《 ユイとリエさん 》 第5話

               文 だんごろう
               イメージ画像 June Jukes

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彼は、彼女を見上げ続けます。既に、今までの彼女達の会話から、彼女の名前を知っています。彼は、その名前を呟きます。
「ユイさん・・・・」

名前を呼ぶと、彼女への愛しさが込み上げ、涙が出てきてしまいます。
「ユイさん・・・・ユイさん・・・・ユイさん・・・」

心が彼女への想いでいっぱいになり、彼女にすがり付きたくなります。すがり付いて、子供の様に泣きじゃくりたくなります。
彼は、ボロボロと涙を流し、彼女の名前を呟きながら、フラフラと、彼女の足元に向けて歩き始めてしまいました。

そして、彼は、彼女の身体が作り出している陰の中に入っていきます。

ユイは、リエに声をかけます。
「約束通り、まずはリエから先。でも、一遍に全部踏まないでよ。私の分だってちゃんと残してよ」

リエは、「ふふふ、分かってるって」と答えると、片足を上げます。
そして、小さな人々を見下ろします。

人々は、言葉もなく、彼らの頭上に浮き上がっていく
黒いサンダルを見上げます。


そして、彼らは『ゲーム』のことを思います。助かるためには、決められた境界線を目指して、一刻も早く走るべきだと分かっています。でも、動いた途端、既に浮いている巨大なサンダルが襲い掛かってくると思い、その恐怖で体が固まってしまいます。

ユイは、人々に向かって、声をかけます。
「私がGO!って言ったら、走って逃げるよ。分かった?」
その時です。ユイは、自分のミュールに近づいている小さなものに気づきました。

“どうしたの?私のことを好きになっちゃったの?”
笑ってしまいそうでした。リエを見ると、片足を上げたまま、人々を見下ろしています。

ユイは視線を自分のミュールに戻します。小さなものは、つま先にたどりつき、体をピタリと寄せています。
ユイは、その小さなものが自分の物だと思いました。そして、リエに気づかれない様に、踵を付けたままでつま先を持ち上げ、その小さなものの上に翳しました。
そして、「GO!」と声を出すと同時に、そのつま先を振り降ろしました。

リエは、足元を見つめています。
ユイの合図と同時に、弾かれた様に人々が散開していきます。
彼らは、まったく罪のない人たちです。それを無残に踏み潰すことを思うと、下半身が熱くなってくる気がします。そして、サンダルの下で彼らが潰れる瞬間を心の中で想いながら、逃げ惑っている人々に向けてサンダルを降ろしました。

ユイは、彼らが逃げる様を見つめています。
その内の4,5人がまとめて、リエのサンダルの下に消えていきました。
しゃがんでいるユイには、その悲鳴も聞こえました。

「ねぇ、リエ、悲鳴が聞こえたよ」
「えっ、そう? 聞いてみたい!」

彼らは、左右に分かれて、それぞれが境界線を目指しています。
分かれた人数は、ほぼ同数になっていました。
ユイは、それを見て、「私の分はこっち!そっちはリエの分!」とリエに声をかけます。

リエは、自分の分を見下ろします。そして、その先頭を走っている数人をまとめて踏みつけ、彼らの動きを止め、その傍らにしゃがみます。

走り続けていた彼らは、突然現れた巨大な黒いサンダルに、進路を塞がれました。そして、先頭にいた数人がその下で、悲鳴を上げる間もなく消え去りました。
驚き、慌てる彼らの頭上から、声を聞こえます。「ねぇ、悲鳴を聞かせてよ」
さらに、彼らは、上空から降りてくる巨大なものに視線が向きます。

彼女の指が彼らに向け降ろされていました。


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