま「フ〜」と息を吹きかける。
息を吹き終わると、ビルの1階フロア−は、スッキリと何もなくなっていた。
さらに、撮影の邪魔になるビルを壊すために、立ち上がった。
残りのビルはケータイから離れているので、埃を気にせず、そのまま壊すことができる。
周辺のビルを踏みながら、ケータイの斜め前にある、目的のビルに行く。
高さはブーツの脛あたりだが、周りを囲む小さなビルよりは高い。
その横にしゃがんで、ビルの窓から窺うと、やはり人々がたくさんいて、驚いている様子だ。
“なんか面倒くさいなぁ”と、思いながらも、ビルに声を掛ける「ごめんね、ちょっとこのビルが邪魔なの。20秒経ったら壊すから、早く逃げてね」。
いい終わってビルを覗いてみると、既に人々が走り始めていた。
立ち上がって、ビルの上に右足を持ってくる。ビルの屋上は、靴底の半分の大きさもない。
カウントダウンを始めながら、”これはうまく踏み抜けるかも”と、ちょっとワクワクしていた。
数え終わっても、ビルの一階のエントランス周辺には小さなものが蠢く感じはあった。しかし、既にカウントダウンは終わっている。これ以上待つ気はしない。
屋上に、ブーツの靴底を乗せて、一気に踏み抜く。エントランス周辺の蠢くものや、周辺の小さなビルも含めて、靴底は全てを踏み抜いた。足をどけると、瓦礫も圧縮されていて、そこにあった建物は跡形もなくなっていた。
狙い通りにうまく踏み潰せた。
まわりの低いビルを踏みながら、次のビルの所にいく。このビルを壊せば、撮影の邪魔になるビルはなくなる。
屋上が6センチ強の真四角の形で、ビルの高さは、履いているブーツと同じくらいで、周囲で一番高いビルになっている。
また、このビルのまわりにも、同じようにヒール高さぐらいの低いビルが密集している。
中腰になり、ビルの屋上に右手を伸ばし、そっと手の平を着けてみる。そのまま、ビルの側壁沿いに、指を下ろす。
無理すれば、そのまま、掴めそうだった。ビルがこのまま持ち上がるか試したくなった。
実際にやってみると、ビルの側壁に指が食い込み、そこからビルの最上階にかけて崩れてしまい、ビル全体を持ち上げることはできなかった。
“あ〜あ、やっぱり無理”
と、立ち上がり、ビルを見下ろした。
ビルは、最上階から数階分がなくなったが、まだ、その場所に、しっかりと立っていた。
また、最上部には、崩れたフロアーが露出していた。
しゃがんで、そのフロアーを見ると、瓦礫まみれになっているその場所に、小さな人々がいた。
「あれ、まだいたの? 何で逃げてないの?」
と言いながら、自分がカウントダウンをする前に、壊し始めていたことに気付いた。
「ごめんね。急に天井がなくなってビックリさせちゃったね」
“でも、近くのビルを壊していた時に、逃げ出すのが普通じゃない?やっぱり、まだ、いるのは怠慢でしょう”と、思うが、自分にも非があるので、それは口には出さなかった。
フロアーの様子を見ると、どうやら、階段が瓦礫に埋まって、逃げることができないみたいだった。
その瓦礫をどかそうと、20人ぐらいの小さな人々が、そこで動いている。
「今から20秒数えるから、その間にがんばって逃げてね」と、小さな人々に声援を送る。
カウントダウンを始めて、立ち上がると、剥き出しになったフロア−にいる小さな人々は見えなくなる。
数えながら、周囲よりも高い、このビルを見ていると、履いているブーツと並べたくなる。
片足ずつ、ビルの横に足を降ろす。付近に密集している小さなビルが数十棟、ブーツの下に消えていった。
ブーツの間にあるビルを見下ろし、カウントダウンを続けていたが、足をビルのすぐ近くに着いたことに気付いた。
ブーツの足元を見ると、ビルのエントランス近くの通りとビル街を踏みつけていた。
どうやら、ビルから逃げる人々の上に、足を着けてしまったようだ。
“でも、わざとじゃないのよ。ちいさいんだから、しょうがないでしょう”
もう、済んでしまったこと。今さら足をどかす気にはなれない。
「5,4,3,2,1,0、はい終り。ほら終わっちゃったよ」
さあ、この次は、このビルを壊す番。
両足のブーツの間にあるビルを見下ろしながら、どうやって壊すか考えていた。
そう言えば、剥き出しのフロアーにいた人々は、無事逃げれたかなぁ。
それを確認する気はなかったが、ちょっと、彼ら向けに、サービスをして上げようと思った。
中腰になったおしりの下に、このビルが来るように、足の位置を少し前にずらした。その足の動きで、また、周りにある小さなビルを、ブーツが潰していく。
そのまま、おしりを突き出すように腰を落として、ビルのむき出しのフロアーに、ピタッとしたジーパンに包まれたヒップを近づける。その位置で、ちょっといやらしく腰をローリングするように動かす。
「ねえ、わたしのおしりって、セクシーだと思わない? 触りたいと思うでしょう?
良いよ、触らせてあげても」
さらにおしりを突き出すと、ビルの位置は、ちょうど股間の真下になった。
「フフ、おしりじゃなくて、もっと良い所よ。」と、ビルの最上部のフロアーに、ジーンズに包まれたその部分を近づけていく。何だか背徳的な感じがする。
ジーンズのその部分が、ビルと接したが、あまり抵抗するような感触はなく、あっけないほど簡単にビルが壊れ始めた。
さらに腰を降ろしていくと、ジーンズに覆われたおしりの割れ目に挟み込まれながら、ビルが潰れていった。
“邪魔ものは片付けたかな?”と、もう一度、ケータイのところに行き、しゃがんで、そこから鉄塔を見る。
鉄塔は、良い感じで、そこから見えていて、それを遮るような建物はなくなっていた。
カメラをセットしようとして、ケータイを見た。
公園全体がゆるい傾斜の山になっているらしく、ケータイは斜めに立っていた。
撮影に支障が出るほどではないが、できれば、ケータイをまっすぐ立てたい。
地面を均すことを考え、ケータイを持ち上げた。
「あ!」と、驚き、声を上げた。
ケータイの下が安全に隠れることができると思ったみたいで、小さな人々集まって、そこに隠れていたのだ。
そして、ケータイが退かされたことで、蜘蛛の子を散らすように、蠢き始めていた。
「そうよね、ケータイの下にいれば、わたしが踏むことはないわよね。でも、それって、ずるくない?」
ケータイの中に、潜り込んだものがいないか心配になり、ケータイを振ってみる。ちいさな何かが、そこから下の地面に落ちていき、分からなくなった
落ちたものが、人じゃなく、瓦礫や立ち木の一部かも知れない。でも、ケータイの下に隠れていた人々が許せなくなった。自分のケータイを汚された気がしていた。
周りに散らばっていく小さな人々に、「動かないで」と警告する。その声に驚いたのか動きが止まった。
それを確認してから、立ち上がった。
足元の公園を見下ろすと、そこは両足を揃えてやっと立てるぐらいの大きさしかなかった。
これでも、この小さな人間たちには、大きな公園なんだろうなと思えてくる。
公園内の人々は、もう小さすぎて見ることはできない。でも、そこにたくさんの人々がいるような感じはある。
公園の横のビル街を踏み潰しているブーツを見る。やはり、このブーツは、ワイルドでセクシーな感じがする。
そして、公園を見下ろしながら、話し始める。
「ねえ、この公園って、ケータイを置くと、まっすぐ立たないの。地面が傾いているみたいなのよ」
話しながら、ブーツで、公園の出入り口近くのビルを軽く踏み、その瓦礫を、ブーツのつま先で出入り口に寄せ、そこを塞いだ。
「できれば、ケータイをまっすぐ立てた方が良いと思わない? 公園の地面を平らに均せば、まっすぐにケータイが置けるようになるの。その方がきれいな写真が取れるでしょう?」
右足を上げて、セクシーな感じがする、そのブーツを公園の上にゆっくりとかざした。
|