「完全なる人間」
笛地静恵拝
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【訳者前書】
「機械仕掛けの神」氏の、シュリンカー小説の傑作をお届けします。
この人は、自分が生み出した登場人物であろうと、
作品の中で不幸になるのが耐えられない程に、心の優しい性格なのです。
どうしても、ありえないような偶然を、作品の中で多用することになってしまいました。
そのことに、自分で照れてしまいました。
合理的な説明をするために、なんと「機械仕掛けの神」氏自身が、作品に登場することになってしまいました。
それで、さらに混乱してしまい、「変身三部作」は、長い間まとまりが付かなくなっていたのです。
(最近、完成しました。)
しかし、今回の作品は、つぼを押さえた文章で、読者を喜ばせ、
あるいは泣かせながら、最後まで読ませていきます。
その筆力は、作者の物語の語り手としての円熟を、はっきりと示しています。
「完全なる人間」は、これ自体で完成しています。
作品の中心は、主人公のジェイクという若者の、心の成長にあります。
縮小人間の物語の背景に、アメリカの女子大生の私生活が、望遠鏡を覗いたように、鮮明に見えてきます。
一人ひとりの個性が、間接的な描写の向こうに、くっきりと描かれています。
ミクロな現実の向こうある、マクロな現実を体感できるのです。
特に、ジュリーという少女の、生活と成長が印象的です。 作品に奥行を与えています。
作者は、優しいだけの人ではないのです。 人間観察が、透徹しています。
西洋のモラリストの伝統を、受け継ぐ人なのかもしれません。
例によって終幕に、他の作品との関連を意味するエピソードがありますが、大きな傷にはなっていません。
氏は、自分が創造した作品全体を、一個のミクロ・コスモスと化してしまいたいようです。
その中で、登場人物全員に、いつまでも幸福に生きてもらいたいのです。
最後の大団円である日まで、どのように作品世界を展開していくのか、興味は尽きません。
シュリンカー(縮小人間)テーマの作品として、21世紀の開闢を飾る傑作です。
全体が、一人の若者が生涯の伴侶を決定するまでの心の葛藤を描いた、
「現代の愛の寓話」としても読めることに、読者はいつしか気が付いていることでしょう。
どうぞお楽しみください。
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《目次》