(注)この物語は、成人を対象にして書かれており、未成年を対象にしていません。
もし、あなたが18歳未満ならば、この作品を読まないでください。


夢の中へ:中編

                     作 だんごろう


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ブーツを公園の上にかざすと、その公園の小ささが良く分かる。
“本当に小さな公園ね。つま先で、4,5回擦れば、隅から隅まで均すことができそう”

小さな人々は、もちろん見ることはできない。
ただ、公園の出入り口に向かって、小さな者達が蠢く感じはある。

“このままブーツで踏み付けるのは、ちょっと、残酷すぎるかしら”
“フフッ、おまけに出入り口まで塞いじゃったし”
でも、もう、ずいぶん、写真を撮るのに手間取っている。これ以上、余計な時間を掛けたくなかった。

公園の出入り口から離れている場所に、ブーツのつま先を着けると、そこから広がるように蠢く波が発生する。たくさんの小さな人間が、つま先から逃げようとしているらしく、それが蠢く波のように見える。
一所懸命、逃げているのだろうけど、その波の移動は遅すぎる。傍から見ると、逃げること自体が無駄じゃないのと思えてくる。

その波を追いかけるように、ブーツのつま先を地面に着けたまま横方向に動かす。
靴底が、その波に次々に圧し掛かり、すり潰していく。

つま先で地面を擦った跡をみると、きれいに、何の痕跡もなくなっている。
でも、あまり強く地面を擦ると、ブーツが痛むような気がするので、靴底だけが触れるように軽く擦っていく。それでも、擦った跡はきれいに均されている。
公園全体をそのようにして、靴底に感じる地面のふくらみ具合を確認しながら、その蠢く波と、所々に緑色に点在する立ち木も含めて、ゆっくりと丹念に擦っていった。

最後に、公園の出入り口付近が残った。
そこは、さっき、ビルの瓦礫で塞いだ場所。出口を目指して逃げてきたものが、そこで足止めされ、瓦礫の上や周辺にウヨウヨと密集して蠢いている。

“後は、ここでおわりね”
でも、そこにいる密集している小さなものを見ると、”ちょっと虐め過ぎちゃったかなぁ”と思えてくる。
彼らをこのまま残してあげてよかった。それでも、公園の中央には十分にケータイが置ける場所があった。
でも、ケータイの周りを小さなものがウロチョロされるのも嫌だった。

「ねぇ、あなたたちが言うことを聞いてくれると思えないの。ケータイを置いたら、また、そこに隠れようとするでしょ。・・・だから、ごめんね、片付けさせてもらうわね」

公園の外に踵を付けて、つま先をその公園の出入り口の上に浮かした。
出入り口と、それを塞ぐ瓦礫や、蠢くもの全てがつま先の下になり、見えなくなる。
そのまま、つま先を降ろして、その辺りを踏む。
つま先の下から、集団となって公園の内側へ逃げ出したものが見えたので、そのまま、つま先を前に滑らせて、その集団を靴底ですり潰す。さらに、その周辺の瓦礫を十分に擦り潰して、一通りの作業は終わった。
念のために、もう一度、満遍なく公園全体を擦って、地面が平らになったことを確認した。

公園を擦った右足のブーツを上げて、その汚れ具合を見てみると、つま先の周りと靴底に泥状の汚れが付いている。
「あ〜あっ、気に入っているブーツなのに」

どこかで靴底を擦りたかった。
“でも・・・道路は狭すぎるし・・・”
足元にある道路はブーツの幅よりも遥かに狭く、その周りのビル街にブーツを突っ込むことになり、余計に汚れそうに思えた。

周りを見渡すと、先ほど見かけた、高速道路の合流地点が目に入った。
そこに、ビル街を踏みながら行ってみる。

合流部分は、幅が広く、ブーツのつま先ぐらいならば拭えそうだった。
高さは、踝ぐらいで、周囲にはビルが並んでいる。
まだそこには、豆粒のような車がけっこう走っていた。

小さな車を踏むことはしょうがないと思ったが、足を置いた時に、簡単に高速道路が陥没しそうなのが気になった。
“汚れが落ちるかしら”と思いながら、ブーツで、道路を走る豆粒達ごと、その合流地点を軽く踏みつける。
でも、まだブーツを強く押し付けていないのに、そのまま高速道路が陥没し、さらに、両側に並んでいたビルが崩れてきて、ブーツの側面に瓦礫となって降り注いだ。

瓦礫の中からブーツを持ち上げると、さらに、白っぽく汚れている。
「この街には、つま先を拭うスペースもないのよね。帰ったら、これと同じブーツを買うしかないわね」
お気に入りのブーツを買い直すことを決めたが、でも、ちょっと、腹立たしい気分。

あまりにも弱くできている高速道路を見下ろすと、陥没して通行できなくなった道路に、続々と来る車が立ち往生して渋滞が広がっていた。
“でも、買い直すにしても、まだ売っているかしら”
考えると、余計に腹立たしくなってくる。別に足元の小さな人々が悪いわけではないが、こんなに弱い道路しか作っていない責任を取ってもらいたくなる。

八つ当たりと分かっているが、その渋滞をしている車の上にブーツを上げてしまう。
「ねぇ、ブーツを買いなおすことにしたのよ。せっかくだから、私のブーツの汚れになってみない?」
そのまま、渋滞の列の真中にブーツを勢い良く踏み降ろして、その部分の高速道路を陥没させ、辺りのビル街と一緒に靴底ですり潰していく。ブーツを買いなおすことを決めたので、ブーツの汚れや傷みを考えることなく踏みにじれる。

一息付いて、足元を見下ろすと、潰れきった沢山の車が細かい瓦礫と混じって散乱し、周辺のビル街が痕跡も残さないほどすり潰された瓦礫に変わっている。
その破壊の跡に立つ、白っぽく更に汚れたブーツを見ると、漸く気持ちが落ち着いてきた。


公園に戻り、そこにしゃがんでみると、公園だった場所は何もなくなり、きれいな地面になっていた。
その地面にケータイを置くと、良い感じに安定している。
それに、ケータイのまわりで、動き回る小さなものもいない。
“一石二鳥だったってことね”と、小さな人間が、ケータイの中に潜り込む心配がなくなったこともホッとしていた。

しゃがんだまま、カメラのセルフタイマーをセットしようとして、肝心なことに気が付いた。
“どうやって・・・やるんだっけ?”
セルフタイマーの機能を使うのは初めてだった。

“だれか、教えてくれないかなぁ”
周囲の足跡だらけになったビル街の通りを良く見ると、避難をしている小さな人々が点々と見える。
“なんだぁ、教えてくれそうな人がいっぱいいるじゃない”

右足のブーツ近くの通りを移動している10人ぐらい集団に、顔を近づけて声を掛ける。
「ねえ、ケータイでセルフタイマーを使うのはどうすれば良いのかしら」
でも、その集団は止まるどころから、むしろ足が速くなったようだった。

「だめよ、人の話を聞かないと」
彼らの直前のビルを指で崩して、通りを塞いでから、その頭上にケータイを持っていく。
「セルフタイマーをセットしたいんだけど、分からないの。教えて」

でも、こんなに小さい彼らの声が聞こえると思えない。耳のそばに来てもらうしかなさそう。
「今、指を降ろすから、その指に乗ってね」

彼らがいる通りに、人差し指を差し入れる。狭い通りで、降ろす指がその両側のビルに軽く触れる。その指を彼らの前に、爪を下に接地させてから、声を掛ける。
「はい、操作が分かる人、爪に乗って」
でも、だれも爪に乗ろうとしない。
「ねえ、早く」と、指をさらに彼らに近づける。
その動きに驚いたのか、彼らは、指から離れる方向に逃げて行く。

彼らの逃げる先は、先ほどビルを崩して通りを塞いである。
もう一度、「早くして」と言い、彼らを追いかけるよう指を近づけていく。
逃げていく彼らを追いかけた指は、その集団をそこに追い詰めた。
爪の先と、塞いだ瓦礫との間は、もう1センチもない。その間に集団が固まっている。
でも、爪に乗ってこない。

“ちょっと、脅かすしかなさそう”
若干、指を地面から上げて、そのまま指の背で地面を叩いた。少し、埃が舞う。
「早く乗って、このままだと、あなたたち、指の下になっちゃうのよ」

漸く、彼らの内の二人が、仲間に押されるように、爪に乗ってきた。
“やっと、乗ってくれた”
手をそっと持ち上げ、その爪を、目の前に持ってくる。

鼻息で吹き飛ばさないように、息を殺して、目の前の彼らをじっくりと見る。
一人は、爪と指先の間に潜り込むように腹ばいになり、もう一人は、指先に寄り添うように爪の上に立っている。
“小さい、目の前に持ってきても、とても小さい”
彼らの身長よりも、指先の方が遥かに大きい。

黒いマニキュアに塗られた爪の裏側で、恐怖に怯えて、指先に寄り添っている彼らを見ると、ゾクゾクしてくる。
スイッチが入りそうになり、”だめだから、ケータイの操作方法を聞かなきゃ”と、自分自身に言いきかす。

まずは、彼らの声が聞こえるか試すことにした。
話す息で吹き飛ばさないように注意しながら、彼らに話しかける。
「ねえ、耳に入って、そこで何か喋ってみて」
そのまま、耳の穴の近くに、指を動かし、指先を耳の穴に軽く差し入れた。

しばらくすると、耳の奥に小さな虫が入ってきたような嫌な感覚があり、「オーイ」と小さな声が聞こえてきた。
“聞こえる・・・。あんなに小さいのに・・・聞こえるんだ”と思いながら、「聞こえるよ」と答えてあげる。
少し時間を置いて、大声を遠くから聞いているような掠れた声で、「言われたことを、やるから、助けくれ」と言ってくる。

「大丈夫よ。安心して、終わったらそこから出してあげるから」と答えたが、それにしても耳の中は嫌な感じがするし、早く終わりにしたかった。
だが、掠れた声は、「いや、それだけじゃだめだ。俺たちを、安全に、避難させてくれ」と、続ける。

“そろそろ、限界。耳の奥の嫌な感じが耐えられなくなりそう”
「ねえ、悪いけど、早くしてもらえないかしら。耳の奥が痒くなってきたの。指を入れて掻いちゃいそう」と、我慢できずに、小指を耳の穴に入れた。
彼らから反応があり、「わ、分かった。すぐやる」と言ってくれる。漸くやる気になってくれた。

小指を耳から抜いて、ケータイをその手に持ち、自分が見える範囲で、耳からも見えるように体の横に持ってきた。
彼らの一人は、耳の奥に残り、もう一人は、耳穴の縁まで来て、ケータイを見る役目を取った。

その二人の連携プレーによる、掠れて聞こえる声に従って、ケータイのセルフタイマーのセットを教わる。
2回、ちゃんと動くか試してみた。大丈夫、もう、操作は分かった。

用が終われば、早く出て行ってほしい。
「もう、分かったから、早く出て」と、手の平を耳に当て、その耳を下にして、頭を軽く振った。
「約束・・・」とか、一瞬聞こえたが、直ぐに何も聞こえなくなる。
その手の平を顔の前に持ってくると、その上に小さな二人が乗っている。
でも、まだ、耳の奥が痒い。早く指を耳に入れて掻きたい。でも、片手はケータイを持ち、片手はこの二人が乗っている。

“耳の奥が痒すぎる”
手の平の二人を下にゆっくりと降ろすのがじれったくなる。
その小さな二人に、「ごめんね」と急いで謝ってから、唇を尖らせて、息でフッと吹き飛ばして、その手の小指を耳に入れ、耳の奥を掻く。
「ふ〜、やっと掻けた。やっぱり、痒いところを我慢するのは辛いのよね」


「はい、OKね」と、カメラのセルフタイマーのセットをし、鉄塔まで戻る。
小さいビルは小気味良くサクサクと踏んでいく。
今まで踏むこと避けていた、ブーツの真中辺まである大き目のビルが横にあった。そのビルを相手に、ブーツの威力を試したくなる。
周辺の小さめのビルを含めて、それを蹴り上げてみた。軽く速度が付いたブーツがビルに接触した瞬間、ほとんど何の抵抗もなく、脆いビルは小さな爆発をするように細かい瓦礫になり飛び散った。
「ウッフフ、私のブーツって、ちょっと威力ありすぎよね」
でも、あまり遊んでもいられない。先ほど決めた構図を思い出して、鉄塔を跨ぐ。
そして、笑いながら、両腕に力こぶを作るようなポーズを取り、カッシャ、1枚目が終了。

撮影が終了したので、ちょっと落ち着いて、両足のブーツの間に立つ鉄塔を見下ろす。
自分の股にも届かない、小さく脆い鉄塔が、怯えるように立っている。
それに向かって声を掛ける。
「心配しないで、もう一枚は撮るから。フッフフ、でもねぇ、撮影が終わったらどうしようかしら。フフッ」

股の下の鉄塔に投げキッスをしてから、2枚目を撮影するため、ケータイの所に行く。
少し周りを散策しながら、まだ踏みつけていないビル街に足を運び、そこをサクサクと踏む感触を楽しみながら歩く。

本当にコビトの街は広い。
まだまだ足を踏み入れていないビル街が見渡す限りに広がっている。
今、踏み入れた足元のビル街も、もちろん、まだ無傷のまま。
しゃがんで、街並みを見ると、通りにたくさんの小さな人々があふれている。
“避難をしている人達なのかなぁ”
動いている車はいない。通りに小さな人々が広がっているので、車では動けないみたい。
道路の端、所々に乗り捨てられた車がある。
でも、その通りを1台の赤い車が走っている。小さな人々を押しのけ、跳ね飛ばし、あるいは押し倒しながら強引に進んでいる。
小さくて良く分からないが、車高が高く、馬力があるSUV車みたいで、人々を轢きながらでもけっこうスピードが出ている。
“ちょっと、強引過ぎない?放っとけないわね”

立ち上がると、通りにあふれている人々は、小さすぎて見えなくなる。
先ほどの赤い車だけが、動く豆粒程度に何とか見えるが、相変わらず無謀な運転をしているように思える。
足元の動いている車と、その周辺の小さなビル街を見下ろすと、自分が人間を超越した存在になっていることを実感する。
その車を見下ろしながら、声をかける。
「あなたに、天罰を下すわ」
自分が言ったことが、あまりにこの場にマッチしているので可笑しくなってくる。
「ウッフフ・・・そうよ、女神の天罰なのよ」

その豆粒のように小さい車の上に、ブーツを翳す。
広めの通りだったのに、靴底の下にある通りの幅は、つま先の幅の半分もない。
先ほど、その通りにあふれていた、立った位置からでは見ることができない小さな人々を思い出す。
車を踏めば、当然、その周囲にいる人々も一緒に踏んでしまうことが頭を掠める。

“でも、神様って、一握りの背いた人々に罰を与えようとして、一つの町を、国を、あるいは世界を滅ぼすものなんでしょ。大きすぎる存在の神様に取っては、それはしょうがないことじゃないかしら”

ブーツの足元に広がる街に声を掛ける。
「ねぇ、天罰ってそういうものだと思えない?」
言ってから、”きっと、小さな人々は、何を言われているか分からないでしょね”と思うと、ちょっと可笑しい。

そのまま、動く豆粒を踏もうとしたが、ただ踏むだけではつまらない気がして、その足を止める。
“そうよね、ちょっと、遊んでみようかしら”

ブーツを退けて豆粒を見下ろすと、豆粒は、頭上に靴底がきたことで驚いたらしく、先ほどよりも速度を上げて通りを走っていた。
「あ〜あっ、危ないわねぇ。そんなにスピードを上げたら、もっと人をはねちゃうじゃないの?」
豆粒の直ぐ後ろに、通りの両側にあるビルも一緒に踏み潰してブーツのつま先を降ろす。

「でも、そんなにスピードを出すのが好きなら、フフッフ、もっとスピードを出したらどうかしら」
靴底を道路に付けたまま滑らせ、動く豆粒を追いかける。
つま先の幅は、通りの幅よりも遥かに大きい。ブーツは、通りを、その両側のビルごと粉砕し、すり潰し、瓦礫と灰色のホコリに変えて、豆粒を追いかけていく。

通りにあふれる人々も、一緒に靴底ですり潰していることが頭をかすめる。
でも、”これが天罰なのよね”と思うと、あまり悪いことをしている気にはなれない。
自分が踏んでいる通りに話しかける。
「フッフフ、光栄でしょ? だって、女神の天罰を受けているですものね」
それよりも、ビルの粉砕で付いていく、ブーツの白っぽい汚れが気になった。でも、買い直すつもりなので、”ブーツがもっとだめになった方が諦めるがつくかなぁ”と、思い直すことにした。

「遅いわよ、ウッフフ、ほら、早く走らないと、踏まれちゃうわよ」
でも、それ以上、つま先で追い立てている車の速度は上がらない。
「もう、限界なの?」

ブーツのつま先が、豆粒と軽く接触しただけでも、豆粒は粉々になる気がする。
接触しないように気をつけて、そのまま、通りをビルごと、ブーツで潰しながら、豆粒を追っていく。
でも、豆粒の速度は遅い。単調な遊びになって厭きてくる。
“そろそろ、これを踏んでおわりにしよう”
ちょうど、そのタイミングで、豆粒が事故を起こして止まってしまった。
豆粒の進行方向に乗り捨てられた車があり、速度を出しすぎていたので、避け切れずにそれと衝突した。

追いかけっこはおわり。
「はい、おしまい」と、つま先を持ち上げて、豆粒のような赤い車とその周囲を踏みつけ、軽く靴底を擦りつける。
ブーツを上げると、赤い車は、粉々になったのか、土や瓦礫に紛れたのか、まったく見えなくなっていた。


顔を上げて伸びをしてから、ブーツのヒール高さぐらいのビル街をサクサクと歩く。


気が付くと、顔の周りや、頭上に、小さな蚊のようなものが何匹か飛んでいた。
でも、飛ぶ速度は、蚊よりも遥かに遅い。飛ぶというよりも浮かんでいるって感じ。
“何?・・・ヘリコプターかしら”

たまたま、手を伸ばせば届く所に、一機、浮かんでいたので、捕まえるためにそっと手を近づけてみる。

黒くマニキュアされた爪が、空中に頼りなく浮かぶ小さなものに近づいていく。
その黒く鈍く光る爪が、とても禍々しくセクシーで、恐怖映画の一場面がイメージされる。
空中に浮かぶものが、近づいてくる指に気付いたらしく、方向転換をして逃げようとする。
それを、ジョーズのテーマ曲を鼻唄交じりに、指で追いかけていく。

小さなものの動きは遅く、その気になれば簡単に指で挟めそうなので、その進行方向に指を出したり、その周りで指を広げてみたりして、それをあちらこちらに方向転換させて、ちょっと遊んでみる。

丁度、顔の前にフラフラと来た時に、回転するプレートに爪の先を当ててみた。
パタパタと、微かに爪に接触する断続的な感触でそのプレートが弾け飛び、その小さなものはバランスを崩して斜めになって落ち始める。それを、そっと指で挟んだ。
指の間にあるものは、全長が2センチぐらいのヘリコプター。
壊れないようにそっと挟んだので、少し潰れかけている程度で済み、機内に小さな人間が二人、無事に乗っているのが見える。
その小さな者に声を掛ける。
「ごめんね。驚かしちゃったわね」

その側面全体に書かれているマスメディアの社名に気が付いた。どうやら、これは報道関係のヘリコプターで、そこで撮影をしていたらしい。
周囲を見ると、指で挟んでいるものの他に、三機浮かんでいて、それらも、同じような報道関係のヘリコプターに思える。
こちらを攻撃することはないが、やはり、頭の上を飛び、撮影をされていると思うと、煩わしい気になってくる。

指の間のヘリコプターに声を掛ける。
「あなたも、その煩わしいものの仲間なのよね」

ヘリコプターを挟んでいる指を、顔の斜め上に掲げる。
そして、周囲に飛ぶ報道関係のヘリコプターに向かって話しかける。
「ねぇ、そばにいられると煩わしいの。帰ってくれないかしら」

そう言ってから、どうなるか分からせるために、指で挟んでいるヘリコプターをそのまま指ですり潰した。顔の前を、小さな残骸がパラパラ落ちていく。

頭の周囲にいたヘリコプターが、それに驚いて離れてくれるが、その速度は遅い。
「早く行って」と、声を掛け、もっと早く飛ばせるために、キスをするように軽く口を尖らせて、フーッと、それらに向かって息を吐く。頭上でもたもたしていた、一機のヘリコプターが空中で2,3回キリモミになってから、斜めに地上にゆっくりと落ち始めた。
そのヘリコプターに向かい、言葉を掛ける。
「ウッフフ、私のキスで、ノックダウンってことかしら」

いち早く逃げ出した二機のヘリコプターは、斜め上空を飛んでいる。
それを追いかけて、危害を加えるつもりはなかったが、その方向にはケータイが置いてある。
置きっ放しのケータイに向かって歩き出すと、ヘリコプターの飛行速度があまりにも遅いので、その二機に簡単に追いついてしまった。

頭上、手を伸ばせば届くところに二機浮かんでいる。
立ち止って、それに向かって手を伸ばし、その直前で手の平を広げてみた。
二機のヘリコプターは慌てて方向転換をしたが、その内の一機は方向転換が間に合わなかったようで、手の平へ衝突しそうになる。
「冗談だから、心配しないで」と、手の平をヘリコプターから急いで遠ざけたが、その手の動きが作った気流に飲み込まれ、二機のヘリコプターはキリモミをしながら落ち始めてしまった。

「あ〜あっ」と、思わず声が出る。

二機のヘリコプターは、顔の前をキリモミしながら墜落し、一機はタンクトップの胸の膨らみの上側に衝突し、もう一機は、墜落を何とか止めようとして、腰の前でフラフラと体勢を立て直している。

胸の上に衝突したヘリコプターを見ると、柔らかい所に衝突したのが良かったのか、横倒しにはなってはいたがほぼ原型を留めていた。
それを吹き飛ばそうとして、口を近づけると、機内に小さな人がいるのが見える。

人影が見えると、ちょっと、躊躇してしまう。無理に吹き飛ばすこともないかなぁと思い、胸に乗るヘリコプターに声を掛けてあげる。
「大丈夫よ。アクセサリー代わりに付けておいてあげるわ」

もう一機は、まだ、太腿の前辺りでフラフラとしたままで、バランスが定まっていなかった。
あるいは故障しているのかも知れない。

でも、太腿の前にいられては歩けない。それに、態々、一旦後ろに下がってから、進路を変えるのも面倒。
そのヘリコプターを見下ろし、無駄だと思うが、「ねぇ、歩きたいんだけど、どいてくれるかしら」と言ってみる。だが、案の定、変わらずそこに浮かんでいる。
“このまま進むしかないわね”と、それにぶつからないように右足を前に出したが、その気流に巻き込まれたらしく、股間のすぐ下に流されてきた。
次に左足を前に出せば、それを、内腿か、股間ですり潰してしまう。
でも、そんな場所で、フラフラと浮かんでいるヘリコプターが可笑しい。
「フフッ、そんなところにきてどうするの?ほら、歩くわよ」
左足を動かすと、内腿の間に巻き込まれていくのが見え、ジーンズ越しに、内股の上の方でクシャと潰れる感触を微かに感じた。

漸く、ケータイの所に戻ってきた。
次の撮影の準備をして、また、目の前にある鉄塔に向かう。
まだ踏んでいない、ビル街の上に足を置いて、サクサクと歩く。
ちょっと高めのビルがあったので、ブーツを上げて、靴底で押し潰す。

鉄塔の所まで戻ったが、2枚目のポーズをまだ決めていなかった。
“時間がない。どうしよう”と、足元の鉄塔を見下ろす。
あまり考えがないまま、しゃがむと、鉄塔の根元の方を両手で掴み、鉄塔を引き抜いた。
そのまま立ち上がり、鉄塔を胸の前に持ってきて、急いで、胸の谷間に押し入れるようにして、カメラを向きニッコリと笑った。
カッシャ、2枚目終了。

撮影が終わって、鉄塔に注意が向いた。
鉄塔には、その中央付近に大きめの展望台と、鉄塔が細くなっている上の方に小さい展望台がある。

中央部の展望台は、胸の谷間に押し込んだ時に変形したらしく、その周囲の鉄骨も含めていびつな格好になっている。
さらに、もう一つの小さい方の展望台に目が行く。
初めに、鉄塔を跨いだ時のショックで、エレベータが動かなくなったみたいで、多数の人々が取り残されていた。
また、階段を使って降りている人が、鉄塔の間に点々と見えた。
それらの人に声を掛ける。「ごめんね。びっくりさせちゃって」

しゃがんで、鉄塔を元の位置に戻そうとするが、引き抜いているので、四本の脚をそっと地面に置くしかなかった。
それに、既に、鉄骨はゆがんでいたり、大きく曲がっていたりして、地面に置いてから手を離すと、ゆっくりと倒れていく。

そっと鉄塔を寝かせれば済むが、やはり立ててみたい。
でも、やり直しても、ちゃんと立たない。置く位置を少し変えてもだめ。
ちょっとイラついてくる。

鉄塔の根元を地面に突き刺そうとして、左手で、中央の展望台のすぐ下側あたりを握り、鉄塔の4本の下側の鉄骨が、まっすぐ下に向くように右手で曲げた。
持ち替えて、両手で鉄塔の下側を包み込むように持って、改めて鉄塔を見てみる。

全体的なゆがみと大きな曲がりは、胸に挟んだ時にできたもの。
中央の展望台は、その直下を左手で掴んだ時に破損したらしく、周りを囲む4本の鉄骨が、展望台を切り裂いて大きく内側に湾曲している。その展望台を上からみると、切り裂かれた天井から、中の小さな人間が直接見える。
鉄塔の下側は、その鉄骨を無理に真下に向けたので、いびつに曲がっている。
「何か、ずいぶんぼろくなっちゃたね」

しゃがんだまま、改めて鉄塔のあった場所を見下ろすと、鉄塔の下側にあったビルが、多少崩れてはいたがほぼ原型を留めていた。
おまけに、その屋上に点々と人がいるのも見える。エレベータが壊れ、下に行く階段も瓦礫に埋もれてしまい、取り残されているみたいだった。
それらに向かって「ごめんね。もう一回、鉄塔を立てさせてね。大丈夫よ、うまく立てるから」と声をかけてから、両手で包むように持っている鉄塔を、そのビルの上に立てようとして、軽く勢いを付けて地面に打ち付けた。
四本の脚は、うまく地面に突き刺さったが、両手で包んでいる、鉄塔の下側部分は内側にボコッと変形し、また鉄塔全体は、打ち付けた衝撃で、細かい構造物を撒き散らしていた。
そのまま、ゆっくりと手を離そうとしたが、押さえている手のすぐ上あたりから鉄骨が曲がり、それより上の部分が斜めに大きく傾きだした。
「えっ!?」
手を離すこともできず、目の前の鉄塔を見ていると、そこでの曲がりが大きくなっていき、それより上部の傾きは加速していく。
さらに、変形が大きくなっていき、鉄塔を持つ手のすぐ上で、ぐにゃっと曲がってしまい、それより上部は勢いを付けながら、地面に激突した。
「あ〜あっ」と、手を鉄塔から離し、立ち上がって、足元を見下ろす。
そこには、元は鉄塔だったものが、変わり果てた姿であった。
根元の部分は、一応、4本の鉄骨が立っているが、そのすぐ上で大きく内側に湾曲し、さらにその上でぐにゃりと横に曲がり地面に向かっている。最上部の展望台は地面に激突しバラバラになり、中央の展望台は骨組みだけの残骸が残り、鉄塔の周囲にその破片が散乱している。

手を腰にあて、両足のブーツの間で無様な格好になっている鉄塔を見下ろし、それに向かって話しかける。
「せっかく、立たせてあげようと思ったのに・・ね」

自分の努力が無駄だったことが、ちょっと腹立たしい。
片足をあげて、鉄塔の下にあるまだ原型を留めているビルごと、勢い良く踏みつける。
ブーツはほとんど抵抗を感じることなく、それを踏み抜き、靴底からはみ出した部分は衝撃でバラバラに飛び散った。

足を上げてから、踏みつけた時にできたブーツの足跡を見下ろすと、細かい瓦礫の中に半端埋もれた曲がった鉄骨があり、その周囲に残りの部分が散乱している。
思わず、「弱すぎるあなたたちが悪いのよ」と言葉が出てしまう。

もう一度、そこを踏みつけてから、ケータイを取りに戻る。


何回も往復したので、このあたりのビル街はグチャグチャになっている。
小さな火があちこちに見える。
自分が気にせずに踏みつけているビル街が、どうなっているのか興味が湧いた。
しゃがんでビル街を見下ろしてみる。

事務所のように窓が大きいビルの窓から、小さな人間が残っているのが見える。
狭い通りの中で、行く手を火で挟まれ、また、その逆側にも火が迫って、動くことができないような人々もいる。
倒壊しているビルから、飛び出してくる人もいれば、小さな人々が集まって、下にいる人を救助しようと瓦礫を除けている場面もある。
身を乗り出すと、ちょっと広めの道路が眼下に入り、避難している人々でごった返しているのが見える。それらの人々の流れは、横に広がる無傷のビル側に向かっていた。

あまりにも小さな世界なので、自分が彼らに危害を加えている事実に現実感が湧かなった。
ただ、何回も往復をした場所なのに、これだけ逃げ遅れている者がいるのに、ちょっと驚いた。立ち上がって、しょうがないと、肩をすくめるポーズをする。もう一度、下を見たが、立った位置からでは、もう小さな人々を見ることはできなかった。

歩き始めようとしたが、歩くのならば、横にある無傷のビル街の方を歩いた方が楽しく思える。
そちらに向かおうとして足をあげてから、たった今見た、沢山の人々が避難している道路の上にブーツを翳していることに気付いた。
でも、もう、小さな人々を庇う気にはなれず、そのままそこを踏みつけてから、その横の無傷のビル街に足を踏み入れ、サクサクとビルを踏む感触を楽しんだ。


ケータイを置いてある公園の横に来て、それを取るためにしゃがむ。
ケータイに手を伸ばしながら、足元を見ていくと、この付近のビルの通りにも、まだ避難をしている人々が、所々に見える。
本当に、そこいら中に、小さな人間がいる。

立ち上がり、ケータイをジーパンの後ろのポケットに入れる。
さて、帰ろうと思ったが、何となく物足りない気がする。
もう少し、この場所で遊びたかったし、それに、帰るのならば、ロマンチックに空に浮かび上がりたいと思えた。
見渡すと、離れたところに、緑に覆われた広い場所があった。
そこから飛び立つ方がステキに思えるし、そこまで歩く間も、色々と楽しめそうな気持ちがした。

そこを目指して歩き始める。
もう、ビルに対する遠慮は、まったくない。
できるだけ、ビルが密集しているところを歩き、サクサクする感触を味わっている。
動いている車が走る通りが見えれば、それを中心にして、辺りのビル街を小気味良く踏み潰す。
また、高いビルは、ブーツの靴底で押し倒したり、足を振り上げて、一気に踏み潰す。
小さなものを壊すことで、とても、爽快な気分になっていた。

足元に、片側2車線で両側に歩道がある広い通りがあった。広いと言っても、6,7センチの幅しかないが、その周囲では一番広い通りだった。
そこでしゃがんで見ると、乗り捨てられた車が点々とあり、通りいっぱいに、小さな人間が群集となって広がり避難をしていた。

この群集の数もすごいが、もっと、この通りに小さな人間を集めてみたくなる。
立ち上がって、この道路から3,4メートル離れた場所に移動し、そのあたりのビルやアパートを順に踏んで行き、避難するものがその通りに出てくるようにしてみる。

小さな人々の動きは遅いので、できるだけ時間をかけて、ゆっくりと追い立てる。
でも、足元の小さな者は見えないので、うまく建物から追い出せているのか分からない。けっこう建物ごと踏み潰しているのが多いような気もしてくる。

ある程度終わったら、今後は通りの逆側に行って、同じように追い立てる。

避難を始めた人々が通りに出て来易いように、そこから離れて待つことにした。
「フフッ、時間潰しの・・・ビル潰し」と、その辺りのビル街を瓦礫に変えていく。

“もう、良いかしら”
通りがあるビル街に戻り、足を広げてビル街に立つ。その足の間に通りがある。

小さすぎて立っていると見えない人々だが、ありえないぐらい密集しているらしく、通りに蠢くものがはっきりと見える。通りが一本の細かく脈動する、得体の知れない生物みたいだ。
「すごいのね、ずいぶん、集まったわね」
狙いが成功したので、嬉しくなる。

両手を腰に当て、もう一度、通りを見下ろすと、蠢く小さな者達は、潮が引くようにゆっくりと足元から離れていく。
“逃げているのかしら・・・その遅さで?”
足元のその遅すぎる動きが笑いを誘う。
「ウッフフ、そうよね・・・怖いんでしょうね。私に、いつ踏み潰されるか分からないものね」

ちょっと驚かしたくなる。通りの小さな者達の頭上にブーツを持ち上げ、彼らを見下ろし、声をかける。
「さあ、ブーツを降ろしちゃおうかな」
ブーツの下で、蠢く波ができる。必死に、靴底の下から密集しながら逃げている動きが、小さな波となって見える。慌てている様子が窺え、その動きが可笑しい。

「ウッフフ、冗談よ。ちょっと遊んだだけ」
ブーツを彼らの頭上から遠ざけて、元のように通りから離れたビル街に下ろす。

でも、ちょっとしたことで、ざわめく群集の動きが面白い。
その足元の人々を、もっと、怖がらせたくなってしまう。

どんな悪戯をしようか考えると、笑いが出てしまう。
小さな人々を見下ろしながら、笑いを噛殺して、声を掛ける。
「ウフフ、もっと・・・、フフッフ、怖がらせちゃおうかな・・・そうね・・・この通りに閉じ込めるなんて・・どうかしら」

まずは、通りからの逃げ道を塞いでいく。
この通りと別の通りが交差する部分を見ると、その通りに逃げる人々と、逆に別の通りに逃げようとする人々でごった返して、一段と蠢いて見える。

そこにいる者達に分からせるため、その上にブーツを浮かす。
「ねぇ、今から、ここを塞ぐわ。早く、向こうの通り行って」
話してから、行く方向を、つま先を振って示したのに、言った事に反して、そこで密集する者達は、通りから逃げる方向に動き出してしまった。
“しょうがないなぁ”と思いながら、周囲のビルを軽く踏んで瓦礫に変えて、その下に密集して逃げ出した人々を巻き込ませながら、ブーツで寄せて道路を塞いでいく。

順々に、同じように、通りと交差している道路を塞いでいき、2メートルぐらいの長さに渡り、別の通りに逃げることができないようにした。

次は、通りの両端を塞ぐことになる。
塞ぐ位置と決めた場所よりも、さらに、離れた所にいる者達もそこに追い込もうとして、そこにいる人々の群れをつま先で追い立ててみる。
でも、これはあまりうまくいかなかった。できるだけ、ゆっくりとやっているのに、その群れは、次々と靴底の下に入ってしまう。
「ほら、もっと早く動いて」と叱咤したが、逆に疲れてきたのか、群れの移動は遅くなり、靴底ですり潰していく量が増えていく。

それでも、通りに広がる群集の一部は、追い込めてはいたが、ここで時間を掛けると、通りの逆側から、多数の人々が逃げてしまう気がしてきた。

早く、この場所を塞ごうと、群れからブーツを離したが、そこで、ちょっと嫌なことに気が付いた。
“何か・・・通りを瓦礫で塞ぐ場所に、人を集めちゃったみたいね”

その周囲にあるビル街にブーツを下ろして、十数棟のビルをまとめてブーツで寄せていく。
“どうしようかなぁ。・・・でも、どうしようもないわね”と、密集している者達を、寄せているビルの下に巻き込ませながら、通りを塞ぐ瓦礫の山を作る。その山を、軽くつま先で踏んで、壁を作った。

次に、その通りの逆側を塞ぐために、急いで、逆側の場所に向かって歩く。
歩きながら、通りを見下ろすと、密集し、蠢くものが延々と続いている。すごい人数になっている。
“すごいわ。一万人以上、いるのかしら”

通りの逆側に着いて、足元を見ると、大変なことになっていた。
もう、ここ以外は、全て塞いでいる。通りの人々もそれが分かっているらしく、そこから、人々が密集して、逃げ出していた。
「もう! 何で逃げるの?」
ともかく、人の流れを止めなければならない。
逃げ出している群衆を、急いで踏み付ける。
さらに、そこから、枝分かれしている様々な通りに広がっている群集を、その周囲のビルごと、両足で、バタバタと踏み潰していく。

通りから逃げ出す人々の動きがすぐに止まった。

ちょっと、気持ちに余裕ができ、足元を見下ろす。
周囲にはビルが一棟もなくなり、足跡が幾重にも重なっている。
あれだけ、大量に、雑多な路地に広がっていた群集は、もうどこにもいない。
逃げ出す群衆に慌てて、辺りを両足で踏み躙った結果だった。

“あ〜あっ、千人以上はいたのかなぁ・・・それをまとめて踏み潰しちゃった・・・”
でも、それを考えてもしょうがない。逃げ出した者達が悪いのだ。

通りの群集を見下ろすと、ざわざわとした感じがあり、隙があれば、また逃げ出すように思える。
“逃げ出さないように、ちゃんと教えておいた方が良いかしら・・・”

長さ2メートルの通りにいる全ての人々に話しかける。
「ねぇ、私の言うことを聞いて。この通りから逃げないで欲しいの・・・。分かってもらえるかしら」
ブーツを上げて、まだ塞いでいない通りの端に持っていく。
踵を通りの外側について、つま先をその通りに向ける。
つま先の下には、通りとそれを挟んでいるビル街がある。
通り全体に人々は密集している。つま先の下にも、もちろん人々が密集している。
ブーツの靴底が頭上に来たことで、通りの端にいた人々が、内側に逃げようとして蠢いて見える、でも、通り全体が混雑しているので、その動きは遅い。
“無理よ。混雑しているから動けないでしょ”

通りにいる全員に、ブーツを持ち上げていることを示すために、2,3回つま先を振ってから、改めて話す。
「ブーツの下には、あなた達のお仲間がいるわ。あなた達に逃げ出すとどうなるか教えるために、可哀想だけど・・・、この人達には犠牲になってもらうわ」

“ちゃんと言葉がわかるかなぁ”
虫相手に真面目に話しているようで、噴出しそうになってくる。
その笑いを押えて、靴底の下にいる人々と、通りの両側のビルと一緒に踏みつけ、離れている人々にもやっていることが分かるように、ブーツを大きく左右に振って、そこを踏み躙る。

一応、通りの人々に確認をする。
「ねぇ、ちゃんと分かってくれたかしら。逃げ出すとこうなってしまうのよ・・・。絶対に逃げ出さないと約束できる人は、両手を挙げてくれる?」
通りがザワザワと蠢く感じがする。小さすぎて両手を挙げていることは分からないが、蠢くその感じからして、そうしていると思われた。

「ありがとう。約束してくれて、必ず守ってね」
自分が一番魅力的に見える微笑を浮かべ、彼らにウィンクをする。
そして、今、踏み躙った辺りに、瓦礫をブーツで寄せて、最後の逃げ道を塞ぐ。

これで、通りの囲い込みはおしまい。その通りを改めて見下ろす。
両側がビルで挟まれている幅6,7センチの通りは、2メートルの長さで塞がれ、逃げ道もなく、密閉された場所になっている。
また、その通りには、信じられないくらいの人々が密集している。

「ウフ、私のプライベートエリアね。アヤ通りとか名前を付けようかなぁ。でも、ウッフフ、人口密度は世界一よね」

振り返って、通りを塞いだ反対側を見ると、そこにも、一塊の群集がいた。
先ほど、逃げ出していた群衆の内、踏みそびれた者達だった。
既に通りの封鎖は終わっているので、これらとゆっくりと遊ぶことできる。
囲い込んだ方は、後で楽しむことにして、先ずは、その外側で群れて逃げ出している方と遊ぶことした。

その群れがいる通りの近くにしゃがむ。
「あなた達は、逃げ出した人達なのよねぇ。・・・天罰が必要かしらねぇ・・・」
しゃがむと、群れとなっている一人一人の小さな者達が、小さな手足が付いた生き物程度には見えてくる。でも、やはり小さすぎる。もっと近くで見たくなる。

“腹ばいになろうかしら”
後ろを振り返ると、無傷のビル街が広がっている。さらに、その間の碁盤の目のような狭い通りにも、避難している人々が、沢山の動く点として見える。
“フフッ、この街を身体で押し潰しちゃうのね”

両手を着いて、四つん這いの状態になってから、体の下にある無傷の街を見下ろすと、ビルの中や、通りに沢山の小さな動く点が見える。
それらに向かって、声をかける。
「ねぇ、ブーツで潰されるよりは、ウッフフ、私の身体で押し潰された方が良いでしょ?」
ちょっとエッチな感じがしてきて、思わず笑ってしまう。そのまま笑いながら、ビル街を身体で押し潰していく。
ジーンズに包まれた太腿と腰でビル街を押しつぶす。
短めのタンクトップから縦長のヘソが露わになっている。そのお腹でビル街を押しつぶす。
胸をビル街に近づける。高さがマチマチのビルが胸に当ってくる。
胸の下になっているビル街の狭い通りには、避難している人々が大勢見える。
その沢山のビルを柔らかく胸が押す。ウエハース程の強度もないビルが、順々に崩壊し、狭い通りにいる人々に降り注いでいく。
さらに、上体を下げると、胸の重みで、ビル街が胸の下で押し潰れていく。
両肘をつくと、ビル街を潰しきった胸は周りに広がり、その周囲のビルも胸の下に巻き込んでいく。

タンクトップに包まれた胸の上側には、まだ、先ほどの小さなヘリコプターが、アクセサリーのように付いていた。それを潰さないようには注意をした。

両肘をついたまま、顔を通りの上に乗り出して、そこを見下ろす。
「あっ!」
思わず声が出てしまう。
今まで精々しゃがんだ姿勢でしか、通りの者達を見ていなかったので、その群れているものが手足が付いている小さな虫程度にしか見えていなかった。
だが、今、その通りは、眼下15センチもない所にあり、そこに群れをなしているものが、”洋服をきた人間”であることをはっきりと認識してしまう。
“そうよね。虫のように踏み潰していたのは、小さくても人間なのよね”

改めて、大きさの比較をしてみる。
通りを挟むビルの高さは、7センチぐらいで、10階建てになっている。
10階建てならば、30メートル以上になっているだろうから、比率としては、約450倍になる。
“私の大きさは、450倍になるのね・・・と言うことは、身長は800メートルを越えちゃう。けっこう大きいわね”
眼下、15センチぐらいの所に通りがあるので、その比率だと、6、70メートルの高さから通りを見ていることになる。
“なるほどね。この高さだと、小さな通りがどうなっているのか良く分かるわ”

幅、6,7センチの通りは、ちゃんとした人間の街だった。
車道には片側2車線の車線区分が引かれ、その車道の端には車が乗り捨てられている。
交差点には信号があり、横断歩道が引かれている。少し離れた所には、歩道橋がある交差点もある。
両端の歩道には、街路樹が植えられ、街灯の支柱が等間隔で立っている。
道路の面しているビルの一階部分は、食べ物屋、コンビニ、雑貨屋が並んでいる。
小さい、本当に小さいが、人間が作った町がそこにあった。

群れをなす人々は、上空に顔が見えたので驚いたらしく、慌てて逃げ出している。
小さな手足を使って、懸命に走っている様子も見える。

通りを動いていく人々を見下ろす。
それらを虫のように潰すつもりだった気持ちが揺らぎ始めている。
“やっぱり、人間・・・なのよね・・・”

“でも・・・。もう、ずいぶん虫のように潰してしまったし・・・、今更、助けてもどうかしら”
“それに、折角、通りに人々を集めたのに・・・、それを逃がすのも、もったいないわ”
頭を上げて、先ほど封鎖した通りを見ると、人々が密集して塊りになっている。
“やっぱり、あれで、後で遊びたいし・・・”

考え事から我に返ると、顔の下からは群集は逃げ出していて、ちょっと離れた所に移っている。
群集が去った通りには、所々に、逃げ遅れた人々がいるぐらいで、ほぼ無人の街になっている。
通りの幅は手を差し入れるには狭いくらいだが、通りの両側のビルは10階建ての低めのビルが続いていて、その高さは精々7センチなので、通りに指だけならば降ろせそうだった。

その場所に、人差し指と中指の二本の指を降ろしてみる。丁度、爪も含めた指の長さは、通りを挟むビルと同じぐらい。
“指だけでも、10階建てのビルの高さと同じってことは、30メートル以上になってしまうのね”

爪の先を接地させて、指で歩いてみる。人々に取っては広い通りも、指を動かすには狭いくらいに感じる。

指の動きを、ファッションモデルの歩きを真似てみる。黒くマニキュアされた爪はハイヒール、膝を伸ばして接地し、お尻を振りながらセクシーに歩かせる。

群集は押し合いながら、動いているので、思うように進んでいない。
降ろした指から、20センチの所が最後尾になっている。
そこを目掛けて、指をセクシーにゆっくりと動かす。

遅々としか進まない群集に、指での歩行は簡単に追いついてしまった。
そのまま、小さな人々の中に指先を降ろそうとしたが、その動きが止まってしまう。
“生きている人間・・・・なのよね”

二本の指の内、一本は接地し、一本は彼らの頭上で止まっている。
やがて、群集は動き、上げている指の下には、だれもいなくなる。漸く、その指を降ろし、次の一歩を進め、逆側の指を彼らの頭上に持ち上げる。

そうやって、群集を追いかけながらも、気持ちが迷っていた。

黒いマニキュアをした鈍く光る爪。その爪で簡単に蹂躙できる蟻よりも小さな「人間」。
その対比が、とてもセクシーに見えるのに、まだ、気持ちに迷いがあった。
小さな人々を、また、玩具にするには、何かキッカケが欲しかった。


そろそろ、次の一歩を進めようと、自分の爪を見ると、その爪の下で、もがいている者がいる。気付かない内に、群集の一人をその下に巻き込んでいた。

顔を寄せてよく見ると、それは仰向けに倒れている男の人で、膝から下が爪の下敷になり、両手で、自分の上に聳える爪を必死に叩いていた。

知らずに苦しめている小さな人間に、思わず見入ってしまう。
“私のことを怒っているのかしら。でも、態とじゃないんだからね・・・”

爪の下でもがいている者を見て、”そうよ。この人に、決めさせれば良いんだわ!”と、閃いた。
”自分ながら、良いアイディアだわ”

早速、それに声を掛ける。
「ごめんね。小さすぎて分からなかったのよ」

“次のあなたの態度で、決めるわ。もし、あなたが私に対して怒ったら、あなた達、全てを私のオモチャにするわ。でも、慈悲を請うようだったら、これ以上、危害は加えないであげる”

肘をついている方の手を、後ろにまわして、ジーパンのポケットからケータイを取り出す。
そのレンズを爪の下にいる者に向け、ズームをしていく。

“見える!顔まではっきりと見えるわ”
ケータイの画面には、爪の下にいる者を大きく映していた。
30歳ぐらいの背広を着ている、真面目そうな男の人で、苦痛に顔を歪めて、こちらを見上げていた。

もう一度、その者に話しかける。
「ほんとうにごめんなさいね。あなた達って小さいでしょ。だから気が付かないのよ」

でも、まだ、爪は上げていない。その足は爪の下敷のままにしている。

“さあ、早くリアクションして”

ケータイの画面にその顔が映っている。
その表情が・・・変わる・・・

「フッフフ」思わず笑いがこぼれる。
・・・こちらを指先して、怒っている。

画面に映っている口の動きと表情から、「早く、指を退けろ」と怒りながら言っている様子が分かる。
“小さな者が、身の程を知らずに、私に対して怒っている”
“・・・あなたに、その身の程知らずな態度がどうなるかを教えてあげる・・・”

爪の下にいる者に顔を近づける。
男を抑えている指を斜めにして、さらに、顔を寄せる。
爪の下の小さな男は、ちょうと、両目の真下にいる。
額の下に、通りの向かい側のビルの並びが、鼻の下に、通りのこちら側のビルの並びがある。

さらに顔を下げる。
鼻の下のビルの並びに、鼻先が触れる。その屋上が陥没する。
さらに顔を下げる。
降ろしていく鼻先がそのビルをさらに陥没させていく。額が通りの向こう側に面しているビルと接触する。

爪の下の男は、両目の前、7センチもない所にいる。
手をバタバタと動かしているのが見える。

横目で、ケータイの画面を見ると、男は、驚愕の表情で見上げ、“あっちに行ってくれ”と盛んに手を外側に向けて振っている。

思わず、笑ってしまいそうになり、笑いを堪えたが、漏れた息で、口の下にあったビルを崩してしまった。

その者に、ゆっくりと言葉を切りながら話しかける。
「私は、お前達に取っては超越した存在、女神なのよ。その女神が、小さなゴミのようなお前に謝ったのよ。それなのに・・・・私に怒りを向けるのは・・・・不敬だと・・・・思わないの?」
声の振動で、鼻と口の周辺にあるビルが崩壊し、話す息で、その瓦礫が通りに広がっていく。
ケータイの画面をチラッと見ると、男は、目の前の息で崩壊していくビルを泣き出しそうな顔で見上げている。

その情けない顔で笑い出しそうになったが、それを堪えて続けて話す。
「・・・たった今、お前が取った、その態度で、お前達全ては・・・・滅ぼされてもしかたない運命を背負ってしまったのよ」

話す息で広がった瓦礫で、通りが埋め尽くされていた。
ただ、男は、爪の下にいるのが幸いし、爪で守られ、瓦礫で身体が潰されることはなかった。

ケータイの画面を見ると、爪の下にいる男は、恐怖のあまり泣き出していた。
自分の狙いとおりに怖がってくれているので、うれしくなり、ちょっと、口元が綻んでしまう。
“でも、怒ってくれてありがとね。本当は、そっちを期待していたのよ・・・。私も楽しめるしね”と、爪の下にいる小さな者にウィンクをしてあがる。


爪を若干上げて、その男を自由にしてみたが、膝から下が完全に潰れきって、立ち上がることができないようすだった。それでも、背泳ぎをするように両手を動かし、逃げようとする。

上げた爪をその小さな体の胸の上に持っていくと、これから潰されることが分かったみたいで、背泳ぎをやめて、両手で必死にその爪を掴み、体から離そうとする。

その小さなものに小声で話しかける。
「フフッ、無理よ。そんな小さな体では抗うことは無理なのよ。諦めるしかないのよ」
ケータイの画面を見ると、苦痛の表情の中で、口が動き何か喋っている。たぶん、”助けて”とか言っていると思うが、今更、慈悲を請うても手遅れ、既に決まってしまったこと。

爪の先で小さな者の胸の辺りを潰す。一瞬驚愕の表情になった後、二度と動かなくなる。


顔を上げて、鼻についたほこりを落としながら、人々の群れを見ると、だいぶ離れた位置に通りを移動していた。
無理に手を伸ばせば届くが、身体を横にずらすことにした。

両手を着いて、上体を上げると、通りが小さく見える。さらに、群れをなす人々が点に変わってくる。
顔を引っ込めると、通りの人々がビルの陰になり見えなくなる。

“向こうも、私が見えなくなったことでホッとしているのかなぁ”
顔を引っ込めたまま、ケータイをジーパンのポケットに仕舞う。
通りの者達から見えないように、四つん這いの姿勢を低くして、できるだけ音を立てないように身体を横にずらす。
“何か、猫の動きみたい。ニャ〜ンって、ないてみたら面白いだろうなぁ”
ビル街に四つん這いになって、ちょっとお尻をあげた猫のポーズを想像する。
“楽しそう。後でやってみよう”
でも、今は、それはできない。そのまま、身体の下にきた無傷のビル街と、そこで点々と動いているものをゆっくりと身体で押し潰し、腹ばいになる。

その姿勢から、通りの上に、突然、顔を出し、群衆を驚かせるつもりだった。
“そこで、ニャ〜ンってなくのも楽しそう”
その瞬間の通りの人々の驚きを思うと噴出しそうになってくる。
髪の毛が垂れないように、左手で髪を抑える。そのため、片手で上体を支えることになり、ちょっと不安定になる。

でも、自分のたくらみが可笑しい。笑いが抑えられなくなる。
「プッ」もうだめ、噴出しそう。急いで上体を前に繰り出した。

“あっ!”と思った時には、バランスを崩して、グシャッと顔から通りに突っ込んでいた。
通りを挟むビル街がクッションになり、痛くはなかったが、口の中に小さな沢山の異物の感触があった。笑いながら、顔を突っ込んでしまったので、口の中に入り込んできたみたいだった。

上体を起こして、顔をはたく。
通りを見下ろすと、突っ込んだ顔と肩で、辺りのビルが潰れていたが、既に群集はそこから動いていた。

“んっ?”
口の中のものを吐き出そうとすると、その中で、沢山のプツプツと小さな動くものを感じた。
唾と一緒に、その一部を、手の平に吐き出すと、唾の中で、小さな人間が4,5人、もがいていた。
どうやら、通りにいた小さな人々の集団が口に入ってしまったみたいだった。

その手を横にあったビルの屋上に擦り付けながら、以前に食べたことがある、白い小魚の踊り食いを思い出していた。喉を通る時のピチピチと動く感触が面白かった。

“そうね・・・、口の中のプツプツとした動きは、あれよりも弱いけど、でも、喉を通るときにどうなるのかしら”
あまり時間を置くと、口の中のものの動きがさらに悪くなりそうな気がする。
“ウフ、新鮮な内に・・・頂きましょ”

口の中に散らばっているものを、舌を使って、その舌の上に集めていく。
“暗い口の中で、唾液にまみれながら、舌に翻弄されるのって・・・ちょっと怖いかも。フフ・・・でも、直ぐに終わるわ”
粗方、舌の上に集まったので、それをゴクッと飲み込む。

喉の奥に、若干、小さな沢山のものが蠢く感じがしたが、ピチピチと動くような食感までは味わえなかった。
“こんなものなのかしら・・・もう一度、試すしかないわね”

通りの群集を見下ろす。まだ、3百以上の数はいる。
“これを舐め取るのよねぇ・・・・”
さきほどは、既に口の中に入っているものを飲み込むだけだったので、抵抗はなかったが、通りを動いている人々を舐め取るとなると、やはり気持ちが引けてしまう。
“残酷なような気もするし・・・、それにきたないような気もするし・・・、どうしようかしら”
諦める気にもならずに、視線で逃げる人々を追っていく。

“そうだわ、猫になれば、良いのよ”
猫の真似をすることを思い出し、猫になりきれば、群集を通りから舐め取ることができそうに思えてきた。
四つん這いになり、お尻を高くする。グラビアでよく見かける、お決まりのセクシーポーズ。
そのまま、通りを見下ろして、「ニャ〜ン」とないてみる。
ちょっと、バカバカしい。思わず、クスッと笑ってしまう。

四つん這いで、辺りの無傷のビル街を両手と両膝で潰しながら、「ニャ〜ン」とないて、猫が歩くようにしなやかに歩いてみる。
通りの人々は、大きくセクシーな猫の獲物。彼らに、自分の身体が見えるように、ゆっくりと、幅が7センチもない通りを、四つん這いで跨いでいく。
猫が獲物の周りを歩くようにして、2,3回、通りの上を往復する。
気持ちが高揚してくる。通りの人々を舐め取りたくなってくる。
最後に通りを挟むように跨ぐ。通りは、胸とお腹の下にまっすぐあり、顔の下あたりで群集は動いている。
“ほら、がんばって”と、顔を低くして、ビルの谷間の通りに鼻先を入れて、群集を吹き飛ばさないように注意しながら、彼らの頭上で「ニャ〜ン」とないてみる。
笑いを抑えながら、見下ろすと、群集の逃げ足が少し速くなっている。
“可笑しすぎる”通りから顔を上げて、声を立てて笑ってしまう。

もうちょっと、群集が動いてくれると、大きな交差点に出る。そこで、群集を舐め取ることが良さそうに思えてきた。
“もっと、急がせてみようかしら”と思い、もう一度、彼らの頭上に、息が掛かるぐらい顔を近づけて、笑いを堪えながら、できる限り可愛らしく「ニャ〜ォン」とないてみる。
でも、群集の逃げ足は、もう限界らしく、それ以上に速くはならなかった。

ようやく、交差点に群集が差し掛かった。
“そろそろ良いかな”
猫が獲物を襲うように、お尻を高くしてゆっくりと振ってから、ビル街の見下ろしながら「ニャ〜ン」となき、顔を交差点に下ろしていく。
通りを挟むビルが崩れると、人々の上に瓦礫が落ちる。やはり瓦礫を口の中に入れたくはないので、ビルに顔が接触しないように注意する。

ビル街に顔が触れるぎりぎりまで、群集が密集している交差点に顔を下げる。
頭上に大きな顔がきたことで、驚いたらしく、彼らの動きが止まった。

顔の下で固まっている群集に舌を伸ばしていく。
その舌に驚き、群集が蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。それを舌先で追いかける。
でも、舌で人々を潰してしまっては、元も子もない。
猫がお皿からミルクを舐めることをイメージしながら、舌先で道路をかすめるようにして、舐め上げていく。
舌先の表面に、プツプツとした小さなものが沢山付着する感触がある。
それを口に入れてから、逃げている人々に向けて、また、舌を伸ばしていく。

だいぶ、口の中に溜まってきて、沢山のプツプツが口の中で蠢いている。
それを、舌で掬い取って、舌の上に一塊にして乗せる。
舌に沢山の小さな動きが感じられる。その動きと、彼らが感じている恐怖を思うと、身体の芯が熱くなり、うっとりとしてしまう。

ただ、あまり味がしないのが欠点だった。
“醤油とワサビがあった方が良いわね”と思いながら、それをゴクリと飲み込む。
喉を通るときに、若干、蠢く食感はあるが、やはり、小魚の踊り食いには負ける。
“やっぱり、小さすぎるのよね”と、食感の面ではちょっとがっかりする。
でも、人間を食べる行為は背徳的で、ドキドキする感覚があった。

通りを見下ろすと、だいぶ群集の数が減っていた。
初めに、集団で逃げていた沢山の群衆は、あと一回舐め上げたらいなくなる人数しか残っていない。

“でも、あっちには、まだ沢山いるし”と、人々を囲ってある通りを振り返ると、最後に通りを塞いだ瓦礫の上に沢山の点があった。

「あっ!逃げ出している!」

急いで立ち上がり、顔の下に残っていた人々を、一気にその周囲のビルごと踏み付けてから、人々が逃げ出している、通りを塞いだ場所に立った。

腰に手をあて、両足のブーツの間の瓦礫でできた小さな山が見下ろす。
瓦礫の上の沢山の点の動きが止まる。

「ねぇ、私と約束したんじゃないかしら。ここから逃げ出さないって。それに態々、逃げ出したらどうなるか教えてあげたでしょ。忘れてしまったの?」

通りの幅よりも、遥かに幅のあるブーツのつま先を、その瓦礫の上に翳す。
瓦礫の上の点々は、通りに戻る方向に動きを変えてはいたが、その動きは遅く、そのつま先の下から逃げることはできないでいる。

「もう一度、教えてあげるわ」

瓦礫の上の者達に、自分達のしたことを後悔させるため、時間をかけてゆっくりとつま先を降ろしていく。
瓦礫の盛り上がっている所に靴底が接触する。
そのまま足を止め、小さな子供に話すように、通りの群集に話しかける。
「逃げればこうなっちゃうのよ。これで足を降ろせば、ブーツの下はペッチャンコよ。どう?ちゃんと分かった? じゃあ、もう一度聞くわね。分かった人は、両手を挙げて」
通りの蠢く感じが変わる。群集が手を上げているようだった。
「はい、みんなは良い子よね。ウフフ、しょうがない悪い子だけお仕置きしましょうね」
通りの群集に、微笑みかけながら、瓦礫に接触しているブーツのつま先を降ろし、ゆっくりと踏み躙る。ブーツを上げると、瓦礫が細かい欠片に変わり、点々としていた人々諸共、何もなくなっている。

通りを塞いでいた瓦礫を踏み躙ったので、通りはそこが開放されている。
そこを塞ごうとして、足元を見ると、数多くの足跡が重なっているだけで、ビル街が消滅している。
それを見て、通りを塞ぐ前に、逃げた人々がビル街に広がっていた場所だったことを思い出した。“そうよね、あの時に、この付近のビル街と一緒に踏み潰しちゃったものねぇ”

ビルを寄せて、通りを塞ごうとしても、そのビルが近くには残っていない。
片足を伸ばせば、届く位置にビルがあるが、それをここまで寄せるのは面倒だった。
でも、人々が密集している通りの両側には、高めのビルが立っている。
“なぁんだ、このビルで良いわよ”
通りの端のビルを数棟まとめて、ブーツで群集の頭上に押し倒して、軽くつま先で踏んで、通りを塞いだ。

通りを見下ろすと、群集が密集して蠢いている。
その感じが、蟻塚にすき間なく集まっている蟻を連想させる。
そのまま、視線をずらして、ブーツが踏みしめている、その付近の足跡で凸凹になっている地面を見る。
そこにあったビル街は、このワイルドにデザインされたブーツが、通りを逃げ惑っていた群集ごと消滅させていた。

そのブーツを持ち上げて、通りの上に浮かすと、ゾクゾクしてくる。
このブーツで、蟻塚を踏み躙りたくなる。

フ〜と、ため息をついた。
“まだ、それはだめ”と自分に言い聞かす。
その代わりに、通りの周りのビル街をブーツで消滅させることにした。
しゃがんで、付近のヒール高さぐらいのビルが密集しているビル街を見下ろしてみると、狭い通りの中に点々と避難している人々が見える。また、ビル街の所々が崩壊し、袋小路になっている所もあり、そこにもかなりの数の群集が逃げられずにいる。
無人のビル街を踏むのは味気ない、やっぱり人々がいた方が楽しい。

通りを跨ぎ、その周囲のビル街にブーツを降ろし、辺りのビル街を踏みつける。
立った位置からは見ることができない、ビル街に残っている小さな者達を踏み残さないように、靴底をしっかりと着けて踏み躙る。

でも、通りの中に密集している人々まで、巻き添えにするつもりはない。
通りの近くのビル街を踏むときは、通りとそれに面するビルは踏まないように注意したが、そこから離れているビルに関しては、かなり乱雑に踏みつけていく。

足が届く範囲を細かい瓦礫に変えてから、一歩足を進めて、また、その周囲のビル街を踏み躙っていく。

足を動かしながら、跨いでいる通りの群集を見下ろすと、何となく怯えているように感じられる。
その群集に声をかけてあげる。
「大丈夫よ。心配しないで。周りのビルをきれいにしているだけだからね。あなた達を踏むことはないわ」
言い終えてから、心の中で“そう、今の所はね”と付け加えて、クスッと笑ってしまう。


一通りの作業は終わった。
ちょっと、離れた位置に立って、自分の通りを見下ろす。

辺り一面のビル街が消滅し、ブーツの足跡とブーツで擦った跡だらけの平原が広がっている。
その中に、長さが2メートル弱の細長い自分の通りを囲むように、ビルが残っている。

そばによってから、うつ伏せになって、頬杖をついて通りを見下ろす。
そこにいる、蟻よりも小さな群集に向けて、フッと息を吹きかけると、その辺りの群集が吹き飛ばされて道路が露になる。
「ウッフフ」
“私の通り、何でも自由になる・・・私のプライベートエリア”

通りの幅は6,7センチ。その両側に続くビルと、それに隣接する周囲のビルを残してはいるが、残している幅は4、5センチで、そこから先は、細かい瓦礫と足跡で埋め尽くされている平原になっている。

通りに目をやると、両側のビルに逃げ込もうとしている人々がいた。
ビルの窓を覗いてみると、その中にも、沢山の人影がみえる。

“ビルに逃げ込んでいる人がいるわね”
その人達を通りに出すことにする。

顔を上げて、通り全体に声を掛ける。
「ねぇ、ビルにいる人達は、通りに出てほしいの。今からビルを押し潰すから、早くでないと・・・フフッ、一緒に潰れちゃうわよ」

いい終わってから、通りを見下ろすと、ビルの出入り口から人々が溢れ出てきた。
寝そべったまま、片手をビルの上に翳すと、その付近の通りにいる人々に動揺がおこり、押し合いながら逃げようとする。
「大丈夫よ。ビルを押し潰すだけだから、通りにいる人達は心配いらないわ」

人々が続々とエントランスから出ている、通りに面しているビルの屋上に、手の平を当てがい、そのビルを軽く押し潰す。
ビルが通りに倒れないように、あまり力を入れないようにして、ビルの高さその半分になるぐらいまで押し潰していく。

順番に手が届く範囲のビルを押し潰し、さらに寝転びながら身体を移動して、残りの全てのビルを押し潰した。

通りを見下ろすと、先程よりも遥かに人数が増えていた。
“何人ぐらいいるのかしら。一万人は楽に越えていそうよね。二万人ぐらいかなぁ”

その通りに平行に、両手を広げていく。
両手の長さよりも、その通りの方が長い。
“少し、通りを短くした方が良さそう”

立ち上がって、通りの端に行き、その横にしゃがむ。
「ねぇ、通りを少し短くしたいの。通りの内側に動いてもらえるかしら」と声を掛けてから、通りを塞ぐ瓦礫を手の平で押し込んでいく。
押し込んだ瓦礫は、通りの両側のビルと、逃げ遅れている人々を巻き込んで通りを短くしていく。
あまり、早く動かしたら人数が減ってしまう。できるだけ、根気良くやるようにした。

押し込み始めると、人々がどんどん密集してくるのがわかるが、押し込む瓦礫から逃げる動きも遅くなり、その下に巻き込んでいく人数が増えてしまう。
そろそろ、限界かなぁと思い、通りの逆側に行き、そこでも同じように通りを短くしていく。

通りの長さは、1メートルを切った。
腹ばいになり、両手を広げてみると、通りの長さの方が遥かに短い。
その姿勢のまま、両方の手の平で、同時に瓦礫を押し込み、さらに通りを短くしていく。
迫ってくる瓦礫から逃げる、密集している人々の動きは、呆れるぐらいに遅くなってきた。
それでも、もっと短くしたかった。瓦礫の押し出しをもっとゆっくりにし、さらに人々を追い立ていく。

通りの長さは、約50センチになった。
瓦礫の押し出しは、これ以上ゆっくりとはできないぐらいにしているのに、それでも密集している人々を巻き込んでいる。
さすがに限界みたいだった。

腹ばいのまま、通りのすぐ上に顔を乗り出し、人々を吹き飛ばさないように、息を止めて、通りに顔を近づけていく。

“うわぁ、すごい”
満員電車に乗っているように密集し、身動きもできない人々がそこにいた。
さすがに、その状態に圧巻される。

恐怖を感じ、お互いに寄り添いながら、翻弄されるままになっている小さな人々。
何となく可愛そうな気もしてくる。
“逃がして・・・あげようかなぁ”

立ち上がって、通りを跨いで、その通りと平行にブーツを置いてみた。
両端のブーツに挟まれている50センチの通りは、そのブーツで簡単に踏み潰せるようにみえる。
ケータイを取り出し、ブーツと通りが並んでいる写真を撮った。

“本当に、数回踏んだら、通りとそこにいる人々はいなくなるのよね”
ブーツで通りを踏みつけたくなる気持ちを抑えて、ケータイをしまってから、群集を逃がそうと、通りを塞ぐ瓦礫を退かすためにしゃがんだ。

指を瓦礫の山に伸ばそうとした瞬間、背中にポッ、ポッと軽い衝撃を感じ、その直後に、頭の上を飛び去っていくものがあった。

“えっ!何?”と思って、辺りを見渡すと、手が届かない高いところを、数十機のジェット戦闘機が、編隊飛行をして、空を埋めていた。




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