この物語は成人を対象にして書かれています。18歳未満の方は読まないでください。また性的描写、暴力的表現があります。そういう世界を理解できる方のみ、ご自身の責任においてお読みください。


 《 ユイさん 》 第1話

             文 だんごろう
             イメージ画像 June Jukes

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人々よ、山へ逃げよ。家から物を取り出そうとするな。身重の女と、子を持つ女は不幸である。過ってなく今後もないような、大きな艱難が起こるからである。

たちまち、日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、地は揺り動かされる。その時、地の全ての民族は嘆くであろう。(黙示録、最後の審判より)

 

***

 

既に20歳代の後半のリエとユイ。だが、リエの力によって肉体年齢を若返らせているので、二人とも若々しいハイティーンにしか見えない。その彼女達が、テーブルに向かい合い、午後のお茶をしている。

 

お菓子とお茶が乗っているテーブルの中央には、30センチ角ぐらいの平たい、水がはられたガラスの入れ物がある。その容器の真ん中に、島の様に水上に突き出ている大きめ石があり、その周りを赤い小さな金魚が数匹泳いでいる。

 

リエが、持っていたポテトチップの欠片を指先で擦り合わせて石の上に落とし、そのまま石を見下ろす。

直ぐに石の表面の沢山の点が動き、その粉状に撒かれたものに群がる。

彼女は、その様子を興味深げに見詰める。


この沢山の点は、半年前に、1/2000サイズに縮めた南の島の島民たちだった。

 

彼女達の元に運ばれた一万人の島民。

内、二千五百人は彼女達のつま先で押し潰されるか、金魚の餌として消え、五千五百人は各国の政府筋のご婦人方に贈られている。

最後に残った二千名が縮小体の寿命の調査のため、この石の上で飼われている。

彼らの食料は、午後のお茶の時に、リエが撒くお菓子の欠片だった。

 

彼らの面倒はリエが見ている。ユイも時々餌を撒くことがあるが、それは気が向いた時だけなので、彼らを餓死させないために、リエが担当となっている。

 

リエが、その石の上に耳を近づける。

その耳に小さな声が聞こえる。

「昨日の報告から今までに21名死亡。生まれた子供なし。残り1502名」

 

石の上には、1/2000サイズの人々以外に、1/200サイズの男が一人いる。

彼は、街角で募集したボランティアで、1/200に縮小し、1/2000サイズの島民たちの日々の人数確認と、さらに彼らに日本語を教えることを命じていた。

今、リエの耳に向かって報告をしたのがその男であり、彼は、いつか元に戻してくれることを信じて職務を忠実に果たしている。

 

リエは、その人数を手帳に書き込みながら、ユイに声をかける。

「ねぇ、ユイ、一週間ぐらい、休み、取りたいんだけど」

「どうかしたの?」

「家族でハワイに行くのよ。私たち、新婚旅行もしていないでしょ。だから、達也さんが『ハワイに家族旅行だ!』って急に言い出したのよ」

「お兄ちゃんと・・・ちょっと遅いハネムーンね・・・・でも、何でハワイなの?」

 

リエが微笑んで話す。

「それがね、ずいぶん昔、私がミミだった時に、達也さんが『俺がハワイに連れてってやる』って約束したらしいのよ。私、覚えていないけどね。

それで、先週、達也さんにミミが私だってばらしちゃったでしょ。そしたら、急に、達也さん、『ハワイに家族旅行だ!』って言い出したのよ」

 

ユイも思い出した。ユイが高校生の時に、浪人生だった達也を留守番にして、家族でハワイ旅行をしたことがあった。丁度その時、家には、若い頃のリエが変身した猫のミミがいて、達也との間で色々なことがあったことを、リエからも聞いていた。

ユイは、たぶん、その時に、達也が、猫のミミに約束したんだろうと思った。

そして、その約束を今頃になって果たそうとする、自分の兄である達也の律儀さが可笑しかった。それが、いかにも、“ちょっと愚図なお兄ちゃんらしい”のだ。

 

「うふふ、そうよね。いかにもお兄ちゃんらしいよね。でっ、いつ行くの?」

「それが、急で、来週なのよ」

「リエ、良いよ。行ってきなよ。私一人でその間、研究、進めているから」

「ごめん、じゃあ、ユイ、そうさせて」

 

「でも・・・その間に・・・」ユイは、そう話しながら、テーブルの上に置かれた縮小体が乗っている石を見下ろしてクスッと笑い、言葉を続ける。

「これ、処分しちゃおうかなぁ・・・・」

 

1/2000の人々は、縮小後の半年間で25パーセントの人数が自然死している。その結果と、当初の彼らの平均年齢から、彼らは通常サイズに比べて20倍の早さで歳を取ることが推測できていた。

島民たちを生かしていた目的、1/2000の縮小体の寿命推定ができ、今では、いつでも彼らを処分することが可能になっていた。

 

「え!?ユイ!それって、ずるくない?」

「でも、これに餌をあげるのってリエの役目でしょ。じゃあ、ハワイから毎日、リエが餌を撒きに来てくれるの?」

 

リエは旅行から帰ってきてから、いつもの様にユイと一緒になって、彼らを処分するつもりだった。

だから、旅行中、彼らの面倒をユイに頼む予定でいた。だが、ユイにそんな気持ちはなく、それどころか、彼らの処分を言い出してきた。

 

さらに、ユイが話してくる。

「リエがいないとつまらないでしょ。その間、私にもちょっとぐらいの楽しみがあっても良いんじゃないの」

 

リエは、「だって、1500人もいるのよ・・・」と、そこまで話して、いくら1500人いると言っても所詮は1/2000の点のサイズの人々であることを思った。

“そうよね、確かにちょっとぐらいの楽しみよね”

それよりも、ハワイで、夫や子供と遊んだ方が数段楽しい。

「分かった・・・その処分は、ユイに任せてあげる」

リエはそう話し、顔を縮小体がいる岩に近づけ、彼らを吹き飛ばさない様に声を抑えて話しかけた。

「良かったわよね、あなた達。綺麗なユイさんが、最後の面倒をみてあげるって。だから、簡単に潰れちゃだめよ。ユイさんを楽しませてあげてね」

さらに、リエは、笑顔をユイに向け、「ねっ、綺麗なユイさん、この子達を宜しくね」と話し、声を出して笑った。つられてユイも笑い声を出した。

 

ある程度の日本語が分かる様になった島民達は、おぼろげながらも自分達の運命を理解し、響き渡っていく彼女たちの笑い声に怯えていった。

 

***

 

ユイは、研究所の一角にある彼女達の休憩所を兼ねたいつもの一室にいる。

リエは既に昨日、成田から旅たっている。いつもは二人でいる部屋も、今はユイ一人だけだ。

 

ユイは、大型の姿見の前に立ち、自分の姿を見つめる。



最後の時を迎える1500人の島民に、セクシーな彼女自身の姿を見せてあげようと思い、ミススカートに着替えていた。

 

「太ったかなぁ・・・」

鏡を見て、お尻をなでながら、そんな言葉が出てくる。

やはり、鏡の前に立つと体形が気になってしまう。

 

そのまま、足元を見下ろし、「ねぇ、私って、太っている?」と言葉を降ろす。


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